プリティ☆スター
階数ランプが最上階を表示する。
二人はエレベーターを降り、真っ直ぐな通路の先に大きな扉を見つける。その高さ三メートルほどの扉をサクラはノックし、返事を待たずに入室した。
「失礼します」
一つの机と椅子を除き、家具のない空っぽの室内にサクラの声が響く。
部屋にいたのは長い銀の髪を後ろにまとめたドレスの女性。ブルーノはその上品な雰囲気の彼女が局長なのかと思ったが、しかし、違った。
サクラの声に部屋の主は反応する。背を見せていた椅子はクルッと回り、座っている者は姿を現した。──蒼い瞳の金髪ツインテール美少女がそこにいた。
「ついにきおったな。歓迎しよう、竜殺し。我が名は──プリティ☆スター! 近界漂着物管理局の局長をしておる者じゃが、堅苦しい関係は好みではない故、親しみを込めてミス・プリティまたはスターちゃんと呼ぶがよい!」
不敵な笑みを浮かべた金髪美少女ことプリティスターを自称する管理局局長は元気よく挨拶する。はしゃぐ姿は年相応の無邪気さだったが、対して周囲の反応は冷ややかなものだった。
「ブルーノさん、この方が局長です。一応偉い方なのでくれぐれも失礼のないようにお願いします」
サクラは局長本人の挨拶を無視してブルーノに局長を紹介する。ブルーノは、それは本気で言っているのか、という視線をサクラに向けた後、プリティスターの方を見た。
「のじゃ☆」──とウィンクされた。局長たる威厳はまるでない。こんなのがトップで大丈夫なのか、とブルーノの元々の仏頂面が更に歪んだ。
「おっと、さてはおぬし、金髪ツインテで年寄り口調のロリっ子とかよくある属性てんこもりで逆に没個性的じゃん──とか思っておるなぁ?」
「いや思ってな──」
「──しかし、残念! このような齢十四の美少女な見た目じゃが、実年齢はもっともーっと上のデンジャラスアダルティな女じゃ。故に金髪ツインテロリババア属性は我が元祖よ。うむ。そこらへんははっきりさせておかねばな。だがよいぞ。外見で相手を判断する男子は好きじゃ。手を出せ、飴をやろう」
饒舌に語ったプリティスターは指を鳴らす。そうするとブルーノの目の前に何かが落ちてきた。反射的にそれを受け取る。落ちてきたのは飴だった。飴が落ちてきた上を見る。普通の天井。仕掛けはない。何もない所から飴を出した。転移させたのか創造したのかはわからないが、あのプリティスターという女は只者ではないと認識を改める。
「局長、これが彼の能力測定のデータになります」
「うむ」
サクラはプリティスターにではなく、隣に立っている銀髪の女性へと書類を渡す。女性はそれを広げ、プリティスターの目線の高さまで運んだ。
「サクラ、あの人はミス・プリティの秘書か何かか?」
「彼女は副局長のナイトハルトさんです。吸血鬼らしいですが、基本的に局長のお世話をしてるだけの方なので、実質秘書だと思っていいです」
「……ミス・プリティもだが、上の者があんなでいいのか」
「その分、下が頑張っているので。……というかブルーノさん、律義ですね。局長をミス・プリティと呼ぶなんて」
「……、本人の希望だからな」
二人はコソコソと話をしながらプリティスターの反応を待つ。やがて資料に目を通したプリティスターが口を開いた。
「ブルーノよ。おぬしの経歴は既に聞き及んでいる。元の世界での活躍もおぬしの力量を考慮すれば嘘ではあるまい。その行い、その人生。真に勇者の生き様じゃ。長らく地下に押し込めて済まなかったな。だが、これからは自由を約束しよう。これよりおぬしは、この新界ピースの正式な住人。管理局が保護する異界人となった。腰を落ち着けられる仮住まいと、しばらく暮らせる分の金銭を提供する故、なるべく早めに仕事を見つけよ。どのような職につき、どのような暮らしをするかはおぬしが決めていい」
ブルーノの処遇が下される。
優良判定。経歴、素行共に問題なし。制限なく、最大限の自由を約束する。それが局長の判決。およそ最大級の待遇であった。
「それから今後はこの名を名乗るがよい」
プリティスターは手を触れずに一枚の用紙を浮かせ、そのままブルーノの前まで飛ばせる。同時にブルーノの手枷が外れ、用紙と交換されるようにデスクへと置かれる。それを当然のようにやってのけた。魔法ではない。魔術でもない。ただ出来るから、彼女はそれを行った。
その不可思議な現象に気圧されながらブルーノは用紙を受け取る。そこには自分の名と、見慣れぬ姓が書かれていた。
「ブルーノ……ランバージャック?」
「うむ。ブルーノという名はそれなりにいる故、姓がないと管理が面倒じゃからな。勝手ながら我が名付けさせてもらった。竜界でのおぬしの生業は木こりだったのじゃろう? こちらの世界では職業を由来にする姓がある。それに倣ったのだが、どうか。なかなかかっこいい語感じゃろ?」
「ああ、気に入った。ありがたく受け取ろう、ミス・プリティ」
「フハハ! おぬしは素直な良い男じゃのう!」
ブルーノは生まれて初めて得た自分の姓に喜ぶ。自分が考えた姓を素直に喜ばれて、プリティスターも気分良さそうに笑った。
「では、おぬしは今この時を以てブルーノ・ランバージャックじゃ。──……で、じゃ。ここで一つ提案なのじゃが、おぬし、対策室の一員ならぬか?」
「対策室というのはサクラが所属しているところか」
「そうじゃ。漂着物に対する直接的な干渉を役目とする、言わばとても危険な仕事なのじゃが、おぬしにはそれを担えるだけの力があると我は見ている。もちろん強制はせぬ。先程言った通り、自由はおぬしにある。故にこれは提案じゃ。どうもおぬしは人に頼まれると断れない性分のようじゃが、今はそれもやめよ。この仕事に就くのなら、誰かに頼まれたからではなく、自分で考え、自分で選んでほしい。そうでなければやっていけぬじゃろうからな」
プリティスターは一つの道をブルーノに示す。それは竜殺したるブルーノを一般職にするには惜しいという理由からであったが、この無欲そうな男が何を望んでいるかを知れるという好奇心でもあった。
ブルーノは僅かに考えて言う。
「一つ聞きたい。この新界とやらは地球の一部に作られた隔離世界だと言うが、それは何か壁のようなもので隔たれているだけで地球と繋がっている世界なのだろう?」
「然り。この新界は地球上に存在するが、見えず触れられぬ世界じゃ。それがどうした?」
「こちらから地球へ旅行は出来るのか?」
「出来るが、それはならん。異界人はここを出てはならない。それが地球と新界、互いの為じゃ。……旅行がしたければ新界を旅すればよい。大陸ほど大きくはないが、おぬしが三年間いた日本列島よりは広い土地じゃ。徒歩での旅ならば、なかなか飽きぬぞ」
「そうか、それは良い事を聞いた。この世界にも興味があるからな、いつか旅をしよう。……しかし、やはり地球へは行けないか」
残念そうにブルーノは呟く。
“旅”こそが彼の指標だった。竜界で邪竜討伐の為に旅した事。見知らぬ世界で老師と共に旅した事。ここ数年、彼はずっと旅の中にいた。
竜を倒す為の過酷な一人旅も、老師の背中を追って旅した事も、思い返してみれば楽しかった。色んなものを見て、色んなものを感じる事は素晴らしかった。だから再び一人になってからも世界を歩いてみたいと思った。事件に巻き込まれて、こんなところまで来てしまったけれど、自分がしたかったのは世界を知る事だ。──ならば答えは決まっている。
「ミス・プリティ。対策室に入れば、サクラ達が渋谷へ来たように仕事の間だけだとしても地球に行けるだろうか」
「ほう……、おぬしの望みはそういうものか」
その言葉で察したのか、プリティスターは感心する。
「うむ、ゆけるぞ。場所は選べんし、観光などしている暇はないがのう」
「それでも構わない。まだ見ぬ場所へ行けるのなら」
「ではブルーノ・ランバージャック。おぬしは対策室の業務に従事する──という事でよいか?」
「ああ。地球に行けて、人助けも出来るのなら文句はない」
「フフッ。よいな。よい理由じゃ。その我欲は実に世界の開拓者らしい」
プリティスターは満足げに微笑んで、隣に立つナイトハルトへ合図する。ナイトハルトはデスクより金属製のブレスレットを取り出し、ブルーノに手渡した。
「とはいえ、おぬしは強過ぎる故な、それを付けてもらおう」
「これは?」
「リミット機能内蔵の個人端末じゃ。腕に付けるだけでおぬしの能力は抑制され、一度付ければ我の承認なしに解除される事もない。能力値が高過ぎて管理の難しい高負荷な者向けの安全装置じゃよ」
「噛み付かれない為に首輪を付けるようなものか。承知した」
二つ返事でブルーノは腕輪を装着する。
自分が弱くなる事に対する抵抗はない。弱くなったらなったで戦い方を工夫するだけの話だ。元より彼は超越者として生まれた訳ではない。人間から竜殺しになった男だからこそ弱体化する事に恐れはなかった。
その思い切りの良さを見てプリティスターは楽しそうに笑う。そしてサクラの方を見た。
「サクラよ、こやつをおぬしの第十三対策室に配属しようと思うが、室長として何か意見はあるかの?」
「……いえ。それが命令であれば私は従うだけです」
「よろしい。では以後、おぬしの部下として扱うがよい。ちゃんと面倒見ねばダメじゃぞ?」
「はい、わかりました」
「んじゃま、解散じゃな」
ぱんぱん、と手を打ってプリティスターは退室を促す。サクラは一礼し、踵を返す。ブルーノもそれをマネして、サクラの後を追った。
「──おぬしらの活躍を期待しておるよ」
部屋を出る二人の背中へ声が届けられる。それを受けて、振り返る事無く、二人は退出した。




