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竜界VS緑界


 サクラとブルーノの二人はコボルトが拠点としている岩陰の付近に降下した。岩の高台が並び、ちょうどよく陰になっている場所。その様子を離れた丘陵からサクラは双眼鏡で観察する。


 コボルトはいた。確かに存在した。だが、思っていたのとは少し異なっていた。


「……サクラ。俺が想像していたものと違うのだが」


「……私も同意見です。まさかあそこまで馴染んでいるとは」


 双眼鏡がなくとも単純な視力で遠くが見えるブルーノもソレを確認した。緑界から漂着し、訳もわからず暴れているのかと思っていたが、どうやら違ったらしい。二人が視認したコボルト達はサングラスをかけて日光浴している者や、仲間達とトランプして遊んでいる者など、随分と余裕を持った生活をしていた。


 見受けられるだけでも調理器具、馬、車、バイク、果ては現地の遊牧民が所有していただろう移動式住居『ゲル』までも置いてあった。


「あれはだいぶ人から奪ってるな」


「ええ。現地民を襲撃していると報告にありましたが、想定より文化への順応が早いせいですね。優秀な個体群のようですが、人を恣意的に襲った以上、保護した後も更生施設行きでしょう。……とはいえブルーノさん、殺してはダメですよ。悪事を働いた者でも管理局は原則的に保護及び確保が目的です。力の加減には注意してください」


「承知した」


 観察を終了し、二人は移動を開始する。


「それではお願いします」──とサクラはブルーノの首に両腕を回した。


「本当にやるのか?」──と言いながらブルーノはサクラをお姫様だっこする。


「ここから走るのは面倒──いえ、時間の無駄ですから。構わずドカンと行っちゃってください」


「……わかった」


 この場へ降下してきた時、サクラは予め相談してあったのだ。観察が終わり、移動する時は自分を抱えて跳んでほしい。そうした方が楽な上に、時間短縮及び不意を付けるから──と。それを渋々承諾したブルーノはサクラを抱えて両足に力を込める。そして跳躍した。


 足場を崩壊させて、竜殺しと白い少女は砂漠を跳ぶ。一キロほどあった距離を二回の跳躍で辿り着く。かつては一度の跳躍で一キロメートル程度の距離は辿り付けたが、リミッターを架せられている今は二度目が必要だった。それでも平穏を謳歌していたコボルト達にしてみれば、いきなり男と女が空から降ってきたように思えた。


「な──なんだぁ!?」


 真っ先に反応したのは日光浴で上を見ていたコボルトであった。サングラスを外し、仲間の下へ合流する。そのコボルトの驚きの声を聞いて、サクラは左耳に付けているピアス型言語翻訳機が機能しているのを確認した。


 ブルーノの腕から降りたサクラは携行していた自動拳銃(オートマチックピストル)のセーフティを解除し、引き鉄には指をかけないよう手に持った。そうした後、異常事態に慌てるコボルト達へと声を発する。


「こんにちは。私達は近界漂着物管理局。貴方達のようなこの世界へ迷い込んでしまった者を保護する組織です。既にこの勧告は受けていると思いますが、再度勧告します。抵抗はせず、大人しくこちらの指示に従ってください。そうすれば身の安全を保証します」


 高圧的にサクラは告げる。対するコボルト達は相手の正体が以前に退けた組織の人間と知って落ち着きを取り戻した。


「あー、そういえばそんな事を言ってた奴がいたなぁ。ちょっと殴ったらすぐ逃げちまったけどよぉ!」


「テメェ等もすぐに同じ目にあわせてやんよ、ヒャッハー!」


 トランプに興じていたモヒカン頭のコボルト二人は世紀末を漂わせる言動で、周囲のコボルト達に指示を出す。指示を受けたコボルト達は馬に乗り、車に乗り、バイクに乗り、それらを巧みに操って、ブルーノとサクラの周りをぐるぐると周回し始めた。なにやら鎖を振り回していたり、無意味にナイフを舐めていたりもしている。


 これは交戦ムードですね──と、サクラは心中で溜め息を吐く。


 完全に包囲された二人に、モヒカンコボルト達はゆっくりと歩み寄ってくる。その表情には余裕が満ち溢れていた。


「おいおい、よく見れば片方は女じゃねぇかぁ~? よっしゃ、野郎ども! 殺すのは男の方だけにしろ! 女にはいろいろ使い道があるからなぁ、うひひ!」


 モヒカンコボルトの下卑た笑いにブルーノは一歩踏み出る。それをサクラは止めた。


「ブルーノさん、殺してはいけませんよ」


「殺すつもりはない。少し痛い目にあってもらうだけ──」

「──なぁーにコソコソ話してんだテメェ等! 大人しく雌をよこしやがれ!」


 二人の会話を見逃さなかったモヒカンコボルトの一人がサクラに飛び掛かる。


「近付かないでください。近付けば撃ちます」


 その言葉と同時にサクラは躊躇いなく発砲した。放たれた弾丸は大腿部を貫き、モヒカンコボルトはズサーッと砂の上に転んだ。そんなコボルトをサクラは困った顔で見下す。


「だから言ったじゃないですか。近付いたら撃つと」


猶予(ゆうよ)が!! 思いとどまる猶予が一切なかったんですけどぉ!? そんでめっちゃ痛いんですけどコレェ!?」


 半泣きのモヒカンコボルトはもがきながら不条理を訴える。そんな事は無視してサクラは周囲にいるコボルト全てに殺人的な眼光を向けた。


「こうなりたい者は前に出てください。こうなりたくない者も前に出てください。とりあえず一発撃ちます」


「「「超理不尽ッ!!」」」


 コボルト達は声を揃えて叫んだ。魂からの悲鳴だった。


「何を言ってるのですか。貴方達がこの世界の人間にしてきたのはこういう事です。……幸運な事に貴方達は人を殺してはいないようなので、私も命までは取らないようにしますが、これ以上抵抗するのならうっかり手元が狂ってしまうかもしれませんね」


 どこまでも冷たい声色でサクラは言った。ブルーノはそんなサクラに耳打ちする。


「おい、サクラ。人には殺すなと言っておいて自分は殺人予告か?」


「殺すつもりはありません。あくまで脅しです」


「脅しで負傷者が出ているんだが」


「私も心苦しいのです。しかし、見せしめという本気を見せなければ人は交渉に応じないものなのです」


「なるほど、真理だな」


 ブルーノも納得した。実にちょろい男であった。


 コボルト達はサクラの脅しにすくみあがり、「どうしやしょう!?」という目で撃たれていない方のモヒカンコボルトを見る。そのモヒカンコボルトも「どうしよう」という顔で狼狽していた。コボルト達はもうダメである。


「ヌハハハハッ!! よい脅しだな、小娘! だが、このガオウの眼は欺けぬ! ワシの見立てではその武器は複数人を相手にするには不向き! 全員で掛かれば恐れるに足りん!」


 突如として大声が砂漠に響き渡る。そして一様に岩の高台、その頂点を見上げた。そこには一体のコボルトがいた。しかし、他の個体とは異質。大きい。ひたすらに大きいコボルトだった。


 巨大で鋭利な牙を覗かせて、大きなコボルトは跳び降りる。砂塵を舞わせながら着地したそのコボルトは、通常のコボルトよりも五倍は大きかった。


「ワシの名はガオウ! この野郎共の(かしら)である!」


「お、お頭~! 昼寝から目覚めてらしたんですね~!」


 モヒカンコボルトは救われた表情でコボルト(大)──ガオウに泣いてすがる。ガオウはすがってくる部下に笑顔を向けて、ブルーノとサクラの前に出た。


「子分が世話になった以上、落とし前はつけてもらおうか」


「貴方が真のリーダーですか。それなら話が早い。貴方を倒せば子分のみなさんはこちらの言う事を聞いてくれそうですね」


「ヌハハッ! そうだな。ああ、ワシがやられれば子分共もまとめて、テメェ等の下に付こうじゃねぇか。だが、ワシが勝てばその逆だ。テメェ等二人、ワシ等の所有物になってもらう。どうだ?」


「ええ、承諾しましょう」


 サクラは即答する。ガオウもその決断の早さを見て豪快に笑った。


「ついでにもう一つ提案だ。このまま全員で襲ってもいいが、ワシ等としては小娘、テメェに傷をつけたくねぇ。万が一死んじまったら勝っても旨みがねぇからな。……だからよ、一騎討ちってのぁどうだい? ワシと……そこの男でだ」


 ブルーノを指差してガオウは言う。口元には不敵な笑みが浮かんでいる。


「いいのですか? 彼は私より強いですよ?」


「ヌハハッ!! そんぐらい見てわかるぜ! そしてだからこそだ! つえぇ奴と戦いたくなるのが戦士の性分よぉ!!」


「……だそうですが、ブルーノさん、いいですか?」


「ああ、構わない。こういうシンプルさは好みだ」


 サクラは一歩引いて、代わりにブルーノが前に出た。

 ブルーノとガオウの視線が交わる。強者の雰囲気を感じ取り、ガオウは総毛立つ。戦慄(わなな)く巨体を強引に抑え込んで、漢は強敵と対峙した。


「おう、野郎共!! 絶対に手を出すんじゃねぇぞ!! コイツァ、ワシの喧嘩だぁ!!」


 コボルト達の歓声が沸く。親分の勝利を確信している故の歓声だった。それに不敵な笑みでガオウは応える。


「──さあ、やろうぜ!! 異界の戦士!! テメェとワシ、その全部を絞り出すような極上の戦いをよぉ!!」


 ブルーノもその言葉に応える為、最初から全力で行く事を決意する。相手はこちらの力を理解した上で挑んでくる猛者。加減など不要。否、失礼だ。全身全霊を以て、ブルーノはガロウを迎え撃つ。


 今ここに竜界と緑界の戦士が激突しようとしていた。


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