十五歳の伯爵夫人第六話『師弟』
『しかし義兄、本当に御立派になられましたな』
伯爵閣下は、私のお兄様でもある侯爵閣下の事を、感慨深げに見られています。
『“先生”、これも全て先生の御指導の賜物だと感謝していますね、御祖母様に言われて、御祖母様の弟である先生の伯爵家預かりとなり、伯爵家で学んだ二年間は、僕の人生の大きな糧となりましたからね』
伯爵閣下は、侯爵閣下に対して深々と頭を下げられて。
『そのように思って頂けて、この上ない名誉と感じています、義兄、先妻と子供達を病で次々と失い、生きる意欲が消え失せていた時に、姉上から、御自分の孫である義兄の教育係を頼まれた際は、自分の妻や子供さえ守れなかった自分に、そのような大役が務まるのかと悩みましたが、お引き受けして本当に良かったと、今では心から思っております』
貴族の家門では、教育は基本的に家庭教師を館に呼んで行いますが、縁戚関係にある家門同士では、侯爵閣下と伯爵閣下のような形で、師弟関係を結ばれる事もあります。
『先生、伯爵夫人を帝都の学院で学ばされると、御祖母様への手紙に書かれたそうですね?』
伯爵閣下は、侯爵閣下に対して頷かれて。
『はい、義兄、妻には負担をかける事になると思いますが、妻が学院に通っている間に、息子に乳を与える乳母を雇い、妻には学院に通ってもらうつもりでいます』
侯爵閣下は、伯爵閣下の御言葉に怪訝そうな表情を浮かべられて。
『その話しぶりですと、先生、伯爵夫人は自分の乳で子を育てているのですか?』
『はい、義兄、貴族の慣習に背く物だとは承知しておりますが、息子は出来うる限りは、実の母親である妻の乳で育てるつもりでいます』
侯爵閣下は、私の方を見られて。
『…その方が良いかも知れませんね、実の母親の乳で育つのが、自然な姿だと思いますね』
私は侯爵閣下に対して、深々と御辞儀をしました。
『先生、ご存じですか?、今年度の帝都の学院には、皇帝陛下の強い御意向で、皇太子殿下と皇女殿下も御入学されるそうです』
『何と!?、それは初耳です義兄、皇室の御方の帝都学院への御入学は、帝国の歴史上、前例が無いはずですが?』
驚きました、貴族の家門であれば、侯爵閣下と伯爵閣下のように師弟関係を結ばれる事もありますが、皇室の御方が皇宮の外で教育を受けられるなど、聞いた事がありません。
『僕も最初に聞いた時は驚きましたが、皇帝陛下の強い御意向だそうです』
『ううむ、皇帝陛下は開明的な御方ですからな、しかし、双子の皇太子殿下と皇女殿下を同時に皇宮の外で教育を受けさせるとは、驚きましたな』
…伯爵閣下は疑問に感じられていないようですが、侯爵閣下は先程、昨日帝都に着いたばかりと言われたはずですが、皇女殿下が晩餐会で身に付けられる紅玉の首飾りの事といい、何故ここまで宮廷の事情に通じていられるのでしょうか?。
『コンコン』『侯爵閣下、御依頼の品の用意が整ったと、宝飾店の者が申しておりますが?』
ゲストルームの外から聞こえた、侯爵家の護衛の声に、お兄様は再び侯爵閣下の仮面を被られました。
『判った、今行く、待たせておけ』
『はい、侯爵閣下』
『ではな伯爵、伯爵夫人、また機会があればこのような形で話したい物だな』
伯爵閣下と私は立ち上がり、侯爵閣下に対して深々と一礼をして。
『はい、侯爵閣下』
侯爵閣下は私達夫婦に対して頷かれると、ゲストルームから出て行かれました。