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箱入り娘

作者: 累々

 例えば、ファミレスで窓際の席から見る外を歩く通行人。例えば、運転中の車内から見える流れる風景。言ってしまえばそれらは液晶に映っている映像とさして変わりはしないのだ。

 だからそう、今こうして目の前に居る女子に触れようとしているのに、まるで透明な硝子で遮られているかのように触れられないのも、さほど変わったことではないのだ。


 両親が共働きで、幼少の頃人見知りだった一人っ子の俺が時間を持て余すのは至極当然で、家に娯楽の類がなかったのだから、テレビにかじりつくしかなかったのはしょうがないことだったと思っている。そんな環境で育ったせいか、成人し人見知りをあまりしなくなった今でも、触れて、感じて、確認しなければ、それが今目の前にあるのか、それともただ目に映っているだけなのかの区別がいまいちできない大人になってしまった。

 それでも日常生活にはあまり支障が生じることはなく、話していれば会話が成り立っているだけで確認できるし、一挙手一投足確実に体を動かしていれば、少なからずこの見えている世界とは繋がっていることを確認できる。ただその性質が如実に出てしまうのが、今この場所のように酒が入っている時だ。

 酒が入ってくると、目の前にあるものに触れ、時には匂いを嗅ぎ、時には口に含むことで再確認するのがどうやら癖の様だ。それは人に対しても例外ではなく、いきなり髪を触ったり、必要以上に近づき匂いを嗅いだり。さすがに耳たぶを口に含むなんてしたことはない、はずだがこの癖のせいでそれなりに苦い経験をしてきた。

 それでも癖とゆうものはなかなか改善できるものではなく、今もこうして隣に座っている夜の街には不釣り合いの清楚な印象の水商売の彼女の、この愛らしい頬に触れてやろうと試みたのだが。


 「なに? どうしたの?」


 目を丸くしつつ半笑いで問いかけてくる彼女に対して、俺の頭はアルコールも入っているせいか、目の前を目の前ではなく、自分が画面の前に居るのだと認識した。


 「いや、どうしたって。触れないんだけど」


 「お兄さん面白いね。パントマイム?」


 それでも会話をしている彼女に何度も触ろうと試みている俺に対し、さながら観客のように拍手をしてくる。


 「なにこれ? なに。なんなの」


 まるでテレビ電話をしている感覚に陥っていると全く以て挙動不審になってしまったのだが、やはりそこは夜の蝶。手慣れたものである。


 「てゆかここお触り禁止だからねーそんな面白いことしたって私には触っちゃ駄目なんだよー」


 違う違う。確かに触りたいと思って手を伸ばした。でも触るつもりで伸ばした。だけどどうして触れない。


 「なに?バリアでも張ってんの?」


 あまりにも馬鹿げた発言だ。普段ならここまで粘らず引くだろうし、普段なら引きつった笑顔でこんなことは言わない。アルコールってものはやはり凄い。


 「え?なんのこと?」


 今度は笑顔が消え、真ん丸にした目だけが残った。


 「いやほんとに、見えないなんかがあんのここに」


 そう言って見えないなにかを叩く素振りをする。しかしそれを叩いても手ごたえはなく、まして音が響くこともなく、そこに在ることが全く認識出来ないにも関わらず、間違いなくそこに在る。


 「えーなにそれ」


 聞き流しているように見えなくもない彼女は、ボーイに向かって指で三角を作る。それを見たボーイはおしぼりを持ってきて彼女に手渡す。手渡す?


 「あーでも」


 そこで彼女はなにかを思い出したかのように、


 「箱入り娘だったからかな?」


 と、満面の笑みで投げつけてきた。なにを言っているんだこいつは。そんなことで解決する現象ではないだろ。と思わず叫びたくなってしまったが、酒は飲んでも呑まれないと自負している俺だ。理性を保って引きつった笑顔を継続することにした。

 それでも気にせずにはいられない。似非パントマイムは諦めたが、触ることを諦めた訳ではない。いや、むしろさっきのボーイに着目すべきであろう。冴えているじゃないか。彼女から触らせればいいのだ。


 「俺胸筋動くんだぜ?」 「腹筋割れてんだ!」 「腕なんか君の足の倍はあるんじゃないかな!?」


 女子ならいい筋肉を見たら触りたくなるはずだ。どこから仕入れたかもわからない知識で迫ってみたのだが。


 「すごーい」


 と、さながら通販番組で驚きの価格を提示された時のタレントみたいな反応で全く触れてこなかった。これではただの筋肉馬鹿ではないか。こうなればアプローチを変えるしかないのだろうか。と言っても頭が回らない。


 「男の子って上目使いに弱いよね」


 いつそんな話題になったのか、そんな事を言いながら上目使いをする彼女。やはり手慣れている。


 「でもそんな風に見つめられたらキスしたくなっちゃう」


 おもむろに顔を近づける。だがやはりなにかに遮られて首が動かせなくなる。さながら絶対に近づくことの出来ない恋愛シュミレーションゲームみたいだ。これでは傍から見ればポッキーを咥えていないポッキーゲームの体勢だ。


 「お客様、そろそろお時間ですが」


 そんな体勢で悶々としていたらいつの間にかボーイが来ていて、あっという間に時間が過ぎたことを告げられた。


 「延長していただけますか?」


 営業スマイルのボーイが問いかけてくるが、生憎財布の中はそんなに暖かくはない。


 「いえ、帰ります」


 楽しい時間が過ぎると酔いも醒めてしまうもので、トイレに寄ってから出口へと向かう。


 「今日はありがとー」


 出口で見送りをする彼女。なんだかんだそれなりに楽しめた。心残りがあるとするならばやはりあれ。手を振りながら帰る素振りを見せた後、踵を返し彼女へと抱きつく。


 「えへへ」


 今日話しているときに見せることはなかったどんな心境かわからない不思議な笑顔。悲しいのか嬉しいのか。しかし今日一番であろう笑顔。その笑顔に空中で腕を泳がせている俺の心は射止められてしまったのだった。

勢いで書いたもの二つ目。

全く違う路線を進みたくなった。

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