伝説とのであい
ある日、ケラフティ複合学園図書館の片隅で、昔話のような話をする人物がいた。制服とその声から、どうやら女子生徒である。
“大昔、ある一つの事件が起こった。その事件はウライサ大陸の中ほど、神の頂たる山々"ヒム・アラーヤ"の近くで起こった。ヒム・アラーヤ上空で三つの光が降り注いだ。やがてその三つの光が落ちた場所にはそれぞれ道具が落ちていたのだ、それらは不気味な黒色をしていたので"道具"としてそれぞれ名前が付けられたという。だが、その時飢餓疫病が流行りだし各国は壊滅の危機に陥った。そこで、"道具"が原因だと考えた各国王、魔術師達はそれら市民達には隠して落下地点に封印した。近づく者を排除する結界も一緒にだ、かくして飢餓疫病は収まりを見せ国の繁栄は守られ、今に至るのであるという伝説である。”
「ふぅ...」
一人、学園の図書館で分厚く、しかし誰も読んでいなかったのだろう埃の被った赤い本"考察:黒い伝説の正体"と統一語ではない、昔の言葉で書かれたタイトルが印刷されている本のページをめくっていく。もちろん、内容も古代語表記である。それを、声に出して読んでいた。
“道具は、それぞれ名前がある。
クトゥネシリカ
ブリューナク
ミョルニル
この三つで、それぞれがこの世の物とは思えない力を誇っていたという。しかし、この伝説は各国によって隠され、今や忘れ去られた。だが私はこの伝説を研究し続け、これが本当である証拠をどうしても掴みたかった。そして、この研究文を執筆したに至るのである。魔歴一三三〇年五月トミーリィ・アライドフスキー”
ページをめくり、さらに読み進めている。気付くと、熱中して声に出すことも忘れ、次々とページをめくり続け、ちょうど終わりにさしかかったところで図太い鐘の音が学園はおろか、体に響くくらいに鳴りだした。
「...」
その鐘で我に返りその本を閉じ傍らの鞄にしまうと、図書館をあとにした。彼女が向かうのは、教室である。いつものような調子で三階に続く螺旋階段を登り切ると右手に二つ目の部屋が見える。そこが二年魔術学科の教室で、左端の後ろから二番目が彼女の席である。
「マリーナ、また図書館にこもってたのー?」
そこへ声をかけるのは、同じクラスの少女、
「…そうだよ。」
「んー、マリーナって何でそんなに勉強出来るのかね?」
「…」
マリーナ・チェルノヴァ、二年魔術学科に所属している。背は低く、色味のないグレーっぽい目とショートカットの銀髪、眠そうな目つきだが顔は普通に整っていて、悪くはない感じだ。
「クラリス、むしろお前はどうしてそこまで分からんのだ?」
クラリスはマリーナに話しかけていた少女の名だ。金髪碧眼、スタイル抜群、美しい顔だが頭は決して良くないみたいである。
「む、うるさい!あんたもマリーナよりもできないしょ!」
「…あのなぁ、このクラスにマリーナより頭いい奴なんて一人しかいないんだぞ?分かってるか、やっぱお前アホだよ…」
「はっ…そうだった!でもあんたもアホとか言うな!このアホサム!」
「はぁ…」
彼はサム、茶髪で目は青、ごくふつうの青年である。そんな所で、教師が入ってきた。
「はいー。しずかにしてー授業始めますねー、今日は歴史ねー。教科書開いてー。」
雑談も早々に、授業が開始される。いつものように、生徒たちは教科書を開く。当然、マリーナも教科書を開けて授業を聞く。普段通りなら真面目に受けているが今回は違った。
「魔歴一〇〇〇年ねー、この時はちょうど魔法関連テクノロジーの発見一〇〇〇年の記念の年だったはずなんだけど、非常に大規模な疫病が流行ったと伝えられてるよー。今は解明されて魔術で治せるようになったけど当時は特にイーギルス王国とジェルッツラント帝政国が多くの死者を出したのよー。」
マリーナは思い出していた。そう、"例の本"の内容だ。(…魔歴一〇〇〇年、あの本の内容が正しければあの現象が起こっているはずだ…疫病の欄も一致している…しかし、あの本には”伝説は隠蔽された“とあったな…)いつも以上に集中して聞いていた。
「そいでー、一〇〇二年、疫病が去った後は各国の人口減少と疲弊によって大戦争が起こったのよー。誰か、わかるひとー?」
教師が質問する中でも、マリーナは夢中で考えている。(戦争…しかし、あの本に本当の目的は"道具"を巡っての戦争と書いてあったな…)と、一人の生徒が挙手する。
「はい!」
「はーいー。えっとー、名前ぇー。」
「ミロノフです。」
「で、正解はなんでしょー?」
「海峡戦争ですか?」
「ピンポーン!大正解よー。」
教室内には盛大な拍手が起きるも、すぐに静まる。
「そう、海峡を挟んで三ヶ国が戦争をおこしたんだよー。で、その三ヶ国はなんでしょー?」
またも質問を繰り出す教師、やはり生徒の一人が挙手を行う。
「はいー、イワノフ君。」
「えっと、ジェルッツラントとイーギルスとノルーデンです。」
「はい、大正解ですー。」
(…実際にはロシエト共和国連邦も加担していたと…)
「ジェルッツラントとイーギルスが連合して海峡戦争を開始したんですよー。で、ノルーデン共和国は何とイェーテボリ要塞に若干の被害しか受けずに連合を撤退させたのよねー。」
(…この攻勢で特にジェルッツラントは海軍を失う大被害と多額の賠償金で壊滅寸前にまで追い込まれた…)正確な記述。信憑性は分からないが、信用に足る内容。
「でーもー、この戦争は謎が多くてねー?一つにはなぜロシエトが何もしなかったのかー、二つ目はなぜ疫病がイーギルスとジェルッツラント周辺のみに流行したかー、そしてこの時一つ謎があったのよー。」
(…確か、"あの本"は疫病が寒冷地に弱かったからと記述があった…ロシエトはノルーデンと裏で友好的だったため"道具"の一部情報で沈静化したという話だったな。そして…)そこで教師はこんなことを言った。
「その飢餓の前、“天から星が降ってきた”と言われているのよー。」
(…星…"道具"か?…)ここで、マリーナの気分はまるで靄が晴れてくるような感覚に陥っていた。
「その三つの星の一つはー、イーギルスに落ちたとも言われててー、それに疫病の原因があると一部では言われているのよー。」
(…!そうか、星屑として処理されたとは…“隠蔽工作は成功した”とはこの事なのか…)もはやマリーナは"あの本"は、信じてみる価値はあると認識していた。確かに、面白そうな内容の本では会ったようだが一〇〇年以上前の資料、しかも伝説の話だ。
「でもー、これはあくまであたしが昔の先生から聞いたお話だからー、まぁおもしろそーな話だと思って忘れてもいいのよー。」
しかし、マリーナにとっては“おもしろそーな”話では済まないのだ。ここで、授業の終了を知らせる鐘が、やはり体の中にまで響きわたってきた。
「んじゃー、終わりねー。国の名前とー、海峡戦争、覚えといてねー。また来週ー、じゃねー。」
今週最後の授業は終わりを迎え、土曜日と日曜日が迎えられる。大半の生徒は休みであることに喜びでもって沸き立っていた。そして、マリーナも珍しく気分が昂揚していた。"あの本"の事である。先生の連絡もろくに聞かず、帰りの挨拶を手早くすませると一人早足で帰宅した。当然、いつも寄るパン屋で黒パンを買うことは忘れない。学校にほど近い自宅に帰ると、急いで鞄から本を取りだし、続きを読み始めた。
“そして、もし私のこれを見て本当に信じたいならばここにきてほしい。全ての真実を知る限り…と言ってもこの本の内容そのものだが…答えよう。”
との記述の後、地図が描かれていた。自宅の裏山の樹海の奥深くだ。すると、地図を魔術で紙に写しとり急いで私服に着替え、パンとミルクを少しづつ摂取し鞄に本と少量のパン、メモ帳を入れ家を飛び出していった。勿論、施錠は抜かりない。(…なぜ私はこんな事をしているのだろう…本が面白かったからか…?…それとも、宝探しに興味があるからか…?…確かめなければ気が済まないと言う癖…でもない…)樹海を走っていき、地図通りの場所に家がある。(…何故か…使命感が…身体を支配している…何故?…根拠は…ないが…)
「…はぁ…はぁ…」
元々、体力はある方だが流石に全力で走れば疲れもするだろう。そして、その小屋は小さな"小屋"そのものの様で、なぜかきれいだった。作者は一三二年前に本を書いている。記録通りならもう既にこの世の人間ではないはずだ。(…足跡はない…やはり誰もいないな…罠の類も見られないようだし、入るしかないか…)扉の前に立ち、一応二・三回叩く。するとどうだろう、窓から明かりが漏れ中から声が聞こえてきた。
「何者だ?私の本を持っているようだが?」
「…マリーナ・チェルノヴァ、本の内容を確かめに来た。」
「そうか、入れ。」
そうすると、扉から感じられていた強固な結界の魔力は消え去り、扉はこすれるような音で開いた。
「すまないね、お嬢さん。わざわざきてもらったのに冷たい対応で。」
その声の主は、見あたらなかった。何とも不思議な声の聞こえ方だからだ。その声は、部屋の奥からと言うより"部屋から"聞こえてくるようだったからだ。
「…どこにいる?」
「確かに、それは誰もが思って正解の質問だ。私は…」
その答えに、マリーナでさえも驚いた。
少し短いとは思いますが、楽しんでいただければ幸いであります。誤字脱字その他ご意見等有りましたら一言お願いいたします。