第八十五話 マオ、プレイヤーとモンスターを間違える!!
約2週間ぶりの更新です。
8月に入ってから予想以上に忙しくなり、ゲーム風に言うなら【状態異常:バテバテ】といったところでしょうか?
まだまだ暑さのピークは通りすぎていません。
皆さまも、脱水症状や熱中症にならないようにお気をつけください。
リアルワールド初の"超大型イベント"『大侵攻』が告知され、拠点としている街では多くのプレイヤーたちが訪れるようになりました。
ボクですか? パーティーメンバーの装備を強化したり、森にみんなで出掛け、新素材を大量にゲットしたりしました。森には日帰りで行ったのですが、何日かエリア内で過ごしてみるのも楽しそうで、キャンプをしてみたいですね!
「ハクガ~どこですか~?」
ボクはハクガと散歩に出掛けるため、先程から大狼のハクガを探しているのですが、何故か反応が返ってきません。ハクガがプレイヤーに討ち取られるといった心配はしていないのですが、反応を返してくれないことの方が心配です。
「ユウキかコカ君と、遊んでいるのでしょうか?」
ミイたちの場合はとても大人しいハクガですが、対象がユウキとコカ君に変わった場合は、2人で遊んでいます。主に逃げる2人と、追いかけるハクガ……という形でですが。
ほとんどが街の外での追いかけっこですので、ユウキの持っているスキルのいくつかのレベルが上がったそうです。その事実に対し、ユウキは「喜んだら、負けのような気がする」と苦い顔で呟いていました。
その気持ちを少しは理解しているつもりです。『遊び』と書いて、『模擬戦』とルビが付きそうな惨状だからです。
『アオォォォォォォォォン』
街の外から聞こえてくるのは、ハクガの雄叫びです。ただ、ユウキたちにジャレついているときの雄叫びではない感じです。
イヤな感じの汗が背中を流れ落ちる、感覚に襲われました。
「ハクガ……!!」
街から出たボクの目には、ハクガを囲むプレイヤーを見付けました。地面に転がっているプレイヤーがいないことから、ハクガはボクの言い付けを守り、"ユウキやコカ君以外の一般人"には手を出していないようです。
「街の近くで"フェンリル"に会うなんて、大侵攻前に『この素材で、武具を作れ!!』ってお達しかい!?」
「ぎゃははははは! ナークったら、今日もご都合解釈絶好調じゃん!!」
「いいじゃん! いいじゃん!! ヤっちまおうぜ!!」
口汚い言葉を吐く、ザコ臭のする人たちです。ユウキも『ハクガは【魔狼】と呼ばれる種じゃないか?』と言っていましたが、ボクはそこまでモンスターに詳しいわけではありません。
そんな事より、ハクガはボクの中では『狼』なのです! それで良いのです!!
「ハクガ! ここにいたのですか!?」
聞く人によっては白々しいと思うでしょうが、ゴリ押しで押し通したらボクの勝ちです。
ボクの声を聞いたハクガは、自分を囲んでいたプレイヤーの頭上を軽々と跳び越えました。少なく見ても、彼らの身長の倍以上の高さ跳んでいたようにボクには見えました。
ハクガが着地したときに発生した風で、ボクの被っていたフードが吹き飛ばされて、ゲーム初日以降は外に出さなくなった"キツネ耳"がお日様の元にさらされました。
ほとんど誰にも見られていない耳を、見られたという恥ずかしさはありますが、ハクガの身体の方が心配でした。撫でるように純白の毛に指を通し、首回りなどの毛深い部分は念入りに確認しました。
「ケガがなくてよかったです……」
ボクはハクガの首元に顔を押し付けます。柔らかく細い、サラサラとした毛はとても気持ちよく、周囲にいたモブさんたちを忘れていました。
ハクガの温もりに浸っていたボクの意識は、そのモブさんたちにより、現実へと引き戻されてしまいました。
「嬢ちゃんよぉ~。ママから『人様の邪魔をしたら"身体で謝罪しろ』と言われなかったのかぃ??」
「ぎゃははははは! ナークは筋金入りの"ロリコン"よねぃ!」
「オイラ、ちっパイに興味ナイ」
何やらとてつもなくバカにされた上、ボクという存在を汚された気分がします。いえ、間違いなくその通りなのでしょう。
初日の騒動以来、ボクは遠巻きに見られるようになりました。何をしたのか、心当たりが無いので少々心がキズつきます。
「そんなことを教えるご両親は、貴方のご両親以外にはいないのではないでしょうか?」
当たり障りのない、ごく真っ当なことを言ったハズなのですが、ボクの言葉を聞いたモブさんたちはいきなりキレました。
「なんじゃいわらぁ!! 人生の先輩様を敬わんかい!!」
どこの方言なのでしょうか? ボクには『なに』を言っているのか、わかりません。難解な言葉に頭を捻っていると、更に汚ならしい言葉を吐いているようなのですが、解読ができない状態です。
このゲームには〈異世界言語〉や、〈言語共通化〉といった補助系スキルは実装されていません。今夜、父様か母様にお会いしたとき、ムリかもしれませんがお願いしてみましょう。
「申し訳ないのですが、ボクには貴方たちの言葉が理解できないのです。お手数ですが『日本語』か『日本語の標準語』、及び『世界共通語の"英語"』で話していただけないでしょうか?」
そう返事をするとモブさんたちは、何やら騒ぎ始めました。ボクが聞き取れて、理解できたのは「日本語」とか「……人」といった単語の1部だけでした。
悩んでいると、ある事実に気付きました。ボクがこれまでに出会った方々は多少の方言が入っても、なるべく分かりやすい話し方をしてくれていたことを。
たぶんこの方たちは、父様たちが"新たに加えたNPC"なのでしょう!
まさかそのようなことを秘密裏に……ボクを驚かせようと仕組んだのでしょう!!(違うわよ~ by母)
改めて目の前にいるモブさんたちを観察すると、顔立ちや表情から"あるモンスター"が浮かび上がりました。
「そういうことですか! 申し訳ありません! 若輩ながら、ボクはまだ『ゴブリン言語』を理解できていません!!」
ガバッと頭を下げます! 異種族文化をこのようなことでダメにしてはいけません!!
それなのに、何故でしょうか? 目の前のモブさんたちが怒り始めました。「俺は人間だ!」とか、「モンスターじゃねぇ!」と騒いでいます。さすが、イタズラ好きの母様らしい切り返し方です。まるで人間のような反応です!(彼らは、ニンゲンよ? by母)
誠心誠意、何度も謝っていると、いつの間にか周囲を人に囲まれていました。ボクが感じる範囲でも数十人はいそうです。
恥ずかしさのあまりオロオロしていると、ユウキの声が聞こえてきました。
「マオ!!」
「ユウキですか!? 助けてください! 異種族コミュニケーションが難しすぎます!!」
恥ずかしさのあまり、ユウキに飛び付いてしまいました。周囲の人から「可愛い~!」だの、「妹さんかな?」という声が聞こえた気がしますが、すべて無視です!!
ボクの説明を聞いたユウキは、驚くような事実を教えてくれました。
「マオ……アイツらは、プレイヤーだぞ?」
「…………はい?」
その瞬間、周囲の時間が止まったかのように感じました。ボクの身体も時間が止まったかのように固まっています。ユウキの口から出た『プレイヤー』という言葉を、理解できるようにかみ砕きます。
じっくりと見ていると、目の前のモブさんたちの顔の造りは人間寄りであり、ある事実目をつむれば……ですが。
「ユウキの言う通りなのでしょうが、彼らの肌の色が"緑色"なのは何故なのでしょうか?」
ボクの言葉にウソはありません。モブさんたちの装備の下から見える肌の色は、正確には薄い緑色が近いのかもしれません。肌の色が変更できるという仕様は、ユウキからも聞いていないです。
モブさんたちの顔の造形が悪いのは元からなので、これを"ヒト"として認識するのは、大変なことなのではないでしょうか?
「そう言ってもな……?」
頭をかきながら周囲を見回し、調査を行い始めました。ユウキの視線は地面のある部分に固定され、動かなくなりました。それはボクの足元から1mほど離れた場所です。
ユウキが地面にあったモノをつまみ上げました。ボクの目に映ったのは、試験管なのですが『割れて』半分になっています。しかも、その試験管に貼ってあるシールに見覚えがあります。
「…………マオ」
とても言いづらそうな表情のユウキに、ボクは何も言えなくなってしまうのでした。その試験管の中味が原因なのは、間違いないでしょう。だって、その貼ってあるシールには『デフォルメされたキツネ印』が描いてあるのですから!!
「あはは────」
ユウキの視線から逃れるように、顔を反らすことしか出来ません! たぶんこれが『見ちゃイヤン!』ってヤツですね!!
両手で紅くなった頬を挟みます。
「もしかすると……その割れたビンの中味は、ジョークアイテムとして作製した【永久肌色変化薬 タイプ:緑】かもしれません」
ボクの言葉に訝しげな表情を向けてくるユウキがいました。ゲームでは公式な変化アイテムがありますが、ボクの作ったその薬品は大失敗品です。何が失敗かというと、変化した状態から元に戻るには『アバターリセット』しか方法がない点です。
この失敗品を改良したのが【ピカーるZ】で、効果が続く時間を苦労の末"現実で3日"に落とした1品です。本来これも永久薬と同じ効果であり、それを打ち消す【ふさリオンZ】の開発をしていましたが、失敗に次ぐ失敗で終わりを迎えました。
そのときの失敗作が"効力を薄める効果"があることが発覚しました。【ピカーるZ】が現実3日の効果に対し、【永久肌色変化薬】は"真緑"から"薄い緑"……ライトグリーン系の色に変わりました。何故、このような差が生まれたのか不思議です。
今回の騒動の原因となった薬を作った理由は、このゲーム『リアルワールド』に現実に則した"ある状態異常"があることです。その名も【状態異常:日焼け】です!
実のところ"永久肌色変化薬"は【日焼け止め】を作ろうとした際に産まれた失敗作だったのです。この日焼けを回避するには〈回復魔法〉の1つ、【日焼け防止】が必要になります。
この【スキンガード】の魔法が問題だらけなのが、日焼け止めを作ろうとした切っ掛けです。
問題は『日焼けを回避するだけ』であることです。
もう1つの問題の方が深刻です。『消費MP30%』という、歴代1・2を争う燃費の悪さです。効果から考えると"非情"というより"無情"というべきでしょうか?
今では先ほど上げた【日焼け止め】は完成して、ボクやミイは愛用しています。日焼け止めの販売ですか? 手間の関係で『自家生産=即消費』という感じで行っていません。
効果は、1度塗ればゲーム内時間で"1日"くらいなので、サキとリオは黙っています。もしも、どちらかに渡してしまうと"取り合いによる悲劇"が出来上がりそうなので、ミイにも黙っているように言い含めてあります。
その行為を、悪魔というなら言ってください!
それと話は変わりますが、生産活動を頑張っていたら、周囲の皆さんから2つ名をいただきました。なんでも【凄惨者 マオ】というらしいです。
その2つ名になんと言い返せばいいのか、不満を呟けばいいのか悩みます。
そのことをユウキに話したとき、「そういわれても仕方ないだろ?」と言い返されてしまいました。そのときの"当たり前じゃん"という顔に少しイラッとしましたが、どういう意味なのでしょうか?
「……で、どうするんだ?」
「特製のアイテムを渡します」
言葉を聞いたユウキは、摺り足でボクから離れていきました。その行動は失礼ではないですかね?
そのあと、ああだこうだと文句をつけられましたが、モブさんたちの機嫌を回復させることに成功しました。(周囲の人が放っていた、無言の重圧だ!! byユウキ)
そして、特製のアイテムを渡して手打ちとしていただきました。("押し付けて"だと思うわ by母)
まあ、物理で訴えかけられても物理で返すだけですが、話し合いで済むなら楽です!!
後日、ユウキから「なんか、笑い死にしたプレイヤーがいたって話を小耳にはさんだけど、マオは何かしらないか?」と聞かれました。そういわれて思い当たるのは、渡したアイテムの中に"失敗作"が混ざっていた可能性です。
ボクの作った薬の失敗作は、効果に関しては非常に高いのですが、何かしらの副作用がキチンとあります。それが何だったのかまでは覚えてませんが……。
うん。覚えていない薬の効果を考えるより、今日はあの日できなかったことをしましょう!
「ハクガ~。お散歩に行きましょうか!」
ボクは意識を切り替え、ハクガに駆け寄っていくのでした。




