第六十九話 混ぜるな危険! 犠牲者はコカ君!?
コカ君が半生半死の危機に瀕しているとき、ボクとキルステさんは【竜絶布】の使い方について話し合っていました。
「──なるほど、ボクの考えていることをそのまま行うより、キルステさんの言っているようにした方が強度的にも良さそうですね!」
ボクはキルステさんから、色々な知識を教わっていました。彼女にとっても"秘伝"の一部であるため、相応の見返りとして『暴君竜帝の竜鱗』を10枚ほど渡しました。
「そういうこと! 必要なさそうな手順に見えても、それが幾重に重なって大きな効果をもたらすの!」
指を立て、パチンとウィンクするキルステさん。様になっています。
ボクはポーチの中から道具を取り出すと、竜絶布を傷付けないように作業を開始しました。
「此処をこうして──彼処は────」
ゆっくりとした速度ですが、この作業の本質は繊細さです。慌てることなく、焦りそうな心を宥めます。
5cmくらいの幅にびっしりと紋様を刻みます。
「──ふふ。キチンと紋様が作動するかの確認は、魔力を流すのだよ?」
キルステさんの助言を受けながら、遅々とした作業ながらも刻み込んだ紋様は、遠くから見ると"模様"のように見えます。
実際、ボクの刻んでいる紋様はとても細かく、小さいのです。
「流石、魔王様──そうとしか言えないくらい、完成度が高いね! 本当に初めてなのかが、疑わしいよ」
紋様が刻み終わったボクは、キルステさんの顔を見ます。
その顔からは明らかな"呆れ"と"嘘よねぇ"という感情が現れていました。
「これでも、初めてなのですけどね。
おそらく、魔導弓作製時に『回路系』の勉強をしたのが、この紋様で活用出来ているからかも知れません」
「謙遜はいいよ。この竜絶布に刻み込んだ紋様の"パターン"にしても、私が勉強になるくらいの新法則なんだから!
ほんと、レイン爺が言っていた以上に、魔王様はもの作りの才能があるのかもね?」
その顔が、我が子の成長を楽しんでいる『ボクの両親』と重なりを感じたのは秘密です。
「これを巻き布にしたいのですが、問題は無いですよね?」
竜絶布に刻んだ紋様に魔力を流し、確認しています。
「問題はないよ。一言いうなら、コイツは防具──服で使いたいくらいさ!」
そうやって笑っているキルステさんは、お姉さんと言うより『姉御』とかの呼び方が似合いそうだと感じました。
そうやって和気あいあいと、作業を続けます。レインさんが戻ってきたのは、部屋を飛び出してから2時間後でした。
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バダーン!! ガショイ~ン!
おかしな音をたて、扉が開き(?)ました。
「……おじいちゃん?」
「──はぁ~、ドワーフの腕力って高いですね」
唖然とするキルステさんと、違うところで感心するボクでした。ボクの視線の先には、壁まで吹き飛ばされた扉でした。
そして、入り口の方を見て驚きました。
「コカ君────」
ボクの目は、レインさんに引きずられていた物体に目を奪われました。まるで○ョーの『燃え尽きたぜ──』と言わんばかりに、ズタボロになったコカ君が引きずられていたからです。
「──コカ? コカ! 大丈夫なの!?」
キルステさんもコカ君の状態に気付いたようで、慌てて駆け寄りました。
「……無理っス…………鎚まで────」
ガクッつ!
どうやら気を失ったようです。痛々しい外見のコカ君を放置するのは、ちょっとアレなので回復させようと思います。(原因の半分はボクなので)
「だらしがないぞぃ! たった2時間、全力疾走させただけじゃのに……」
その言葉で確信しました。ボクの作った通称:魔王シリーズを使用したことを!! 驚愕したボクは、動きを止めレインさんを見つめていました。
「魔王様!! 回復薬はないかい?」
「!!??」
キルステさんの言葉にハッと正気になり、ポーチの中から『回復君 グレイト!』と取り出しました。
「これは、体力回復・疲労感を打ち消しますが『飲む以外では光効果がありません!!』ですが────」
ボクの言葉を最後まで聞かずに、キルステさんは回復君 グレイト! をコカ君の口に突っ込み飲ませます!
効果は歴然! ビクン!! と体を跳ね上げ、声にならぬ叫びを上げました。
「Ш°>☆★□+△∇<Ш°<→×「$#>──』『□■><°°」
それに一番驚いたのは、薬を飲ませたキルステさんでした。
「なんだい!? どうしたんだい!??」
ボクは、理由が言えません。効能を優先しすぎた故の"筆舌できぬ不味さ"と、それの双璧たる"胃から沸き上がるスカンクのオナラより酷いニオイ"(本人以外には分かりません)そして、止めの"食べ物の味が分からなくなる"という理不尽なまでの副作用数々──。
ボクの作った薬の中で、最高傑作であり"最悪の失敗作"である【回復君 グレイト!】は凶悪なアイテムです。(ゲームのシステムに認められたのか【魔王印】を与えられています!)
そんな薬を飲まされたコカ君は白目を向き、口から泡を噴いています。ボクは静かに黙祷を捧げます。
「魔坊! 試作だが、完成したぞぃ!!」
そんな目に遭っているコカ君を無視して、レインさんはボクに布で包んだものを差し出しました。
「色々試した残りになるぞぃ! 結果としては、竜骨は芯材や外殻として使うのが一番じゃろう!」
そういうレインさんの話を聞きながら、包みを解くと出てきたのは太さ4cmくらいの棒でした。
「題して、【根性竜入棒】じゃ!」
アゴヒゲを撫でながら、ニヤリと笑いかけ「どうじゃ?」とボクに問いかけてきます。
棒の両端を見ると、(魔)と刻み込んであるのに気付きました。
「これは、ボクに……ですか?」
頷くレインさんを横目に、ボクはドラゴタックで床をコンコンと叩きます。持っている手に伝わる感覚、反響する音──硬さは結構あるようです。
「そいつはのぅ、6本の竜骨から作られておる」
その言葉に驚き、ドラゴタックをマジマジと見ます。
「どう考えても、それほどの量が必要には思えませんが?」
長さ2m、重さ1~2kgくらいで、6本の重さの四分の一くらいの重さです。これのどこに6本もかかったのか、不思議でなりません。
「魔坊の持つスキル〈錬金術〉でも"製錬"ができるじゃろ?」
「スキル〈鍛治〉にある『製錬』を行って、竜骨内の成分を濃縮したわけですか?」
ボクは「なるほど!」と手を打ち合わせます。しかし、手に持つドラゴタックからはそれ以外の"秘密"があると教えてくれます。
レインさんはボクの言葉に満足したのか「ガァハハハハハ!」と笑っています。
「(魔力は流れるのでしょうか?)」
試しに魔力を流してみると、スムーズにドラゴタック全体に行き渡ります。その状態で床に着け力を込めると、かなり腰のある弾力性を感じました。
魔力を切ると、元の棒に戻りました。その間の変化にタイムラグはないようです。
コツコツ
ボクの背後から足音が聞こえてきました。後ろを振り向くと、キルステさんがフラリフラリと歩いてきていました。
「──魔王様? その棒を貸してくれないかい?」
その声に、ボクの背筋にゾワっと鳥肌が立ちました。関わりたくないので素直に頷き、ドラゴタックを差し出します。
「──ほぅ、なるほどねぇ。仕事自体はいいじゃないかぁ~」
黒く怖いキルステさんの元から離れ、床に寝かされたコカ君の看病に向かいます。(逃げるのじゃなくて、戦略的撤退です!)
「──おじいちゃん」
「ガァハハハハハ!!!! ──おう! どうした?」
孫の異変に気付かないお祖父さんは、振りかざしたドラゴタックの一撃を盛大に受け止め、壁まで吹き飛ばされました。
「ハアァァァァァァァ!!!!」
ダガゴオォォォォォォン!!!!!!!!
レインさんの笑い声は室内から消え、聞こえるのは「ハァハァ……」と荒い呼吸をしている、キルステさんだけでした。




