表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

時計が動くとき…

作者: 宇都宮 古穂

 彼女の髪から漂うかすかな柔らかい香りがとても心地よい。彼女の香りは昔のまま、今でも変わらない。

空の雲の切れ間から、青い空が僕達二人を見下ろしていた。

そして、穏やかなに流れる時間が二人をやさしく包む。

そっと僕は、彼女の肩に腕を回し、この時間がもっとゆっくりと流れてほしいと願う。

僕達の事は、決して間違ってなかったと信じる。

ポケットの置時計を右手で握り、目をつぶって思い起こした。



 友達と二人、僕のアパートでお昼の食事中、先輩の王野先輩が飛び込んで来た。

入ってくるなり、「来月ホテルでパーティがあるけど来ないか?」「これパーティ券。たのむで!!」一方的に告げ、もう別の話始めた。

先月、僕は二〇歳になったばかりだった。どこにでもいる会社員で、最近この町へ転勤してきてまだ間もない。

そして、飛び込んで来た先輩は、僕の会社の上司の学生時代からの同級生らしく、旅行代理店で営業をしている。

王野先輩とは、上司のアパートに遊びに行ったとき、ふらっと現れて、上司の食べかけのラーメンを取り上げ、勝手にすすり味わってる。「この人はなんなの???」僕は目が点になって見ていた、ニッコリ僕に向かって「よろしく、たのま!」片手を上げて一言。それが、王野先輩との出会いであった。

こんな人だから、いきなり飛び込んで来て、あれこれ言っても驚きしなくなっている。

特に予定がある訳ではないので、一つ返事でパーティ参加することを告げた。


 パーティ当日。少し、遅れたので慌ててホテル入り口の横にあるエレベータに滑り込み会場へ駆け込んだ。

受付で座席表を貰い、キョロキョロしていると王野先輩が僕に気付いたらしく、声をかけてきた。

席の場所も教えて貰った。八人掛けの円卓にはまだ四人位しか座っていなかった。

僕は、周りの様子伺いながら円卓に歩み寄り、隣席に座っている女性を横目に見ながら、席に着いた。チョコンと座っている小柄な女性の隣には、友達も居るらしく、なにやらボソボソと話していた。

僕は時間を持て余し、肩や首を動かして上を見たり、下を見たりして落ち着かなかった。

隣の女性も気になっていた。いきなり声をかけると軽薄そうな男と思われるのは嫌だし、かといって無愛想な顔してるのもな!?

そうこうしているうちに、会場のステージの横から司会者の声が聞こえてきた。王野先輩が緊張した様子でパーティの始まりを告げた。

「乾杯!!」

会場はやっと若い男女の声が飛び交っていた。


 僕は、料理を取りに席を離れた。戻ってみると、テーブルには誰も居ない。みんな料理を取りに行ったんだな?

そうこうしているうちに、隣の女性とその友達が山一杯に盛られた料理の皿を両手に持ち、戻って来た。そして、みるみるうちに料理は跡形は無くきれいに片付いていった。

「見かけによらないな――」

周りのみんなは、お腹一杯みたいで満足してそう。向いの男は横に座っている女性になにやら話しかけている。女性も満更ではなさそうで、口を押さえながらクスクス笑っている。雰囲気もなごやんでいるみたい。

僕も隣の女性が最初から気になっていたので、話しかけようと心決めて、女性の方へ振返ると居ない? 又、料理を取りに行ったみたい? 「よっぽどお腹空いているんだな――」


 それから、何分経っただろうか? そんなに時間は経ってないと思うが、僕にとっては長く感じられた。女性が戻って来る途中から、別の男と何やら話しているみたい。「先を越されたな!!」心の中で悔しく呟いた。

タイミング悪かったな!!自分が一番最初に声をかけるつもりだったのに。時間だけが容赦なく過ぎていく。

ほんの一瞬だが、女性が僕と目が合い、ためらわず声をかけた。「仕事は何?」。

僕は何を言ったのだろうか! 女性の目が僕の顔をみて「ぷっ!!」と、笑いをこらえた。

僕の「んっ?」。

人の顔を指差した後、周りに気づかれないように手で口を押さえ、下向いてクスクス笑っているだけ。

ほっぺに付いたマヨネーズにやっと気付き、恥ずかしくて顔が赤くなるのが自分でも分かった。

よくよく見ると、先程のエレベータで一緒だった事にも気付き、一人の女性から親しい彼女へと変わった瞬間だった。

改めて、彼女に質問をぶつけてみた。

「仕事は何してるの?」

「私は、保母さんしてるの!!まだまだ駆け出しの新米で・・・。いつもへまばかりやって父兄や園長先生によく注意されている。でも、楽しい仕事なのよ!!

まだ、少し顔が緩んで話しながら、口の中に料理を放り込んだ。

それからは打ち解けるのに時間は要らなかった。昔から知っていたみたいに時間は早く過ぎていった。

それは、二つ年上の彼女との特別な出会い、その時お互いが人生を変えてしまう存在になるとは思わなかった。


 翌朝、ベットから降り彼女の事を思い出していた。アパート2Fの窓から見える景色、スーッと流れ込んできた肌寒い風が、もう秋の終りを告げた。そして、1Fの喫茶店が開店準備する音、早足で歩くサラリーマンやOLの姿が目に飛び込んできた。

僕は、急いで身支度し、自転車に飛び乗り勢いよくペダルを漕ぎ出した。

その日の昼休み、公衆電話の受話器を握り締め、早くも彼女と喫茶店で会う約束をこぎつけた。

彼女との約束の日、僕は緊張していたと思う。初めての特別な時間なのに殆ど思いだす事が出来ない。何を食べたのか?どんな会話をしたのか?全然憶えていない……。

とにかく、僕は夢中に話してたと思う。

ただ、彼女のタータンチェック柄スカートの記憶と子供に話しかけるような口調と僕の話にうなずき、ニッコリする笑顔くらいしか思い出せない。

それから、いつだったろうか?彼女が置時計をプレゼントしてくれた。それは手のひらに収まるくらいの大きさだった。僕は、結構気に入ってたので、よくポケットに忍ばせる事があった。それは、お揃いだったということもあって…。



 それから、数ヶ月経ち、早くもその幸せが続かない事を教えられた。

それは、彼女の友達からの警告だった。

彼女は、大学時代の先輩の事をまだ想っているらしい。友達の言葉は、辛かった。気持ち押さえて冷静に聞こうとしているのに身体が震え、顔が硬直し、気持ちを押さえる事だけで精一杯だった。

「何故、言ってくれない――」

言ったところで、彼女は、僕に対して申し訳ないと気持ちを表すことでしかないだろう。

次の待ち合わせ。約束の時間になっても、彼女は、現れず時間だけが過ぎていった。

僕はただ、置時計の針を見るだけだった。その沈黙の一日が、終わった。

無言の別れを告げられた様で、気持ちを抑えながら「これで本当にいいのか――」って心で自分に呟いていた。

しかし、不思議な繋がりでその後、二人の再会があった。今度は上手くいくと思いながらも長くは続かなかった。そして、全てが終わる事を選択のは、彼女を絶対に失いたくないと思い続けた僕からだった。

楽しいかった頃以上に、辛かった事の方を強く憶えているものだ。忘れられなく、長いようで短かった僕達二人の時間。そしてお互い別の人生を歩んでいく事で、もう逢う事も無いと言い聞かせた。


 僕は、それまで勤めていた会社を辞め、その町も離れる事にした。彼女との事を忘れようという想いで、がむしゃらに生きた。人並みに家族も持て、20年の歳月が流れた。

髪も大分白く変わり、疲れた中年に変わっていた。


 たまたま、その町に仕事の関係で立ち寄る事が出来た。懐かしく思え、少し歩いてみた。

空は、すこし曇り空。二人が初めて待ち合わせた場所。そして、僕が暮らしていたアパートにも足を運んでみた。

遠くで幼稚園児らしき子供たちはしゃぐ風景。春の風は、心地よい。

アパートの1Fの喫茶店は、もうなくなって保険会社の事務所になっていた。建物の裏に回ると片隅に喫茶店の看板が倒れて置かれていた。僕は、歩み寄りボロボロになっている看板を懐かしげに眺めていた。

ふと振返ると、一人の子供がボールを拾ってほしそうに僕を見ている。

僕は、ボールを拾い手渡そうとした。

「ハイ!! どうぞ!」

子供に歩み寄ると園長先生らしき人が駆け寄り、

「すみません!この子、一人でこんなところまで!?」

申し訳なさそうにこちらぺこっとお辞儀してきた。

小さな口元に見覚えを感じ? 僕は、つい歩みよってしまった。

その女性との距離が近き!

この場所でまさか彼女に気付くなんて……。


 それから、僕達二人は昔の事や今の生活等の話題を次から次へと話した。

彼女は相変わらず、子供に話しかけるような口調と、僕の話にうなずいていた。昔のまま全然変わってなかった彼女に何故かホッとした。

彼女の声、20年ぶりに心地よく感じられた。

「ここは、貴方のアパートでいつもよく来たね?」

「あれから、貴方はどこでどうしてるのかな? よく想っていたのよ?」

「なんであの時お互い待ちきれなかったのかな?」


 別れた後も、捨てられずに時々ポケットに忍ばせていた置時計。僕は、今でも時々持ち歩いてる。

今日、電池を新しく取替え、再び時の刻み始めることを感じて。


……。



 僕達の恋は終わったのでは無く、大人になる為、すこし、遠周りしてきただけなんだと思った。

大切な時間を与えてくれためぐり合わせ、そしてこれからは、二度と失う事のない彼女と一緒に。

この先、手探りで見えない時間を乗り越え、僕達は本当に良かったと思える人生を過ごすだろう…。



もう置時計は、止まることはない…。


中年になっても、心に持っている若い頃の

「切ない恋」を忘れてはならない。

そんな気持ちが心を大きくし、人にやさしく出来るのだから。

年取ったから、気持ちを文字にしてみました。

ただ、流されていくより、はっきりと形にしておく事で、大切な人生の1ページとしました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ちょっとしたすれ違いで変わってしまった人生。 でも、その選択を公開しているのではなく 「思い出」として形にしたい。 そんな気持ちの残る作品でした。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ