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言い忘れ


 ゴリアテは南米アマゾン川流域に到着し、識別反応を辿ってアルビオンと合流した。


「来てあげましたよ、ルーニャさん。お困りのようですね」


「ゲッ、よりにもよって十三室の方が来た。…………はい、困っているので助けてください」


 ルーニャの珍しく素直な反応に、サクラは状況が切迫している事を悟る。散々いじり倒してやるつもりだったが、まずは助けるべき者を助けて恩を売ってから、気の済むまでいじってやろうと考えを改めた。


「ルーニャさん、鎮圧対象はどのような相手ですか?」


「でっかい植物よ。いっぱいツルが伸びてて、わたしの部下達はみんなソイツに飲み込まれちゃったのよ。今はまだ制服の防護魔術が働いているから無事だけど、それも長くは持たないわ。だから早く対処したいの! お願い、力を貸して!」


 恥も外聞も捨ててルーニャは映像通信ごしに頭を下げる。一応室長としての責任感はあるようですね──と、サクラはルーニャを少し見直した。


「ええ、言われるまでもありません。そのつもりだからこそ、こんな蒸し暑い所まで私達は来たのです」


「ありがと。癪だけど、この状況だとあなたの十三室はすごい頼りになるわ。さあ、リンディ様と吸血鬼くんを出撃させちゃって! あの二人ならきっと相性いいと思うのよ!」


 ルーニャは安心したように言う。あらゆる魔法を使いこなす万能性の申し子たるリンディならば、短距離転送魔法で捕らわれた室員達を触れずして助けられる。カリナの場合は影を用いた転移術で室員達を体外に引き寄せられる。のだが──


「いえ、二人はいません。というか、今の十三室は私とブルーノさんの二人しかいません」


「は……? はあ!? どういう事よ、それぇ!!」


「言った通りですが。今日、三人はお休みです」


「え? それ本気で言ってる?」


「はい。こんな嘘は吐きません」


「……、がっかり感が半端ないけど、まぁブルーノくんがいるなら戦力としては申し分ないか」


 想定していた救援とは違ったが、ルーニャは考え方を変える。神龍を殺した竜殺しならば、あの植物を簡単に倒してしまうだろう。それからゆっくり仲間達を助けてあげればいい、と。


「いいわ。それじゃ早く行きましょ」


「いえ、待ってください。私達は相手の事を知りません。まずは情報を得る必要があります」


「そんな事より早く助けてあげなきゃ! ブルーノくんならすぐ倒せるでしょ!」


「……さっきからブルーノくん、ブルーノくんと馴れ馴れしいですね。いつの間にそんな親しげな間柄になったのですか?」


「それこそどうでもいいじゃない!」


「いえ、どうでもよくありません。部下の交友関係も室長たる私が監督する所です」


「……今朝ちょっとだけ話しただけよ」


 パンツを見られた事を思い出して、言い淀みながらルーニャは口にした。その不自然さをサクラは目聡く指摘する。


「少し間がありましたね。何かあったのですか」


「な、何もないわ。うっかりどっきりハプニングなんてなかったわ」


「……なるほど。その事は後でブルーノさんに聴取しておきましょう。──ともかく三分ほど時間をもらいます。こちらにも準備というものがありますから」


「チッ、わかったわ」


 舌打ちを最後にアルビオン側からの通信は終了した。サクラはやれやれ──と溜め息を吐き、シオンに鎮圧対象のデータを要求する。シオンは真下にいるシッセリアをスキャンして、管理局のデータベースと照合、結果を出す。


「緑界の食獣植物──シッセリアに該当。過去に一度鎮圧記録があります」


「特徴と対策は?」


「それがぁ……当時の第一対策室が瞬殺しちゃってて、ほとんどデータがありません。強過ぎるって罪ですねぇ」


「本当いい迷惑ですよ。……つまり正確なデータは『第一室よりは弱い』という事だけですか」


 サクラは眉間にしわを寄せて考えると、再度溜め息を吐く。


「仕方ありません。方針はノープラン。対策は戦いながら検討しましょう。装備はMR(マルチランチャー)‐Ⅲ『エレメンタラー』でいきます」


「了解。下に用意しておきますね」


 シオンの返答を聞いて、サクラは下──出撃デッキに降りる。

 一方、貨物室で収容したコボルト達を見張っていたはずのブルーノは、そのコボルト達と一緒に下の風景を見下ろしていた。特に目を引いたのは、やはり触手を暴れさせているシッセリアだった。


「ぬっ、アレは!」


「知っているのか、ガロウ」


 シッセリアを見たガロウは眼を見開かせる。


「ああ。アレはシッセリア。ワシの世界に住む歴戦の獣人達ですら近付かない危険地帯に生息するという食獣植物だ。ガキの頃はよく親に脅されたもんさ。悪い子にしているとシッセリアに生きたまま溶かされるとな。そういう脅し文句になるほどの化物だぜ、アレはよ」


「そうか。悪い子にしていたから君を食べに来たのかもしれないな。……そうだ、君を差し出せば鎮まってくれるだろうか」


「おいおい、冗談はよしてくれ。あんなのに食われるなんて冗談にもならんぜ……。……え、冗談だよね? 本気で言ってないですよね、それ?」


「当然冗談だ。……その反応を見るに、本当に怖い相手みたいだな」


「ハァ……、ビビらせないでくれよ。アレは怖いなんてもんじゃねぇさ。なにせシッセリアを殺せたのは、ワシの知る限り『灰狼』と呼ばれた偉大な戦士だけだ。ま、それも二十年以上も前の話だがなぁ。しかし、そうか。灰狼がいなくなって二十年。ワシも歳を取るはずだ」


 しみじみとガロウは呟く。ブルーノは『灰狼』の名に聞き覚えはなかったが、その人こそカズト・グレイトフルの父親である。彼は二十年前に地球へと漂着し、運命的な出会いをした日本人女性と結ばれ、管理局の第一対策室の元室長だった経歴を持つ。


 閑話休題。

 下の様子を見ていたブルーノのインカムにサクラの声が届く。


「ブルーノさん、お仕事の時間です。鎮圧目標は真下の巨大植物。体内に四名の人質がいる為、気を付けて攻撃してください。相手の情報がほとんどありませんが、貴方なら上手くやると信じています」


「ああ、期待に応えよう」


「私とルーニャさんは出撃デッキから転送して下に向かいますが、せっかく真上を取っているのですから貴方は貨物室から飛び降りて上空より奇襲してください。その一撃で終わればよし。終わらなければ、その反応を見て対応を見極めます。いいですね?」


「承知した」


「では──第十三室出動です」


 サクラの言葉が終わると同時に貨物室のパッチが開く。ブルーノは用意していたDS‐Ⅰ『ジークフリート』を装備し、口を開いた貨物室から下を眺める。コボルト達は何があっても落ちないよう壁際に寄り固まった。


 密林の中に蠢くシッセリアを捕捉して、ブルーノは飛び降りる。狙うは腹部。内部は傷付けず、表面だけを切り裂ける一点。察知された様子はない。触手は無作為に周囲の虫や動物達を捕え、次々と自分の口に運んでいく。相手は食事に夢中。いや、そうでなくとも植物に殺気は感じ取れない。故に完璧な不意打ちだ。そして竜殺しの不意打ちは──必殺の威力を有する。


「──果てろ」


 これ以上ないタイミングで振り下ろされた大剣は──シッセリアの体表を滑り、地面を抉った。不意打ちを受けたシッセリアは、まるでスプーンでつつかれたプリンのように揺れただけだった。


 そのかつてない手応えのなさにブルーノは驚愕した。それは彼より先に地上へ降り、様子を見守っていたサクラも同様だった。


「……サクラ、大変だ。俺の攻撃が効かない」


「こちらでも確認しました。とにかく一度──ブルーノさん、上です!」


 指示出す暇もなく、ブルーノに触手が伸びる。サクラの声に反応したブルーノはそれを切り払おうとしたが、刃が通らないのを瞬時に認め、防御ではなく回避に移行した。その後もしつこく触手が襲い掛かるが、ブルーノは避け続ける。


「サクラさん!」


 サクラに一歩遅れてルーニャが合流する。離れた位置に転移した二人には、未だ触手の脅威は及んでいなかった。


「ルーニャさん、緊急事態です。あの植物には物理攻撃が通用しません」


「ええ、そうなのよ。わたしの部下もその対処に遅れてやられ────…………、……ぁ」


 言葉を中断したルーニャは途端に青ざめる。


 ──そういえばわたし、その事を教えてあげたかしら。いやいや、言った言った。たぶん言ったわ。恐らく口にしたわ。いくらみんなを早く助けなきゃ、って焦っていたとしても、そんな大事な情報を言い忘れるなんてないない。まったく心臓が悪い意味でキュンとしちゃったわ。……でもなんでサクラさんはブルーノくんに攻撃を命令させたのかしら。ブルーノくんのすごい魔力保有量を利用した魔力砲で、適度に表面を焼いちゃった方がいいと思うのだけれど。確かそういう武装あったわよね? ドラゴンブレスとかなんとかって名前のやつ。やれやれ、サクラさんったらうっかりさんなんだから。──……いえ、いいえ。そんなうっかりをする女じゃないわ。それを誰よりわたしは知っている。彼女と出会ってから三年間。わたしはずっと見てきたのだから。だから知ってる。これは彼女のミスじゃない。だったら、やっぱり……ああ、あああああっ、ヤバイ。マズイ。ヤバイマズイ。すごい形相でサクラさんがわたしを見てる! 汚物を見る目で見つめてる! というか睨んでる! ど、どど、どうしよう! これはかなり致命的なのでは!? これでブルーノくんまで捕まったら、マジで打つ手無しなのでは!?


「サクラさん……伝え忘れてたんだけど……アイツに物理攻撃は……効かないの……ぐずっ」


 自分の失態に気付いたルーニャは今にも泣き出しそうな顔を浮かべた。そんな彼女を容赦なくサクラは糾弾する。


「バッ、バカですか、貴方は! なぜそんな重要な情報を伝達し忘れるのですか!? 信じられない! 以前から馬鹿だ、阿呆だと思ってきましたが、ここまでとは! 私をこれほど怒らせるなんて大したものです! ええ、本当に! それだけは褒めてあげましょう!」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ホントにごめんなさい」


 土下座して謝罪するルーニャに、怒り心頭のサクラはこれまでに溜まっていたルーニャへの鬱憤を吐き出す。ここまで感情的になったのは生まれて初めての経験だった。


 吐き出すものを吐き出して、だんだん落ち着いてきたサクラはルーニャではなく、ブルーノの方を見る。今も彼は触手を避け続けていた。


「しかし、彼は竜殺し。不測の事態だろうと対処して──」


 サクラが信頼を口にした矢先、ブルーノは地面に零れていた体液を踏んでしまい、転倒。すぐさま伸びてきた触手に捕まった。なんとか逃れようと試みていたが、それも虚しく竜殺し──ブルーノ・ランバージャックはシッセリアの腹の中に押し込まれた。だが、サクラはまだ諦めていない。


「それでもブルーノさんなら……ブルーノさんならきっとなんとかしてくれる……!」


 その声に呼応するようにシッセリアの腹部が内側から膨れ上がる。重低音を轟かせながら、リズムよく巨大植物の体は膨れては元に戻っていく。それは傍から見ても内側からブルーノが攻撃しているとわかった。風船を内側から突き破ろうとするような、そういう光景。けれど長くは続かなかった。段々と膨れ上がる規模は弱まり、やがて力尽きたように無音となった。


「……………………」


 なんとかならなかった。

 サクラは無言でブルーノが収まった腹部を見つめていた。土下座しながら、チラチラと様子を窺っていたルーニャはようやく顔を上げる。


「ハッ! 気付いたらブルーノくんがいない! なんとか逃げだせたのね、よかったぁ! さ、彼の魔力を使って魔力砲ぶちかましちゃってくださいよ!」


「いえ、彼も食べられました」


 現実逃避するルーニャに、サクラは現実を突き付ける。現実を叩きつけられ、自責の念から半狂乱になったルーニャはサクラの腰に泣き付いた。


「ああああっ! もうダメだぁ! おしまいだぁ! どうしよう、サクラさん! わたしのせいでみんな死んじゃうよぅ! ううぅ、ごめんなさい! ぜんぶわたしのせいよぅ! うわーん!」


「落ち着いてください、ルーニャさん。まだあわ、慌てるような、あわ、状況では、あわわわ──」


 サクラは頬に冷や汗を流しながら、抱き付くルーニャをなだめる。落ち着いてるように見せてサクラもかなり動揺していた。


 ──そうして最大の戦力を失った二人はしばらく途方に暮れるのだった。


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