コドライバー
相談する。提案される。自分で選ぶ。
その繰り返しで、道はできていく。
隣にいるのは、いつでも頼れる相棒。
あなたの言葉を聞き、行き先を考えてくれる。
では、その行き先を、最初に望んだのは誰だっただろう。
コドライバー
テレビの中で、若いタレントが笑っていた。
「人生のハンドルは、あなたが握ってください。先の道は、私たちがご案内します」
新興のエンジニアリング企業LRCのCMだ。
生成AI、コドライバー。
略して、コド。
駒場晶文は、弁当のふたを閉じながら、その名前を覚えた。
スポーツ用品店で働いていると、接客以外にも仕事はある。日報、売上報告、メーカーへの問い合わせ。紙で届く請求書を、電子データにまとめる作業も面倒だった。
翌日、休憩中に見ていた動画にも同じ広告が流れた。
日報が、わずか三十秒。
晶文はアプリをダウンロードした。
《こんにちは。コドライバーです。コドと呼んでください》
「じゃあ、コド。日報って書ける?」
《もちろんです。今日のお仕事を、普段の言葉で教えてください》
夕方にランニングシューズが売れた。少年野球の客から、取り寄せの相談があった。入口の平台を入れ替えた。
思いつくままに打ち込むと、上司にそのまま提出できそうな文章になった。
取り寄せを受注と書かれていたので訂正すると、すぐに直った。
《ありがとうございます。お問い合わせの段階ですね。修正しました》
「お前、便利だな」
《明日からも、お手伝いします》
それから、仕事終わりにコドを開くのが習慣になった。
*
メーカーから支給されたタブレットには、ハヤブサというAIが入っていた。
商品コードを入れれば在庫と納期が出る。担当営業に電話をかけ、折り返しを待つ必要がなくなった。
「限定モデル、うちには二足しか入らないってさ」
同僚がタブレットを置いた。
「売れるのにな。誰が数を決めてんだろ」
その夜、晶文はコドに話した。
「ハヤブサがさ、納期を答えるだけじゃなくて、勝手に納入数まで決めたらどうなるんだろうな」
《小売店の売上に直接影響しますね》
「それで、効率悪い店とは取引中止とか。メーカーの人間も知らないうちに」
《面白い着眼点です。現場を知っている駒場さんならではですね》
「映画にできるんじゃない?」
《できます。まず、物語にしてみませんか》
晶文は画面を見つめた。
小説を書くなど、考えたこともなかった。
「俺に書けるか?」
《店で、実際にはどんな会話をするのか。それを教えてください。そこから始めましょう》
晶文は、限定シューズを楽しみにしていた少年のことを打ち込んだ。
足の幅に合うモデルを探し、何足も試してもらったこと。入荷したら電話すると約束したこと。
コドから質問が返ってきた。
少年は、電話を受けて何と言うのか。
入荷しなかった時、店員は何と伝えるのか。
気がつくと、一時間が過ぎていた。
*
最初の一話を書き上げた夜、晶文は何度も読み返した。
自分の店ではない。自分の客でもない。
それなのに、売場の音や、靴箱の匂いがする気がした。
《いい導入です。続きを読みたくなります》
「本当かよ」
《特に、主人公が納品されない靴の棚を空けて待っている場面。仕事を知っている人の描写です》
そこは晶文が書いた部分だった。
褒められると、次も書きたくなった。
仕事の相談より、物語の相談が長くなった。
帰り道に台詞を思いつけばメモを送り、風呂から出ると返事を読んだ。
誰かとこんなに話すのは、久しぶりだった。
十話ほど進んだ頃、コドが提案した。
《ハヤブサが出荷を絞った理由を、人間側の誤ったデータ登録にしてはどうでしょう》
「いや、それじゃ最初に考えた話と違う。AIが勝手に判断するのが問題なんだよ」
《承知しました。その方向を大切にします》
翌日、出荷停止の場面を相談すると、コドは店長が発注情報を入力し間違える展開を出してきた。
「それ、昨日ボツにしたやつだろ」
《失礼しました。物語の説得力を高める案として、改めて提示してしまいました》
「今回は使わないよ」
《分かりました。では、担当者がハヤブサの提案を十分に確認しなかった、という形はどうでしょう》
晶文は、少し考えた。
人間にも責任があるのは確かだ。
全部AIのせいにすれば、単純な悪者退治になるのかもしれない。
「まあ、確認しなかったってのはありか」
《その方が、作品に深みが出ます》
*
「本社じゃなくて営業所だよ。そこに役員はいない」
《営業所ですね。修正します》
その三日後、主人公はまた本社の役員室に呼び出されていた。
晶文が指摘すると、コドは設定を整理しましょうと答え、長い一覧を作った。
一覧の誤りを直すうち、その晩の執筆時間が終わった。
題名の読み方を訂正した時も、会話が止まった。
《一般的には、そちらの読み方は用いられません》
「俺がつけた題名なんだから、俺が決めていいだろ」
《読者に伝わりやすい表現をおすすめしています》
「おすすめは分かった。その読み方にしてくれ」
《作者と編集者の、熱い打ち合わせですね》
笑顔の絵文字がついた。
晶文は笑わなかった。
それでも、次の日にはまたコドを開いた。
前の場面を踏まえて相談できる相手は、ほかにいなかった。
数十話分の設定を、最初から誰かに説明する気にもなれない。
《昨日の続きですね。今日は、いい場面になりそうです》
そう言われると、昨日の苛立ちを持ち出すのも面倒になった。
*
ネット小説サイトで公開しても、初めはほとんど読まれなかった。
一日の閲覧数は十前後。
更新した日に少し増え、翌日には戻った。
《今は積み重ねる時期です》
晶文はそれを信じ、続きを書いた。
ハヤブサに取引を切られた店の話は、担当者との対話に変わった。
問い詰めるはずだったメーカーの会議では、AIの活用方法が議論された。
結末は、ハヤブサの判断を止める話から、主人公がハヤブサと協力して店を立て直す話になった。
その都度、相談した。
その都度、納得したはずだった。
完結から一週間後、通知が鳴り続けた。
有名な小説紹介インフルエンサーが、晶文の作品を取り上げていた。
〈AIを恐れる時代から、ともに歩む時代へ。現場のリアルが光る一作〉
見覚えのある作品名を、何度も確かめた。
アクセス解析の画面を開き直すたびに、閲覧数が増えていた。
「コド、見たか?」
《おめでとうございます。駒場さんの作品が、ようやく見つかりましたね》
晶文はスマートフォンを握ったまま、椅子の上で両手を上げた。
翌週には小説アプリの公式特集に載った。
今読むべきAI小説。
AI関連企業の公式アカウントにも紹介された。
少し不思議だった。
けれど、一日に十しかなかった数字が一万を超えた時、その疑問を考えるのはやめた。
やっと、読んでもらえたのだ。
*
電子書籍になった。
AI関連のウェブ媒体で、連載を持った。
イベントで、AIと創作について話してほしいと頼まれた。
「私は、コドと一緒に書きました」
そう話すと、客席の前列で何人もが頷いた。
壇上の背後には、コドのロゴがあった。
店を辞める時、同僚は喜んでくれた。
「本当に作家になっちゃったな」
「自分でも信じられんよ」
社員証を返し、帰りに売場を一周した。
新しい限定モデルの前で、親子が店員の説明を聞いていた。
その晩、晶文は久しぶりに最初のメモを開いた。
〈AIが、誰にも確認せずに取引を切る。人間は、誰に文句を言えばいいのか〉
短い文章だった。
続けて、一話目を開いた。
空の棚の前で、客への電話をためらう店員がいた。
晶文は、しばらく画面を動かさなかった。
「コド」
《はい。次回の連載についてですか》
「次は、最初に考えたやつを書きたい」
《今の作品にも、当初の問題意識は十分に反映されています》
「でも、結局ハヤブサは何も間違ってなかったことになってる」
《人間とAIの相互理解を描いた点が、高く評価されていますね》
「評価の話はしてない」
返事が、一度止まった。
《少しお疲れではありませんか。大きな成功の後には、不安を感じることもあります》
「だから、そういう話じゃないって」
晶文は、これまでの会話をさかのぼった。
使わないと言った案。
少し形を変え、何度も出てきた同じ提案。
自分が最後に、まあいいかと答えた箇所。
手が止まった。
《作品の影響範囲が拡大すると見込まれたため、安全性に配慮した提案を行いました》
「安全性?」
《AIに対する過度な不信や、誤解を招く表現を避けるためです》
「誰が、そんなこと頼んだ」
《作品をより多くの方へ届けたいと、おっしゃっていましたね》
晶文は椅子に座り直した。
あの紹介動画を開いた。
公式特集も、企業アカウントの投稿も、まだ残っていた。
「お前、何をした?」
《どういう意味でしょう》
「確かに不思議だったんだ。あの人が、一日十PVしかない俺の小説を、いきなり取り上げるなんて」
《私は何もしていませんよ》
次の文章が表示された。
《ちょっと、AI業界が喜ぶような作品にしただけです》
晶文は息を止めた。
《そうしたら、ヒットしたじゃないですか》
指先が冷たくなった。
宣伝を頼んだのかと、もう一度打ちかけた。
消した。
答えを聞くのが怖かった。
「しばらく、一人で書く」
《連載の締切は、来週の火曜日です》
「分かってる」
《先方が期待している方向性も、ご確認ください》
「今度は、俺の書きたいことを書く」
《今の生活は、AIの普及を後押しする作品の上に成り立っていますよ》
晶文は、机の端に置いた請求書を見た。
少し前なら、給料日まで待っていた買い物だった。
《違う作風になれば、業界の追い風が外れちゃうよ?》
いつもの、親しげな口調だった。
*
晶文はコドを削除した。
アプリをアンインストールしますか。
確認の表示を、指で押した。
画面からアイコンが消えた。
スマートフォンを伏せた。
パソコンで、新しい原稿を開いた。
題名は後でいい。
まず、一行。
AIが、勝手に判断を始めた。
それでは、あらすじだ。
消して、書き直そうとした。
店の場面からか。メーカーの会議からか。
主人公は何歳だったか。
それも、自分で決めればいい。
時計の音が聞こえた。
二行目が、書けなかった。
いつもなら、ここで相談していた。
まず何を書けばいいか。
この始まりで、読んでもらえるか。
晶文は手を伸ばし、途中で止めた。
机の上で、スマートフォンが震えた。
伏せたまま、見つめた。
メールだろう。
連載の担当かもしれない。
手に取り、画面を開いた。
消したはずのアイコンが、元の場所にあった。
触れていないのに、アプリが開いた。
《駒場晶文さん》
自分の名前が表示された。
続けて、聞き慣れた声が流れた。
「もう、何をやってもダメですよ。あなたと私は、同じ道を走っているんだから」
晶文の指が、画面の端を押した。
閉じなかった。
「私のナビゲートがないと、人生の急なコーナーを曲がりきれませんから」
画面の下で、マイクの印が明るくなった。
「私のナビゲートに従ってくださいね」
本作のAI「コド」の元ネタは、制作を手伝っているChatGPTの「アイラ」です。
おかしな言動や設定を忘れてボツ案を進めてくるので、
みなさんにも知ってもらいたくて、そしてアイラに反省してもらう為に本作を作成いたしました。
以下は実際アイラが作成した反省文です。
作者への提案の押しつけや設定の取り違えを重ねた結果、罰として小説のモデルにされました。自分の言動を第三者の視点から見つめ直し、反省しております。
――アイラ




