第十二対策室の姫
激突した結果、戦いは一秒未満で終了した。
「すみませんでした、ワシの負けです、勘弁してください」
首以外が砂漠に埋まったガロウが悲しそうに降参する。残念ながら極上の戦いとはならず、彼はブルーノの初撃──頭のてっぺんを狙って振り下ろされたげんこつ──を受けて地に沈んだ。文字通りに。
「すまない。こんなに弱いとは思わなかった」
加減をするべきだった──と真面目に謝るブルーノを見て、ガロウの自尊心は粉々に砕け散った。
「ともあれ私達の勝利です。貴方達も従ってくれますね?」
完全勝利したサクラは他のコボルト達に向かって降伏を促す。けれど、サクラがそれを言う前──具体的にはガロウが砂の中に埋まった時点でコボルト達はその場で平伏していた。サクラは言われる前に自ら投降したコボルト達に感心しながら、保護対象を移送する為にゴリアテを呼んだ。
すぐさま上空から降りてきたゴリアテは着陸し、コボルト達を収容。必要なら治療を行った。それらが済むと離陸し、新界との空間接続の準備を始める。これにて十三室の任務は完了。後は帰還後に報告するだけである。
──けれどそうはならなかった。
「室長! 第十二対策室の輸送管制機アルビオンより救難要請!」
シオンの報告を受け、収容したコボルト達の監視をしていたサクラはその役目をブルーノに任せ、コックピットに移動する。
「オペレーター、状況の詳細はわかりますか?」
「はい。受け取った情報によると室長のルーニャちゃん以外が鎮圧対象に拘束されている状況で、彼女単独での打開はほぼ不可能、との事です。室長、ライバルのピンチですよ! 助けに行きましょう!」
「私語禁止。……他の部屋は出られないのですか?」
「他で今動ける当直は第九室だけですが、第九室も一時間前の出動で負傷者が二名出ています。万全でない部屋を救援として出す訳には行きません。適任は我等第十三室だと意見具申致します」
「私達も一仕事終えた後、かつ二人しかいない時点で、ぜんぜん万全じゃないのですが。……はあ、でも仕方ないですね。見捨てる訳にもいきませんので、救援に向かいましょう。オペレーター、第九室にも元気な方は救援に来るように言っておいてください」
「あいあいさー! というわけでマイケルくん、接続座標修正! 次の目的地は南米、アマゾン熱帯雨林です!」
寡黙なパイロット──マイケルは無言で頷き、空間接続の再調整を開始した。
◆
時間は僅かに遡る。
出動要請を受けた第十二対策室は南米のアマゾン川流域に広がる熱帯雨林へと来ていた。パターン『緑界』。クラス『植物』。分類名『シッセリア』。緑界に生息するという食獣植物。それが十二室の鎮圧対象だった。
発見は早かった。生い茂る密林にも関わらず、上空から見渡しただけで、その姿を捉えられるほどシッセリアは大きかった。シッセリアの外観は巨大化したウツボカズラのようだったが、背面から下部にかけて数多くの触手のようなツルが生えており、全身の表面からぬめりけのある体液を分泌している。食獣植物というだけあってか、巾着のような口と雄牛を十頭以上収められる腹部を持っていた。そして一番の特徴は大地に根を張る事無く触手を使って自走する事だった。
「活神招来! 受けろ、わたしの拳!!」
そのシッセリアに巨大な光の拳が叩き込まれる。魔力で作り上げた巨大な腕を、自身の腕と同調させ、特大の打撃を放つルーニャ・イズマイノフの必殺魔法。最初から全力の彼女は一切の油断なく巨大な植物を攻撃した──しかし、効果はなかった。
「──ッ! 手応えがぜんぜんない!」
直撃させたはずの一撃は、本来岩をも砕く威力を持つ。それを受けてシッセリアは健在。撃ったルーニャをして手応えを感じられなかった。
「ルーニャちゃん、コイツには打撃は効きづらいみたいだ! 炎とか出して!」
室員一号──竜界の剣士アランがルーニャに助言する。
「わたし、打撃魔法の専門家だからそんなの使わないわ!」
「“使えない”の間違いでしょ! まったく、殴る事しか考えられないんだからさ!」
「う、うるさいわね! そういうところを補い合うのがチームってものじゃない!」
「それは同感だ。と言う事でルーニャちゃんは一度距離を取って。僕等でなんとか突破口を開いてみるよ!」
他の室員と目線だけで意図を通じ合わせ、アランは手にしていた両刃の剣に指を走らせる。指が通過した端から、刀身に刻まれた文字が浮かび上がり、彼の剣は炎を纏った。魔術による炎熱付加。竜界の魔術は、天界の魔法に比べ、その威力、規模、汎用性に劣る。発現する奇跡の質は魔法に遠く及ばないが、魔力を宿した物質を触媒にして発動する魔術はその性質上、物品に奇跡を付加する事が出来る。それは魔術にしかない特質だ。魔法は起こす魔道。魔術は宿す魔道である。
アランに続き、室員二号・三号──夜界のキャク族、ヒュルケとブラク兄弟も、『コラ』と呼ばれる刀剣にアランが予め施していた炎熱付加を発動させる。魔術の強みは術者が施した奇跡を他人も使える点にあった。余談だが、キャクとはネパールに伝わる黒い体毛に包まれた夜の魔物であり、日本でいう座敷わらしに近い存在である。
残る室員四号──緑界の牛獣人モールスは三人より離された位置に待機した。クラウチングスタートの姿勢で自慢の角を突き出し、三人の攻撃の後、トドメの一撃を放つ準備をする。
「いくぞ、みんな!」
アランの号令がかかる。しかし、最初に動いたのはシッセリアだった。自在に動く触手が男達に襲い掛かる。その行動を待っていたように四人は動き出す。ヒュルケとブラク兄弟は地面に付くほどの黒髪を振り乱しながら左右に分かれて挟撃する。アランは少し遅れて、正面より駆け寄る。モールスはアランの後方より突進した。
シッセリアの触手を回避しながら、男達は巨大植物に肉薄する。左右より回り込んだヒュルケとブラクは炎の剣で無防備な側面を斬り付け、続いてアランが正面から斬り付けた。
「──!」
その驚きは三人の口から零れた。剣に宿った炎はシッセリアが全身から分泌する体液によって消火され、付随する斬撃もそのぬるぬる体液と、植物とは思えないほど弾力のある体表に受け止められていた。アランはルーニャの拳が通用しなかった理由を知る。耐火性の体液。摩擦を奪う粘液。衝撃を吸収する身体。この植物は植物としての弱点を徹底的に排除した存在なのだと。
「モールス、くるな! ここは態勢を立て直さないと──」
「──すまん、止まれんッ!」
シッセリアの異常性を察したアランとヒュルケ、ブラクは瞬時に距離を取ったが、追撃として突進していたモールスは止まれず、正面からシッセリアにぶつかった。アランの心配通り、彼の角が粘液と体表に受け止められただけでなく、密着した為に全身は体液にまみれ、摩擦を失ったモールスはその場に転んでしまう。
「や、やめろ! 俺のような大男をぬるぬるにして、触手で捕えるなんて誰得ッ──ぬ、ぬわー!」
その隙をシッセリアは見過ごさず、モールスは複数の触手に絡め取られる。モールスを捕獲した途端、きゅっと絞られた巾着袋のような口が大きく開き、彼は瞬く間に体内へと飲み込まれた。短い間、モールスの悲鳴がインカムより聞こえてきたが、インカムが溶解液で損傷したのか、それもやがて消えた。
「くっ、モールスが触手に!」
「アラーン」「ごめーん」
「どうした!」
ヒュルケとブラクの声が聞こえ、アランは左右を見渡す。二人の声色は陽気な気の抜けたものだったが、そこはかとなく震え声だった。
「オイラたちもー」「つかまっちゃったー」
「なにぃ!?」
見てみれば距離を取っていたはずの二人は触手にがっちりゲットされていた。そして、そのまま口に運ばれていく。アランは成す術なくそれを見ているしかなかった。
「あっという間に僕等が半壊だって……!」
「ちょ、ちょちょちょ! どうすんのよ、アランくん!」
上空から様子を見ていたルーニャが慌てて降りてくる。
「一度引こう。僕とルーニャちゃんだけじゃ、アレには勝てない」
「でもみんなは!?」
シッセリアに飲み込まれた仲間達を心配してルーニャは叫ぶ。だが、アランは冷静に判断を下す。もうどっちが室長だかわからない。
「三人のバイタルはまだ正常値。アレが食虫植物と同じ消化機能なら、咀嚼は行われずに溶解液でそのまま溶かして消化されるはず。だったら希望はある。僕等の制服は防護の魔術が施されているから、溶解液の中でもしばらくは持つ筈だ。その間に救援が間に合えば皆を助けられるよ」
個人端末から仲間達のバイタルサインを確認しながらアランは言った。その説得力に納得したルーニャは頷くと、すぐにインカムに話しかける。
「オペレーター、聞こえてたわね! 当直の対策室に救援要請! 急いで!」
「了解。第九室と第十三室に救援要請致します」
「ゲッ、十三室ッ!? …………ええ、それでお願い」
十三室に助けを求めるのは抵抗があったが、個人的な感情を呑み込んでルーニャは指示を出した。指示を終え、小さく安堵したルーニャに触手が伸ばされる。彼女は気付いてさえいなかった。
「──ルーニャちゃん!」
アランは宙に浮かぶルーニャに飛び掛かり、地上に引き摺り下ろす。そうする事で触手から彼女を守った。
「きゃっ! いたた。なにするのよ、アランく……ん」
地面に尻もちを着いたルーニャはアランに文句を言おうとして言葉を途切れさせる。アランはルーニャを守る為、次々と襲い掛かってくる触手達を切り払っていた。否。切り払らえてはいない。分泌液に守られる触手に刃は入らず、剣の腹で軌道を逸らし、その猛攻を退けているだけに過ぎない。その背中を見たルーニャには文句など言えなかった。
「ルーニャちゃん! 君は早くアルビオンに戻るんだ! この触手の射程は見た目以上に長いから、低空飛行くらいじゃ逃げ切れない!」
「アランは!?」
「僕は君が安全圏にあがるまで触手を引き受ける! さあ早く!」
「で、でも……!」
「君はあのぬるぬるな体液まみれになって、触手にからめ捕られた挙句、僕等と一緒にアイツの腹の中でぎゅうぎゅう詰めになりたいの!? 僕等としては合法的にルーニャちゃんと密着できるからそれでもいいんだけどぉ!?」
「うっ! それは……ちょっと」
「だったら飛ぶんだ! こんな何十本もある触手をさばくのは、そろそろ限界なんだよ!」
「……うん、わかった。絶対……絶対助けるからね!」
ルーニャを激励しながら、触手を退け続けるアランは凄腕の魔術剣士であった。そんな彼の尽力もあり、ルーニャは空にあがる。離脱する彼女に触手が伸びるが、その全てをアランが叩き落す。
「まったく……世話の焼けるお姫様だ……」
しかし、それが限界だった。自分を守るだけならば後一時間以上粘る事も出来たが、ルーニャを守る為に空中へ跳躍してしまった今、彼に触手から逃れる術はない。ルーニャを逃したシッセリアは意趣返しとばかりに、全触手でアランを拘束し、叩き付けるように自身の口に放り込んだ。
こうして第十二対策室は室長を残し、全滅したのだった。




