思い浮かぶ顔
ブルーノは白い部屋で目を覚ます。
清潔感だけを優先した内装に余分なものはない。そこはある種独房に似ている。事実、彼は囚われているに等しかった。
新界ピースにある近界漂着物管理局本部へ到着してから三日。
竜界にいた時の事。地球にやってきた時の事。地球で暮らした三年間の事。あらゆる事をこの三日で喋った。当然強要されてではない。自身がこの世界にとって脅威でないのを伝える為に訴えた。それでもブルーノの取り調べは未だに終わっていなかった。
「…………」
横になっていたベッドから起き上がり、体をほぐす。それが済んだらやる事はない。指示があるまで待機する。それがここ数日の日常だった。
苦痛には感じない。何もしないのはむしろ好きだった。ただ不満があるとしたらこの部屋。窓はなく、見渡す限りの白い壁。出入り口は一つだけあって、そこからでしかどことも繋がらない。せめて窓があれば──と思う。窓から外の風景が見えれば、いくらでも変化が目に入る。刺激を得られる。それさえあれば退屈はしない。だが窓はない。仕方ないので目を閉じる。外の世界が変化しないのなら、内の世界で刺激を得るしかない。空想というのは人に与えられた数少ない自由なのだから。
「…………」
草原を思い描いた。
上には青空。雲は少なく、けれどまったくない訳でもないほどの空。そこに風が吹いている。草が揺れる音を聞く。
ふと人影を見た。
草原の真ん中に人がいた。白い服を着ている。
白いワンピースを着た──白い少女だった。
「──ッ」
目を開けて頭を抱える。しばらくそうして、落ち着いてから白い部屋を見た。
「こんな白ばかりだからか、彼女を連想してしまうな」
まったくこの部屋には困ったものだ、とブルーノは嘆息を吐く。そうしていると唯一の出入り口が開いた。そこから一人の女性局員が顔を覗かせる。
「ブルーノさん、おはようございます。準備はよろしいでしょうか」
張り付いた愛想笑いを浮かべた局員。初めて見る顔だった。昨日訪ねてきた人とは違う。一昨日訪ねてきた人とも違っていた。毎日異なる人がブルーノの対応をしている。なぜだかはわからなかった。
局員に頷いてブルーノは立ち上がる。そして既に完治している両手を差し出す。局員は持っていた手枷をブルーノの手首に装着した。なんらかの金属で出来た分厚い手枷。ブルーノの力を以てしても容易く壊れそうにはない。けれど気にする様子もなく、ブルーノは案内されるがままについていった。
道中で局員は言う。
「聴取は昨日で終了しましたので、本日は能力測定をして頂きます。それで何もなければ今日中に処遇は決定されると思います。安心してください。ブルーノさんはかなり協力的でしたので、きっと悪いようにはなりませんよ」
「ああ、それは嬉しい」
朗報だった。どのような処遇になるかはわからないが、少なくともあの白い部屋からは出られるだろう。
「…………」
局員はふとブルーノを見つめる。まじまじと顔を覗かれ、ブルーノは首を傾げた。
「なにか?」
「あ、いえ、その。手枷、きつくないですか?」
「いや、問題ない」
「そうですか。すみません、何もしないとわかっているのですが、一応規則なので」
「構わない。それにそちらの心情も理解できる。俺は個人にしては少し力を持ち過ぎた。手枷を付けるだけで君達が安心を得られるのなら俺は喜んで受け入れよう」
「…………」
張り付いていた愛想笑いは消え、局員は珍しいものを見るように目を瞬かせた。
「……ブルーノさん、見た目は怖いのに物腰は柔らかいですね」
「なぜかよく言われる」
サクラにも言われたし、昨日と一昨日の局員にも言われた。
「俺はそんなに怖いだろうか」
「うーん。やっぱり背が高くて筋骨隆々だと怖く思ってしまいますね。女性だと特に。でも一番の原因はその仏頂面だと思います」
ズビシと顔を指差して局員は言った。彼女の言う通り、基本的にブルーノの表情は硬く、デフォルトの表情は不機嫌そうに見える。本人としては一番リラックスした自然な顔のつもりなのだが。
「あっ、でもそのままでいいと思います。怖そうな見た目なのに態度は穏やかな殿方はなんというか、こう……グッときますので!」
何がグッとくるのかブルーノにはわかりかねたが、なにやら褒められているようなので表情の改善はせず、ありのままの自分でいる事にした。
その後もやたらと話しかけてきた局員に適当な相槌をうちながら、ブルーノは局内の廊下を進んでいった。
そして、とある一室の前で止まった局員は扉の横にあるコンソールへ局員証をかざし、入室する。ブルーノもそれに続いた。
入った部屋にはベッドが一つ置いてあるだけだったが、天井を見上げてみれば一面に巨大な機械が備え付けられていた。その機械から伸びた複数のレンズの照準はベッドを目掛けて一点に定められている。
局員はブルーノの手枷を外し、壁のフックにかけた。
「それじゃあブルーノさん、服をぜんぶ脱いで、こちらのベッドに横たわってください。その後はじっとしているだけで能力測定は完了です」
ニコニコというかニヤニヤしている局員は指示を出す。何か不純な思惑を感じたが、言われた事にはだいたい従うブルーノは、局員がジロジロ見てくる中、支給された白い服を脱ぐ。下を脱いだところで「ヒューッ」と局員が口笛を吹いた。ブルーノが目を向けると、そっぽを向いて吹けていない口笛で誤魔化す。
「おっと、そうだったー。この部屋まで案内したら、わたしの仕事は終わりだったんだー。あ、では失礼しまーす」
そうしてブルーノの脱衣シーンを堪能した女性局員は何事もなかったかのように出ていった。
「……なんだったんだ」
自身の肉体美に自覚のないブルーノは結局彼女の意図がわからないまま、言われた通りにベッドへ横になった。自然と上を向き、天井にある機械と向き合う形になった。
『はーい。そのまま動かないでくださいねー』
どこかにカメラとスピーカーがあるのか、突然男性の声が室内に響いた。この部屋の隣。そこには機器を操作する別室があり、スピーカーから聞こえたのはそこで操作している男性局員のものだった。
ブルーノは目を閉じて脱力する。天井のレンズは正確に彼の身体を映し、扇状の光を照射した。頭のてっぺんからつま先まで、上から下へと扇状の光は肉体をスキャンしていく。そして、そのデータはすぐに隣の部屋へと送信された。
「第一データきました。うわ、こりゃすごい」
「どうしたよ」
「チーフ見てください。筋力の数値が振り切ってますよ」
隣の部屋にいた男性局員二人はブルーノの能力測定の数値を見て驚愕する。まだ一項目だけしか結果が出ていないが、チーフと呼ばれた年配の男性局員は「こりゃあ、久しぶりに歴代記録に乗るかも知れねぇな」と髭を撫でた。
それからしばらくして操作室に入室する者がいた。肩甲骨まで伸びる白い髪を揺らす黒いパンツスーツの少女──春日井 咲良である。
「お疲れ様です。彼の測定結果はどうですか?」
「おおっ、十三室の室長さんか。アンタ等がコイツを連れてきたんだろ? よくやった。コイツは即戦力だ」
チーフは興奮混じりに言う。
「筋力、強度、魔力が測定不能のカウンターストップ。敏捷は獣人以上。知力は常人並で、幸運は……ほぼゼロだが、それでも総和値は歴代第三位。管理局に属した数少ない竜殺しの中なら文句なしぶっちぎりのトップだぜ」
「はあ。まぁそうなりますよね」
天界の上位者と対等に戦っているのを間近で目撃していたサクラはさも当然のように受け止める。そんなサクラの冷やかな反応では男性局員達の興奮は冷めなかった。
「強くて硬くて速い。特殊能力がないスーパーマンみたいな男だな」
「それただのハルクですよ、チーフ」
「がはは、違いない!」
そんな事を言っている局員は放っておいて、サクラは測定室の様子が映るモニターを見る。測定の終わったブルーノが服を着ている最中だった。三日ぶりに見ましたが相変わらずの仏頂面ですね、とサクラは思った。
「技術チーフ。測定データを紙媒体に出力してください。局長の目を通した後、ファイルにまとめますので」
「おお、そうだったな。ちょっと待ってくれ」
コンソールを操作し、測定した情報を用紙に印刷する。チーフは自動的にクリップでまとめられたそれをサクラに手渡した。
「んでよ、室長さんがここまで世話するってことは、あの竜殺し、やっぱり十三室が狙ってるのかい? まあわかるよ。竜の呪いの事を差し引いても魅力的な戦力だもんな。ましてや十三室なら尚更よ」
「別に恩を売って彼を十三室に入れようとは思っていません。私は現状の戦力で十分だと思っていますし、何より配属を決めるのは局長です。なのでそれは邪推というものですよ、チーフ。……それにまるで対策室に入る事を前提に話していますが、彼がそれを望んでいるとは限りません」
「そうだな。平穏に生きる道も奴さんにはあるか。……まあ、あの兄さんの事はともかく。技術部は皆の味方だ。戦力が足りねぇと感じたら俺達に相談しな。せめて武器は最高の物を用意してやっからよ」
気前良く笑うチーフに一礼してサクラは退室する。
「ブルーノさん」
部屋を出ると、隣の部屋に入り、ブルーノに声をかけた。着替えを終えたブルーノは不意に現れたサクラに驚いた。
「サクラ……どうして」
「お久しぶりです──と言うにはあまり時間は経っていませんね。とりあえずこれまでお疲れさまでした。事情聴取は何かと疲れたでしょう」
「ああ。竜の血は精神的な疲労までは癒してくれないからな」
三日ぶりに二人は言葉を交わし、互いに変わらない事を実感する。
「さて、貴方にはこれから私と一緒に局長とあってもらいます。それで貴方の保護観察期間は終了し、この世界の一員として認められます。よろしいですね?」
「了解した」
頷いたブルーノの手首に、サクラは壁にかけてあった手枷をかける。
「ん。やはりそれは必要か」
「当然です。規則ですから」
では行きましょう、とサクラは先導する。その後をブルーノは追いかけた。




