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邂逅する二人


 色の抜けた白い髪。透き通るような白い肌。対象的に身に着けているのは黒のパンツスーツ。コントラストがはっきりした十六歳前後の少女。生命力の塊であるブルーノに対して、その少女からは命の息吹のようなものを感じられなかった。無色透明。そんな印象をブルーノは受ける。


「君は誰だ」


「貴方こそ何者です」


 窓枠から降りた少女は真っ直ぐブルーノを見据えて言う。そこに物怖じというものはなかった。


「俺はブルーノ。今はなんでも屋を生業にしている」


 求められれば応えずにはいられない男であるブルーノは律義に自己紹介する。想像していたイメージと異なっていたのか、少女は初めて無表情ではなくなった。


「……威圧的な見た目の割に意外と物腰柔らかですね。日本語も流暢。そもそも翻訳機なしで会話が成立している。竜の知恵はあらゆる言語を理解させるとありますが、なるほど、どうやら事実のようです」


 耳に付けたピアス型の翻訳機が作動していないのを確認し、少女は一人納得する様子を見せた。その中で少女が発した『竜の知恵』という単語にブルーノは反応する。


「竜の知恵と言ったな。俺が竜殺しだと知っているのか。……その佇まいから逃げ遅れた住民ではないと思っていたが、君こそ何者だ。そろそろ俺の問いにも答えてくれ」


「私は……そうですね。詳しく説明している時間はないので、とりあえずあの龍からこの街を守りに来た者だと思ってください。ほら、あそこで戦っているのも私の仲間です。一人サボタージュしている人もいますが」


 インカムから「空飛べねぇーんだから仕方ないじゃん!」というカズトの声が聞こえてきたが、少女は無視する。

 少女が指差す先で戦っている翼を持つ二人を見るブルーノは感心した。地球にあんな翼を持つ人種がいるなど今まで聞いた事もなかったが、ともあれ強大な敵に立ち向かう勇者がこの世界にもいる事に感動した。その勇気こそを彼は評価する。


「ブルーノさん。貴方はなぜ龍と戦っているのですか?」


「人々を救ってほしいと求められた。だから戦っている。……もっとも、誰に頼まれずとも暴れる竜を見過ごすなどしないが」


 さも当然であるように言った。その姿に少女は善性を見る。つまりは馬鹿がつくほどお人好しな人だと思った。


「でしたら私達に協力してください。目的は同じはずです」


「ああ、喜んで手を貸そう」


 素直に頷き、即答する。ブルーノは基本的に相手の言葉を鵜呑みにするちょろい男であった。竜殺しと聞いて警戒していた少女だったが、ブルーノの様子を見て緊張を解く。


「それでは一度屋上にあがりましょう。ついてきてください」


 少女は割れた窓から真上に跳び、雑居ビルの屋上に登った。その常人離れした跳躍力にブルーノは少女が普通の地球人ではないと知る。とはいえ翼が生えた者を仲間と呼んでいた時点で予想出来ていた為、驚きはさほどなかった。


 ブルーノは少女を追い、同じように屋上へあがる。視界が広がり、状況は鮮明になった。龍と戦う黒と白の翼達。よく見てみれば白い翼持つ赤毛の女性は片翼しか有していなかったが、羽ばたきで飛んでいる訳ではないのか、飛ぶというよりは浮遊している様子だった。


「彼等みたいな人種を見るのは初めてのようですね」


 ブルーノの視線に気付いた少女が言う。


「黒い方が吸血鬼。白い方が天族──言わば天使です」


「馬鹿な。地球にそんなものはいないはずだ」


 龍も吸血鬼も天使も、この世界にはいない。少なくともこの三年間で知り得た世界にはいなかった。少女もブルーノの言葉を肯定する。


「ええ。地球にそんなものはいません。……あれらは地球とは異なる世界から来た者達です。──貴方と同じように」


「──!」


 ブルーノは失念していた。自分も異界より流れてきた者。ならば同様の現象に遭遇した者が他にいても不思議ではない。


「どういう事なんだ。この世界はどうなっているんだ」


「さっきも言いましたが、詳しい事を説明してる暇はありません。今は疑問を呑み込んで、あの龍を鎮圧する事に専念してください。この場を生き残る事が出来れば、いずれ知る機会もあるでしょう」


 少女の言葉に口を塞ぐ。確かにそうだ。目的を見失ってはならない。一刻も早く龍を殺す。それが今の優先行動なのだから。


「オペレーター。DS(ドラゴンスレイヤー)‐Ⅰ『ジークフリート』を転送してください」


 インカムに少女が呟くと、二秒も経たずに上空より光が降下し、少女とブルーノの間に横幅二メートルほどの細長いコンテナが現れた。コンテナは到着と同時に解放され、中から剣の柄が突出する。少女はそれを重そうに引き抜くと、ブルーノに差し出した。少女よりも遥かに大きく、ブルーノの身長よりも僅かに長い肉厚の大剣だった。


「対竜種用に開発された実体剣ジークフリートです。本来は私が扱うつもりでしたが、貴方に譲ります」


「ジークフリート。この世界の竜殺しの名か」


 竜の事を調べた時に得た知識を想起する。邪竜の血を浴び、不死身の身体を得た男。近しい境遇であった故に印象強く記憶していた。


「彼は創作上の存在ですが、それに負けない活躍を期待します」


「ああ、期待に応えよう。彼よりも背中に弱点のない俺の方がたぶん強いからな」


 竜殺しというだけでブルーノは物語の登場人物に闘争心を抱く。同じ分野では負けたくないと思う男心である。


「しかし、やけに軽いがこんなので竜が斬れるのか?」


 受け取った剣を二度三度片手で振りまわし、ブルーノは物足りなさに首を傾げる。ジークフリートの重さはおよそ百五十キログラム。決して人が扱える代物ではない。


「貴方が怪力なだけです。……強化人間の私でも辛うじて扱える限界の一振りなのですが、ここは流石竜殺しと喜んでおきましょう」


 内心複雑な心境で少女は小さく呟いたが、すぐに気持ちを切り替える。見上げる先で仲間が戦っているが状況は劣勢。二人掛かりと言っても元々のスペックに差があり過ぎる。吸血鬼も天使も強力な種族だが、あの龍は神の列に並ぶ者。ひたすらに相手が悪かった。


「行ってください。そろそろ彼等も限界です」


 少女は竜殺しの介入を促す。ブルーノも了解し、ビルの端に足をかける。けれどすぐに飛び立ちはしなかった。


「そういえば君の名を聞いていなかった」


「……? 今、必要ですか?」


「いや、必要か不要かで言えば不要だが……」


 あとは龍と戦うだけのブルーノに少女を呼ぶ為の名前は必要ない。離れても会話できるインカムのないブルーノは、この戦闘中に少女の名を呼ぶ事はない。だから名乗る必要はない。少女はそう思っていた。


 ブルーノは困った顔で言葉を探している。けれど適切な言葉が出てこない。自分がどうして少女の名前を知りたがっているのか、そもそもそれがピンときていなかった。


 無言の時間を浪費している事に痺れを切らせた少女は口を開く。仕方ない──と嘆息するように。


春日井(かすがい) 咲良(さくら)。それが私の名前です」


 名を聞いたブルーノは小さく数回頷く。その音の響きに満足するように。


「サクラ。春に咲く薄紅の美しい花か。ああ、それは君によく似合っている。実に良い名前だ」


 それだけを言い残して竜殺しは龍へと向かっていった。

 少女──サクラは結局なぜ名前を聞かれたのかわからないまま、その場に残された。わからない事をわからないままにしておいて、彼女は自分の仕事を全うする。


「──みなさん、聞こえますか」


 インカムの向こうから雑音混じりにそれぞれの返答を確認した。


「仮称竜殺しの懐柔に成功。彼はこれより戦線に加わります。上手く使ってください。──私は後方より中距離火砲支援を行います」


 そう言って真上を向く。


「オペレーター。GG(ジャイアントガトリング)‐Ⅱ『ハウンドドッグ』の用意を」


 サクラの声に従って光が落ちる。輸送管制機ゴリアテから転送されたのは彼女の三倍以上も大きな超重火器。三本の指が入るほどの太い銃身がロール状に並べられた多銃身の機関銃は物々しく黒光りしていた。それを手に取り、構える。ジークフリートよりも更に重い。だが剣のように振り回すのでなければ、彼女の身体は十分にその負荷を耐え切るだけの性能を持つ。


 タルのような弾倉から重心を整えるスタビライザーが展開され、サクラは射撃姿勢に入った。銃身が回転し始め、小気味良いモーターの駆動音が屋上にこだまする。──そして圧倒的な暴力が発射された。


 龍が起こす突風を引き裂いて暴風が吹き荒れる。連射音はさながら怒号。極限まで間隔を狭めた連続した音が一つの暴音として吐き出されていく。当然、音だけではない。撃ち出される弾丸の口径は三十ミリ。本来ならば対地攻撃機に装備されるべき絶大な威力を個人火器として彼女は扱う。その全てが龍に向けられ、吸い込まれるように撃ち込まれた。


 一度目は弾かれる。二度目は傷をつける。三度目はへこませ、四度目は亀裂を走らせる。五度目の直撃で龍の鱗は砕けた。一枚の鱗を突破するのに五発が必要となる。けれど問題はない。このガトリングガンは毎分四千発もの弾丸をばらまく。受け続ければすぐに丸裸だ。


 それがわからぬ龍ではなく、上空より降りてビルの谷間へと身を隠す。だがそれでいい。空から引き摺り下ろすだけで十分な仕事。その名の通り猟犬(ハウンドドッグ)は獲物を追い詰めた。飛び回る自由を奪ってしまえば、後は彼等がやってくれる。そう、サクラは無意識に確信していた。


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