第七十二話 混ぜるな危険! 魔王と裁縫師が混ざった結果!?
工房から避難したボクを出迎えてくれたのは、いつの間にかフードから脱走していたリュオでした。
『キュルアァ』
最近は、ご飯のとき以外は大人しく寝ているリュオですが、今回は工房内の温度が高過ぎるので目覚め、逃げていたようです。
その辺りが心配になったときに、"テイマーズ・ギルド"のギルドマスターにコンタクトを取りったとき、上手く直接会って聞けることになりました。
──彼曰く、『与えている食事が良すぎるため、食事から得る経験値と肉体の成長が合わない為』らしいです。
ただ、食事経験値は低すぎると成長に悪影響を与えるそうで、現在のまま『レア度の高い食事』の方が好ましいそうです。
眠そうにしているリュオを軽く撫で、ボクは作業にかかります。
最初に作るのは、シアの双斧です。ただ今回のインゴットでは、1本分しかないので片方を完成させます。
作業場に置いてある広めのテーブルに"真紅のインゴット"を置きます。
ボクには〈鍛冶〉のセンスが無いので、〈上級錬金術〉を使って斧の形を形成します。そのときに、【竜絶布】でキルステさんに教えていただいた〈魔導紋様〉を利用し、内部に鋳込んでいきます。
ある程度形を整え、紋様の刻印を終えたので魔力を流し、発動の確認をします。
「あれ? 魔力の流れが悪いですし、紋様の輝きがありません!?」
何を間違えたのか心配になり、再度じっくり確認をするのですが──分かりません。この紋様の刻み方をじっと見てと思い出すと、竜絶布では表面に刻んだことを思い出しました。
今回の紋様の刻み方は、内部に鋳込む方法を取りました。だからこそ表面に刻めば、『問題ないのでは?』と思い付きました。早速、思い立った方法で刻みます。
「──仕方ありません。まずは、"失敗作"を再インゴット化しましょう」
そのままでは再利用出来ないので、1度インゴットの状態に戻します。鍛冶で行った場合は、再インゴット化を行うと目減りしますが、〈錬金術〉でも目減り自体は発生しますが、鍛冶と比べると微小と言えます。
真紅のインゴットを武器化し、再び真紅のインゴットに戻したとき、ほんの僅かですが色が淡くなりました。重量に関しては最初の時点の95%くらいでしょうか?
それを再び、斧の形に形成していきます。今回は表面に刻み込むので、土台や軸がブレないようにしっかりと決めていきます。斧全体の形が決まったら、それが歪まないように固定します。
斧の刃部分に間違えないように、1字ずつゆっくりと刻んでいきます。イメージで刻むので、文字の形・大きさをしっかりと把握しなくてはいけません!
「────ふぅ……なんとか、片面は刻み終わりましたね」
まだ完成したのは半分ですが、時間はすでに30分を越えています。
「──魔王様、何をしているんだい?」
一息ついたところで、キルステさんが背後から声をかけてきました。どうやら、ある程度作業が落ち着くまで待っていてくれたようです。
先程、【竜絶布】を作製したときに教わった〈紋様〉について、他のモノに利用できないか試していることをことを話しました。
「あの……『紋様は布専用』って言わなかったかな?」
困ったような、「どう説明したらいいか分からない」といった表情で、ボクを見ています。
それなので、ボクが目指している方向性を話します。
「説明は聞いていましたが、"モノは試し"と〈紋様〉を弄りながら、魔導弓に使用した『魔導回路』に組み込もうと思っているのですよ!」
ボクの話についてこれないのか、キルステさんは不思議そうな顔をしています。そんな彼女を放置して、ボクは作業に没頭します。
─Side:キルステ─────────
工房の隣にある作業部屋に向かって歩いていた。特にコレと言った理由はなかったので、気紛れだったとも言える。
作業部屋に入ると、魔王様が専用の椅子に座り、机の上で何やら作業をしていた。竜絶布を作製していたときも思ったが、本当に楽しそうに作業をしている。
その姿からは、"魔王様"と呼ばれているのではなく、普通の女の子のように見えるから不思議に思う。
「あれ? 魔力の流れが悪いですし、紋様の輝きがありません!?」
距離があるため、魔王様が何を呟いたのかは分からないが、どうやら失敗したようだ。手に持っているのは『斧』で、私から見れば『どこを失敗したのか分からない』くらい"しっかり"としている。
じいちゃんの元に、鍛冶修行に来た者よりも立派な武器を作っている。"鍛冶四聖"に負けないくらい負けないくらいスゴい!
「──仕方ありません。まずは、"失敗作"を再インゴット化しましょう」
そう言うと魔王様は斧に手をかざし、斧を長方形の台形に変えていった。その速度はじいちゃんが、武器の失敗作に行っている作業より早い!
その圧倒的な速度をもって、再インゴット化を行った魔王様は、先ほど作製した斧と同じ形状のモノを作り出した。斧の刃に当たる部分に手をかざし、何やら行っている。
「(何をしているんだろう……)」
気になった私は、居ても立ってもいられず、魔王様の元に静かに歩いて行く。じいちゃんも作業中に音が聞こえ、意識がそらされると結構怒ってくるので、静かに足音を立てないように移動する。
「(ん? あれは──"紋様"? いや、それだけじゃない!?)」
魔王様の手元を離れた位置から覗き見していた私は、自分の目に入ったものが何なのか受け入れられなかった。
それは、魔王様に教えたばかりの『紋様』であり、私の知らない『図形』も見てとれたからだ。紋様とそれを繋ぐ線の組み合わせ。それは私からしたら、未知のモノだった。
「────ふぅ……なんとか、片面は刻み終わりましたね」
完成したのは半分くらいだろうが、時間はすでに30分を越えていた。相変わらずの魔王様の集中力に驚かされる!
ちょうど、作業に一区切りがついたのだろう。この場を逃すとこの場を逃すと、『何をしているか』が分からないままになりそうに感じた私は、意を決して声をかけた。
「──魔王様、何をしているんだい?」
魔王様に怒られること覚悟して、私は何をしているかを確認した。そのときに、『紋様は布専用のモノ』であることを再度口に出した。
魔王様は怒りもせず、首をちょいっと傾げたくらいだった。片方のミミはピンと立ち、もう片方はへちょんと倒れている。
純白──いや、白銀のしっぽは小さく揺れ動き、ピョコピョコ動いている。
──はっきり言って『ぎゅっと抱き締めたい!!』という衝動に駈られていたのは内緒だ。
「説明は聞いていましたが、"モノは試し"と〈紋様〉を弄りながら、魔導弓に使用した『魔導回路』に組み込もうと思っているのですよ!」
悶えている私に、返ってきた言葉は予想外のモノだった。どうやら、紋様と回路? の2つを融合させる気でいるようだ。
魔王様の言う『魔導回路』も、私の教えた『紋様』もゲーム内に元々存在しているモノであり、『文献』として残っていたものをプレイヤーが復活させたものになる。
──しかし、魔王様の作ろうとしているモノは、異次元のモノになる!
この後、何故か私も開発作業に加わることになったのは、魔王様的には"当然の流れ"だったのだろうか?
このときの研究が形となり、外部の人たちが手にしたときの歓喜というか、狂気はスゴいものがあった!
余談になるが、この騒動のときに私たちには"双演の法陣師"の2つ名が付き、呼ばれることになった。
─────────────────
キルステさんが作業に加わったことにより、開発・研究は飛躍的に進むことになりました。
──ちなみに、斧に刻んだ紋様回路は失敗で、魔力を流した途端にヒビが入り、壊れてしまいました。(壊れた破片は回収して、新たにハル専用の包丁【竜斬包丁・颪】と名付けられ、彼女たちが行った『暴君竜帝狩り』で絶大な威力を発揮したそうです)
一晩中研究に没頭し、完成させたモノは【刻印・魔導紋】とシステムに認められ、その驚きの性能に魔王・鍛冶士・裁縫師は大満足でした!!
コレを使用した武具が一般プレイヤーが手にしたときに、恐ろしいまでの阿鼻喚狂の宴が発生しました!
ボクとキルステさんには2つ名が付き、ボクは魔王様以外に"狂紋の魔王"と一部の生産者に呼ばれることになったのは、『当然の結果』だったのでしょうか?
ちょっと、納得がいかないですね……。




