雪原の木人
グリーンランド中央部。人も住まない雪と氷と山に囲まれた土地にそれはいた。
周囲とは不釣り合いな茶色の幹。その幹は人の形を持ち、伸びる枝には青々とした葉がつけられている。人型の巨木はこの土地で唯一の緑。およそ場違いの緑。異様であった。
木々の巨人──ウッドマンは本来緑界の温かな森に生息する。現在の環境は木人には適してはいない。だが、その生命の塊はそんな環境でも生きようとした。木人は太陽の光だけで存命できるが、しかし、毎年雪が降り積もる極寒地帯の日照時間は短い。生命の維持に必要な量は賄えない中、それでも木人は生き長らえた。生きられた理由は──極めて単純。光合成では足りない分を他者から奪い取ったまでの事。原生生物の命を吸い、木々の巨人は過酷な環境を生き延びた。
その結末は暴走だった。
木人は言葉を介さない。知性は高くない。けれど感情はあった。なまじ感情があったから命を奪う喜びを得た。得てしまった。生きる為の狩りは、いつしか狩りの為の生に反転した。
生きる為以上の殺戮を行い、木人はこの土地における食物連鎖の頂点へと至った。絶対的な捕食者。──だからこそ発見された。きっかけは現地の人間が偶然見つけたジャコウウシやトナカイの不可解な死体。不自然に押し潰され、血が抜けた死体は研究機関に運ばれ、その流れのまま近界漂着物管理局が知るところとなった。
身から出た錆。それによって木人は自らの終焉を引き寄せた。
男達が走る。
一人は漆黒。一人は灰色。それぞれの髪を振り乱し、全長四十メートルはある木人へと接近する。黒い槍を持つ灰色の男──カズト・グレイトフルは誰よりも早く木人を間合いに捉え、足に一突きすると股を抜けて背後に回った。攻撃の効果はない。木人の表面に小さな穴を空けた程度。心臓や目と言った明確な急所のない木人に対して、彼が誇る針の一刺しはほとんど無力に等しかった。しかし、知能の低い木人はダメージゼロの攻撃をしてきたカズトをわざわざ意識し、振り返ろうとする。それは余分な動き。つけいる隙でしかない。
「──今だぜ、ジャック!」
カズトが合図し、対竜種実体剣ジークフリートを握る漆黒の男──ブルーノ・ランバージャックが駆ける。カズトが進んだコースを走り、彼がつけた僅かな傷痕を目印に、ブルーノはその大剣を振るった。能力抑制を受け、弱体化したブルーノだったが、竜鱗による防御力と竜血による魔力生成力は健在。そして半分以下になった筋力でも木をこる程度なら問題ない。それがどれだけ巨大だとしても。
豪快な一振りは木人の片足をへし折り、振り抜いた後に両断する。姿勢を維持できなくなった木人はうつ伏せに倒れ、雪原にその身を埋めた。
「さっすが元木こり。昔取った杵柄ってやつか」
「俺の世界に動く木はいなかったがな」
ブルーノとカズトは合流し、連携の成功に拳を突き合わせる。そんな二人の影から紅顔の美少年が現れ、その黒羽を広げた。
「それじゃ次はボクの番かな」
美少女が如き美少年──カリナ・メイギスはカズトの影の中に潜んでいた。吸血鬼は血の専門家にして夜の王。闇や影。光より生じる光なき場所──つまり“全ての暗さ”は彼等の領域だ。任意の影に潜伏する事も、相手の影を用いて相手を攻撃する事だった出来る。
「──ほら、串刺しの刑だ」
カリナが木人の影に触れた瞬間、影は隆起し、鋭利な三角錐を形取る。影より生じた棘は木人の体を貫き、その巨体を地面に縫い付けた。
「鎮圧対象の拘束を確認。──掃討します。前衛は射線より退避してください」
後方で木人の動きが止まるのを待っていた白い少女──春日井 咲良は大型ガトリングガン『ハウンドドッグ』を構える。指示を耳にした男三人はすぐさま現地点より散開し、彼女の射線から脱した。
それを視認し、サクラはトリガーを引く。コンマ五秒の銃身回転の後、三十ミリの銃弾が発射され、身動きの取れない木人へと吸い込まれていった。
木々の巨人の体に次々と穴が穿たれる。強度を無くした体は崩れ、崩れた先から更なる銃弾に削り取られていく。三十秒もしない内に、四十メートルもあった巨人は粉砕され、木片の山となった。──けれど、その木片は微動する。破片となって尚、植物は死なない。そこからでも枝を伸ばし、ツタを這わせ、形を変えてでも生きようとする。純粋な生命であるが故に、その逞しさは揺るがない。
「リンディさん、後詰をお願いします」
「ええ。あれだけバラバラならよく燃えるでしょうね」
空にいた片翼の天使──リンディ・ベルは翼を輝かせる。
両手を掲げ、祈りを囁く。祈りとは詠唱。詠唱とは歌。魔力で法を作り、想像を形にするのが魔法ならば、唱える言葉に意味はない。これは自己暗示。魔法を使う引き鉄であり、より集中を高める為だけのもの。
「光よ集え──天の灼火を、地の灼華に。アタシの祈りは大地を焦がす」
掲げた手の先に太陽のような火球が出現する。同時に木人の周囲には開花する花のように炎が広がる。リンディは雪原に咲いた炎の華へと頭上の太陽を投げ込み、木片は火柱をあげて燃え盛った。魔法で生み出された炎は対象を燃やし尽くすまで終わらない。
丹念に焼かれた木片達はおよそ一分の後、この世から燃え尽きた。




