第八十六話 マオ、森での出来事後、大型イベントの告知を知る
お久しぶりの更新になります。
数日前に起こした騒動もすでに忘れ去られたようで、生産活動に力を入れるプレイヤーや、スキルLV上げに躍起になるプレイヤーが増え、街の中はお祭りのように賑わっています。
ボクは……というと、ハクガと散歩にいったり、リュオのご飯を探しに森や山に行ったりしていました。
あれ? っと思ったのは昨日(ゲーム内で)のことで、最近の行動を振り返ったのですが、生産者らしいことをしていない事実に気付きました。
「新しい装備を作ろうにも、大型イベントの詳細が分からない状態ですしね……」
誰に言うのでもない、独り言が漏れてしまいました。現状の装備は過不足ないレベルで、すぐにアップグレードしなくてはいけない状態ではありません。
イベントについて現時点で分かっていることは、モンスターの襲来『大侵攻』であることのみで、内容に関しての予想が出来ません。ユウキに聞いても、要領を得ない言葉だけです。
『可能性としては、今『公開されているエリアのモンスター+これから解放されるエリアのモンスター』が出てくるんじゃないかって思っている。
ただ、リアルワールドの開発に、マオの母さんが(どっぷりと)関わっている以上、既存のイベントとはかけ離れている可能性が高い……』
ユウキの言葉を簡潔に言えば『わからない』の一言なので、変なウンチクを言わず、素直に「わからない」と言ってくれればいいと思います。
そんな愚痴を言ったところで、お母様が「ヒャッハァー!(某ゴブリンさん風に)」と暴走した場合、小説であるような【四天王】とかが出て来ても不思議ではないです。
──どう考えても、息子の言うセリフではないですね。
「──グルルル……」
どのくらいの時間考え事に集中していたのでしょうか?
ハクガの唸り声で、ボクは周囲をモンスターに囲まれていたことに気付きました。普段のボクからしたら、ありえないくらい無防備です。
回りを囲んでいたモンスターを見て、ボクの口から名前がこぼれ出ました。
「【投擲猿】【深緑狼】【脱走駝鶏】……そして、その奥に【酔っぱらいの大鬼】」
今上げた名前は、ボクが探索しているこのエリアに生息しているモンスターの名前で、プレイヤーからこの場所は【カオスフォレスト】と呼ばれている、古今東西の昔話の"正義と悪"が一緒に出てきます。
このエリアのモンスターは徒党を組み、作品を越えたラインナップで出てきますが、目の前のモンスターの名前を聞いて何か思い当たることがあると思います。
──そう! 出現したモンスターは、あの有名な作品である【桃○郎】に出てくる"お供"と"敵役"です。
1つ、異議を申し立てるなら……
「──お供の数……多すぎないでしょうか?」
言葉に偽りなし。ボクの目の前にはワラワラといます。それこそ雑草の如く。猿・犬(狼)・鳥(ダチョウサイズの鶏)が360度をぐるりと囲んでいる状態です。
最初は囲んでいる数えていたのですが、50を越えた辺りでやめました。キリがないですし、見分けがつかないからです。
「きゅるぁぁ……」
ボクの首もとから聞こえてきた、眠そうで気の抜けた声の主はリュオです。囲まれても寝ていた彼はとてもマイペースで、その図太い神経は誰に似たのでしょうか?
その疑問がブーメランであると分かっていても、考えずにはいられません。
「──きゅぁ?」
「?」
寝ボケているのでしょうか? 半目状態のリュオは、後ろに顔を向けたまま動きません。その様子から何故か嫌な空気を感じたボクは後ろを向くことを決めました。
今までも戦闘中に何かを感じたことはありますが、戦闘に入っていない状態でこんな風に感じ取った経験がない事実が強く後押しした形です。恐る恐る背後を振り返ると"異常"──
──"変"な人がいました。
その一言で表せる、何処かで見たことのある姿。いえ、間違いなく"変態戦隊(関わるんじゃない!)"のリーダーと噂されている彼でしょう。あんなトリッキー?(全身タイツ)な格好をしているのはリアルワールド中を探しても、彼くらいでしょう。
もっとも『戦隊』と言われていますが、正確なところ"真の変態"と言われているのは目の前の人物で、他のメンバーに関しては"濃ゆ過ぎる個性の人たち"という認識をされています。
ここまで言えば分かるでしょうが、彼です彼。巷で要注意人物のトップを堂々と飾る【変態の星】と呼ばれる、同名の小動物の方が可哀想だと同情を誘う人物。
「────あれは……ハム……さん??」
真っ赤な全身タイツ姿の人物は、戦隊ヒーローのキメポーズのまま固まっています。いえ、これは見たまま、決めているつもりなのでしょう。ダサイ服装で変なポーズをしないでください。
ボクの心を代弁するかのように、彼の周囲5mが"ポッカリ"と空いている事実が虚しさを誘います。でも、モンスターもプレイヤーも近寄りません。理由は分かっています。
──彼と【同類】に思われたくないからです。
唯一、顔を歪めながらも対応するのはNPCたちだけで、それはそれで凄いことだと思いますが……
というか、そこまで露骨に"イヤな顔"をする彼らの豊かな表現力に、何度感心すれば良いのでしょうか?
そんな事実を思い出していると、いきなり大声が響きました。
「────ハアァァァァァァァ!!」
気合いを入れているのでしょう。1つ言えるのは、彼の掛け声と共にモンスターたちの包囲の輪が広がり、すき間が生まれていることです。
もしかするとモンスターにも感情があって、ハムさんに『近寄りたくない!!』という気持ちを持っていても、誰も変だとは思わないでしょう。
そして、警戒が周囲のモンスターから、目の前のロリコン紳士に変更し、周囲のモンスターと共闘しようとしているハクガとリュオの機転には、感心するばかりです。ユウキの話を聞いた限り、『使い魔』と『野生のモンスター』が共闘することは"無い"と教えられていたのですが……
2匹の行動を"狡猾さ"と"賢さ"のどちらと言うべきなのかわかりませんが、モンスターに使われているAIが予想以上の性能に至っているのかもしれません。
プレイヤーである変態さんの方が、モンスターに『モンスター扱い』されている事実から、ボクも目を反らしても良いですよね?
ボクを見上げているリュオの視線に気付きました。その視線の意味を理解したボクは跨がっているハクガの背中を『ポン』っと叩きます。叩くと言っても、軽くですよ?
その合図を理解しているハクガはその場で高く跳び上がり、丁度良い太さの枝に近寄ってくれたので跳び移ります。
「ああ"ぁぁぁぁぁぁぁぁ!! この、いぬっころが!! よう……幼い少女に、なんたる仕打ちを!?」
地団駄を踏みながらの御大層なセリフですが、彼の表情はだらしなく歪んでいます。うん。エスパーではないボクにでも、彼の邪な心がハッキリと分かります。
その証拠というのか、見えないと分かっていても服の乱れ(主に裾)を直してしまいました。ガン見の視線を送らないで欲しいです。気持ち悪いですよ。
そんな彼の状態を見てもわからない方がいたなら、その人の心は心の底が見えるくらい純粋で、きっと辞書の中には『人は善なるもの。愛すべき存在である』とページの9割以上に書かれているでしょう。
色々と騒動を起こしているボクには、関係ない言葉でしょうけど……
「────よう……幼い少女を助け、イチャイチャ、きゃっきゃウフフの未来は"我"のモノだ!!」
何を呟いているのかは分かりませんが、彼の雰囲気が変わった瞬間、ボクは座っている枝の上で壮絶な悪寒に襲われました。
感じたままを言うなら『ゾクブル』です。ゾクッと冷たくてネバつく気配が背中から包み込むように襲い掛かり、あまりもの嫌悪感と"穢される!!"という感覚に強く襲われました。
そんな危険人物を囲んでいたリュオたちとモンスターは警戒心をさらに強め、牙を剥き出しにしています。
「傍目から見たら『悪い魔物から姫を取り返そうとする騎士』に見えないこともないですが、彼の表情が台無しにしていますね。
これでは『獣姫を守る魔獣と、穢れし"変態紳士"』という構成ですね」
ボクの呟きは誰の耳にも届かず、森の中に消えました。
これから先の出来事は"蹂躙"の一言です。
モンスターたちが……というのではなく、ハムさんが四方六方八方──360度から襲い掛かられ、そこに上空からの攻撃・追撃が加わっているので、これはユウキたちでも対処は無理でしょう。針の穴を通すようなすき間しかないですから。
完全に傍観者と化したボクに、天恵の様な言葉が降りてきました。
──運営が営業している【とんでもガチャ】で出たアイテムを使えと!!
慌てて周囲を見回すも、見える範囲に人がいないのはある種の"必然"です。それは、謎の"ハムパワー"が周囲に人が近付くのを妨害しているという"噂"が紛れもない事実だと、ボクに教えてくれます。
噂が本当だったときって、とても怖いですよね~(汗)
「────」
スッとアイテムボックスから取り出したのはガチャで手にいれたのアイテム、その名も【とんでも名札】というモノです。
アイテムの説明は一言だけで、『好きな言葉を、好きなところに貼れる』という"ネタアイテム"らしいです。
当然、貼り付ける言葉は……
「────【変態紳士ですが、何か?】」
彼に対する言葉で、これほど相応しいモノはありません。誰も彼もが納得するでしょう。(本人以外は)
貼る場所を決めたら、指を離せば飛んでいきます。文字が消える時間はランダムなので、ジョークとして使うのが一般的な使用方法です。嘘の道を指示したり……という使用をしている方が大半で、ボクのような使用法はほとんどありません。
つまり、効果がどのくらい続くのか分からないです。
──余談ですが、この文字が消えたのは3日後で、文字が消えたことを知った某変態さんは大変嘆き悲しんだそうで、NPCに詰め寄り刺繍をさせた話を聞いた瞬間、彼が人として大切な『何か』を失ったことを感じました。
罪悪感を一切感じなかったのは、ボクという個人の問題か、 ハムさんという存在の在り方が問題なのでしょうか?
彼が光に包まれて消え去った後には、何というか『俺たちはヤりきったぜ!』的な空気を出しているモンスターたちがいました。これ以降、ゴチャゴチャの森で"死に戻り"する人が増えたそうですが、それはボクの関知することではないです。
理由は、森から帰ったその日、運営からのメールが届いていたからです。時間を見ると気付かなかったワケに納得するしかありませんでした。ちょうど、森の件が関わっていた時間です。
メールの内容を簡単に言うと、『街に攻めてくるモンスターから、街と住人を守れ』というものです。
メールを読んでいるとユウキからチャットが入り、「万に近いモンスターが攻めてくる可能性が高い」と言われました。
ボク自身も死に戻りする可能性が高くなりそうなので、ミイたちの分の装備も含めて、可能な限り準備しようと思います。
「生産職の本領、発揮ですね!!」
イベント開始日にユウキから「ゲームバランスを崩すつもりか!?」と言われましたが、やれることをしただけなので、何処に問題があったのかが不思議です。




