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 榛名は、氷の上に立っている。


 静寂がある。瞼を持ち上げると、指先に燃える橙が見えた。輝くような白をベースに、スカートの裾と袖口に向かって濃くなるようにグラデーションがかかった衣装。

 それが、榛名の翼だった。

 音楽が始まる。滑り出しは静かに、けれども加速は素早く。音の流れを掴むよう腕は後ろに伸びやかに流して、榛名は最初の、最大の頂点を目指す。


 そうして浮き上がるその時に、榛名は己の背に翼を感じる。


 全てから解き放たれて、榛名は完全に自由になる。ぐっと腕に力を込めて、榛名はなるべく細く小さく、己をぎゅっと閉じ込める。音楽以外の音は全て遠く離れていき、榛名はいくらだって回れるような心地になる。

 けれども、重力からは逃れられない。

 榛名は鳥ではなくて、翼は存在しなくて、永遠に回り続けてなど居られない。だから終わりは訪れて、榛名は銀のブレードを、氷に突き立てるようにして着氷した。


 クアドラプルトゥループ――成功!


 ランディングもうつくしく余裕を持って、同時に息を付く間もなく、榛名は翼を模した腕を一度己の胸の前に引き寄せて畳む。もう一度、空を飛ぶための翼だ。そうして榛名は、今度は前向きに踏み切った。

 ダブルアクセルから、トリプルトゥループへのコンビネーションジャンプ。そのまま流れに乗って、前半三つのジャンプの最後、トリプルループも余裕を持って決めて。

 盛り上がる音楽に急き立てられるように、榛名はぐんぐん加速していく。

 もっとはやく、もっと高く、もっとずっと遠いところへ。燃える翼が、榛名をどこまでも遠くへと連れて行ってくれる。苦手なシットスピンもいつもより随分上手く決まって、スパイラルシークエンスでのポジションチェンジも滑らかだ。

 一度足を止めてからの演技後半、点数が加算されるジャンプを五つ危なげなく決めて、榛名は曲の最も有名なフレーズが駆け上がるのに合わせ、最後の力を振り絞ってステップを踏む。

 今まさに飛び立つ、黄金の、火の鳥!

 


 ──そうして、大きく両手を広げて、終わりのポーズも揺れずに足を止めた、その瞬間。



 耳に届いた大きすぎる歓声に目を見開いて、榛名はやっと、己の世界が、すっかりと、姿を変えてしまったことを知ったのだ。




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