第六十七話 混ぜるな危険! 魔王様と鍛冶士その2
レインさんが若干暴走ぎみに部屋を出ていきました。残されたボクたちは顔を見合わせたあと、話を再開しました。
「──これは?」
ボクは大きな葉っぱに包まれた、モノを取り出しました。それは、暴君竜帝から入手したドロップです。
「表記された名前は【竜舌】──ドラゴンの舌です。ヤツ自体が大きかったのもあり、かなりの大きさがありますが──」
テーブルの上に置いた葉っぱの包装を解きます。現れたのは二等辺三角形に近い形をした肉の塊で、実はこれの表面は『猫の舌のようにザラついて』います。
「──たしかに大きい。1mくらいの大きさがないか?」
キルステさんは"竜舌"に目を奪われています。無理もないでしょう。ほとんどのプレイヤーを葬った、モンスターの大きさを感じ取れるのですから。
ボクは落ち着くまで待って、本題を切り出します。
「実は、この竜舌を使った巻き布を作製して欲しいのです」
竜舌のザラついた表面を触り、その触感を確認しているキルステさんを眺めます。
確認が終わったのか、1つ「うん」と頷きボクの方を見つめました。
「可能か、不可能かって話なら、"可能"って言いたいんだが──1つ問題があるね」
「問題……ですか?」
先程の確認で、この竜舌に関する情報が集まったのでしょうか?
「私が"裁縫師"って言われているって、知っているよね?」
コクン
ボクは頷き、その問いかけの意味に思い当たりました。
「──もしかして、『布を織ったりとかは出来ない』という訳ですか?」
キルステさんは、腕を組み大きく頷きます。
「そっちの方は、門外漢──と言うより、全く出来ないってことさ。以前、裁縫が出来るからって試してみたら──見事なくらいの"大失敗"ってわけさ」
遠くを見るように、過去の出来事をボクに話してくれます。
「それでは──『布を用意』すれば、巻き布の作製はしていただけるのですね?」
「ほう! 魔王様が"最高の布"を用意してくれるって言うなら、この"裁縫師"キルステ、自身の持つ最高の技術で作製させていただこう!」
その言葉にボクの頬は緩み、その顔には深い笑みが浮かびました。キルステさんの瞳を見つめ、ボクは口を開きます。
「そうですか! 助かります。今から準備しますので、よろしくお願いしますね!」
ボクが笑顔で対応したのを、不思議に思ったのでしょう。キルステさんの「魔王様が準備するの!?」と言う、表情をしています。
実は昨日の内に、今回使う予定だった"暴君竜帝のドロップ"に、スキル〈上級錬金術〉が作用するのかを、リュオに肉を与える際に出たクズ肉に対して使用しています。
「(ティルグルスの竜舌に、魔力の属性を『錬精』により"浸透属性"に変質させます。それを手の平──いえ、指の先から放射するイメージを固めます)」
ボクは深く集中し、言葉として少しずつイメージの補強を行います。
このような作業の流れになっているのは、偶然図書館の中で見つけた書物に"言葉は言霊、力を持つものなり"との記載があり、実際に試したところイメージがより楽に、強く出来ることが判明したからです。
「(魔力が全体に行き渡ったら、細胞が繊維となり────)」
この光景を何も知らない人が見たら、大変驚くことでしょう。マオの繊細な指が竜舌に触れると、指がズブズブっと沈み込んだのですから──。
─Side:キルステ────────────
私は今、異常な光景を目にしている。今日は実の祖父でもある、レイン爺に呼び出しを受けたからだ。
何時もならのらりくらりと話をはぐらかすのだが、今回は何時もと違い、生産職の中でも有名な1人"魔王様"の名前が出てきたから来たのだ。
「"裁縫師"──聞いたことがあります。最近、最高級に当たるローブを作製しましたよね?」
レイン爺が魔王様に、私のことを紹介するとそんな事を言ってくれた! 魔王様の名前に比べれば、私の名前は"件のローブ"を作製したことで広がったに過ぎない。
「おっ! 魔王様に覚えて貰ってるなんて嬉しいな!」
生まれつきの性格と、レイン爺のような祖父が近くに居たため、私の言動は年頃の女としては異常なほど、男っぽい。
先程の言葉も心の中では、「あら! 魔王様に覚えていただけるなんて光栄です!」と言おうとしたのだが、何処かに霧散したのだろう。
そんな私のことを気にするでもなく、魔王様はレイン爺と話を進め、私の目の前にあるものを取り出した。
──それは、『竜舌』だ。
現時点では、魔王様のパーティくらいしか倒せていない"荒野の暴君"。本人の話では、「偶然にも、準備があったからです」と謙遜するが、その"偶然の準備"が怪物級の装備だと気付いているのだろうか?
話が進み、私に「竜舌から巻き布を作れないですか?」と聞いてきた。リアルであろうと、ゲームであっても私は"裁縫以外の才能はない"のは分かっていた。
──部屋の掃除すら、満足に出来ないのは魔王様には知られたくない!
そんな私の目の前で、魔王様は作業を始めた。魔王様から解き放たれた魔力は、恐ろしいくらい濃密で、膨大な量だった。
指が"竜舌に沈み"、その繊細な指が動く度に少しずつ形が変わっていく。
素材から、糸になりそして、布になった。
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ボクはキルステさんの目の前で作業を行い、竜舌から布を織り出しました。完成した布は"ただの布"とは決して言えないものでした。
【竜絶布】 暴君竜帝の舌から作られた布であり、自身の吐く火炎に耐える為に高くなった、炎適性を受け継ぐ。ただし、このままではその性能を十分に発揮できないだろう。
※装備として完成することにより、その適性を発揮する。
──どうしましょう? このままでも十分ヤバそうな、性能を持っていそうです!!
「──規格外って言葉が似合いそうな『布』だね。【竜絶布】……いい名前じゃないのかい?」
そう言ったキルステさんを見ると、ニヤリと笑っていました。




