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機械的な彼女


「なぜ君はサクラを嫌うんだ?」


 二人きりのエレベーター内でブルーノはルーニャに問う。彼が聞きたいのは最初からコレ一つだけだった。


「…………」


「また無視か。無視するのは失礼なんじゃないのか?」


 昨日ルーニャがサクラに言った事を皮肉的に言う。


「……べつに無視してるわけじゃないわ。ただ、言葉にし辛いだけよ」


「なら更に問おう。君はサクラが強化人間だから嫌うのか?」


「それもあるわね。ああいう存在はやっぱり不自然だと思うもの。でも、そういう人が居てもいいとも思うわ」


「サクラを嫌う理由は他にあると?」


 ブルーノは問い掛け続けた。そのしつこい姿勢にルーニャは肩を落とす。そして観念したように口を開く。


「わたしが気に入らないのはあの女が自分の気持ちを遠慮してるとこよ」


「自分の気持ちを遠慮している?」


 よくわからない表現だった。ルーニャ自身もあまりしっくりきていない様子だった。


「えーとね、ブルーノくんはサクラさん以外の強化人間を見た事はある?」


「いいや。記憶にないな。そもそも見分けがつかない」


「そう。だったら尚更わかりにくいと思うけど、普通の強化人間はね、もっと人間的なのよ。普通に笑って、普通に傷付いて、普通に泣く。誕生の経緯は不自然極まりないけど、そういうホントの人間なのよ」


 大好きな趣味に没頭したり、好きになった人と恋愛だってするのよ──とルーニャは嬉しそうに語る。造られた存在でも幸せに生きている。その素晴らしさを説くように。


「けれどサクラさんにはそれがない。楽しくても笑わないし、嬉しくても喜ばない。悲しくても泣かないし、苦しくても甘えない。誰よりも高性能のくせに、誰よりも機械的なの。──……いいえ。あの女は機械的であろうとしている。何をどう考えてるのか知らないけど、それはきっと間違った事だわ。ブルーノくん。あなたもそう感じた事はない?」


「…………」


 ブルーノは少し考えてみた。

 春日井 咲良の印象は無色透明。無表情。無関心。無感情。無愛想の四拍子が揃った実に人造人間らしい強化人間だ。──だが、そう断じてしまうには彼女はいささか人間的にも思えた。


 彼女は時折柔らかい表情をする。彼女は案外気を使ってくれる。彼女は意外とお喋りが好きで、美味しいものを食べるのが好きだ。そういう隠し切れていない部分がある。隠し切れていないという事は、彼女はそれらを隠そうとしているという事でもある。サクラは気持ちを隠している。そう思う事は出来る。


「……根拠のない主観だが、確かに君の言う事はわからなくもない」


「でしょ? わたしはどうも、それが嫌みたいなのよね。どういう理由があるにせよ、感情を──気持ちを我慢する必要なんてないんだから!」


 喜怒哀楽の激しいルーニャが言うと説得力があった。


「いや、感情を押しとどめなければダメな時もあると思うが」


「かーっ! ブルーノくん、あなたは正論ばっか言うわね! それはそれ、これはこれよ! 少なくとも嬉しい時や楽しい時は素直な気持ちに従う方が正しいの! 正義なの! ジャスティスなの! そうするべきなの!」


 怒涛の言葉を吐き出した後、脱力したルーニャは肩をすくめる。


「だからわたしはサクラさんが気に入らない。どう、わかった?」


 それは嫌っているというより、間違っているサクラを正してあげようとしているだけだろう。彼女の行動は心配や優しさに起因するもののような気がした。そう思いながらブルーノは頷く。


「ああ、理解はした。しかし、それをサクラにも教えてやればいいのに」


「ええ、もちろん言ったわ。初対面の時、サクラさんが自分の気持ちに蓋をしている事に、いち早く気付いたわたしは親切にも教えてあげたわ。『あなた、酷い顔をしてるわね。せめて嬉しい時や楽しい時は笑いなさい。その面白みのない顔も少しはマシになるでしょう。ま、わたしの足元にも及ばないでしょうがね。オーホッホッホッ!』ってね!」


 それは『教えてあげた』のではなく『喧嘩を売った』の間違いでは?


「なのにサクラさんたら『は? いきなりなんです? 喧嘩売ってるんですか? わかりました、屋上にいきましょう。久しぶりにキレてしまいましたよ』となぜだか憤慨して一蹴するんだもの。思わず心からのごめんなさいをしてしまったわ」


「まぁそうなるな」


 むしろそこまで怒らせたのなら結果的によかったのではないか。もしかしたらサクラが感情を隠し切れていないのは彼女のおかげなのかもしれないな──とブルーノは思い至った。


「それからわたしはアプローチを変えて、彼女を挑発する事で感情を引き出そうとしている訳なのよ。決して先輩風を吹かせたいだけが目的じゃないんだからね」


「いや、最初から挑発しているんだがな、君は」


「?」


 わかっていない顔でルーニャは首を傾げる。そうしている間にエレベーターは対策室のある五階へと到着した。先に降りたルーニャは振り返ってブルーノに笑顔を向ける。


「それじゃあね、ブルーノくん。機会があったらまたお話しましょ」


 そして軽い足取りで彼女は第十二対策室の方へ去っていった。ブルーノもエレベーターを降り、第十三対策室の方向へと向かおうとしたところで見知った顔に出会った。


「おはよ、ジャッくん」


 タイミング良くトイレから出てきたリンディは朝の挨拶をする。ブルーノと同い年の二十歳であるリンディはブルーノ・ランバージャックだからジャッくんと親しみを込めて呼ぶ。ちなみにカズトはブルーノよりジャックの方が音の響きが格好良いという理由で彼をそう呼んでいる。


「ああ、おはよう。リンディ」


「意外ね。ルーニャと仲良くなったんだ」


「見てたのか。まあ、そうだ。なんか奇妙な流れで親しくなった」


「フフフッ。また女子局員の中で噂になるわね。十二室の姫を竜殺しが口説いたって」


「勘弁してくれ。女性と関わる度にそんな噂をたてられるのは本当に困る」


 本心からそう嘆く。


「ま、それも竜の呪いなのかもしれないわね」


 そんなブルーノをリンディは面白そうに笑った。

 女難の相。竜の呪いとやらはそういう破滅を齎すのか──とブルーノは戦々恐々とした。


「そうそう、ジャッくん。今日はアナタと室長だけしかいないから頑張ってね」


「ん。どういう事だ?」


「カズトは風邪で病欠。カリナくんは事前申請していた休暇日。アタシも今日は家の用事優先で有休取ってるのよ。ここに来たのは必要な申請をしてきただけでね」


 リンディは天族の名家であるベル家の当主も担っており、時折その事情で対策室の席から外れる事がある。それはブルーノも知っていたが、よもや他の男二人までいない日があろうとは想定していなかった。


「心配しなくても大丈夫よ。二人しかいない部屋に大きい案件は任されないから。もしかしたら一日中対策室で二人きりって事もあるかもね。──じゃ、アタシはここで。ジャッくん、ガンバ」


 その『ガンバ』の言葉には複数の意味が含まれているように感じられた。ブルーノはそれについての問い掛けすら許されず、リンディはエレベーターに乗って下に降りていった。


「……何を頑張れというのか」


 ブルーノは頭を掻いて、気恥ずかしさを誤魔化した。


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