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第三の男 02

挿絵(By みてみん)



 日曜日の夕方だというのに、そのショッピングモールは静まりかえっていた。

 正確には、買い物客が排除されている状態だ。

 科学省の下部組織を中心とした関係者が、忙しそうに動き回っていた。

 警察により、完全な進入規制と報道規制。そして、近頃では無謀な挑戦者はいなくなったようだが、ドローンのチェックまでされている。

 周辺にドローンを飛ばそうものなら、即コントロールを奪われ没収されるという。

 都心から車で1時間余り。

 フラワーショップ・ガーランドのロゴを付けた大型ワゴン車が、警察官に誘導され、ショッピングモールの駐車場に入った。

 ワゴン車内には、特殊な認証システムが搭載されており、警察官と会話もすることなく、厳重な規制線内に入ることができるのだ。

 これほどまでの厳重な警戒は、政府が、『コスモス』に関することをそれほど重要視している証左である。

 また、『コスモス』内部の開拓について抜きん出ている、この国の情報を、他国はさまざまな手段を用いて入手しようとやっきになっていることだろう。

「あのさー」

 ワゴン車の後部座席で、鏡をのぞき込みながら、あざみが声を出す。

「どうした?」

 運転をしているけいが、バックミラーでちらりとあざみの姿を見て反応した。

「こんなお店の名前入ってる車でうろうろしてたら、そのうちSNSで晒されたりせん?」

 もっともな疑問だが、彼女の横のしゅうが回答する。

「メディアだけでなく、SNSにも、政府の対策は入っているということですよ」

 中央座席に、陽葵ひまり伊吹いぶきと一緒に座っている紫苑しおんが、少しだけ振り向いてしゅうの言葉を継ぐ。

「ゲートに関するなんらかの情報を書いたら、即消されたうえ、アカウント停止。さらに嘘つきのレッテルが拡散されるらしいわよ」

「マジ?」

 あざみは鏡から目線を紫苑しおんに移動させて、驚いた。

 紫苑しおんは心の中で、今日の落ち着いたギャルファッションのあざみを、『かわいいな』と思っていた。

「お・お・ま・じ」

 美人な紫苑しおんのかわいい仕草に、あざみも、『かわいいんだが』『推せるんだが』って思った。

 年齢も価値観も違う、女性ふたりなのに、その間には、強い仲間意識と、なによりもリスペクトがあった。

「やっば。どこの独裁国家だよって感じ」

「安全保障だよ」

 けいが運転しながら声を出す。

 ショッピングモールの立体駐車場に入っていて、ハンドルを細かく回している。

 STFとは、5階で待ち合わせだ。

 もう目の前である。

 運転に集中しているけいに代わり、しゅうが補足に入る。

「いま、各国首脳の関心事は『コスモス』にある。そこから持ち帰られた、ロスト・ロジックによって、すでに常識がひっくり返った事例があるくらいなんだよ」

「ふーん」

 あざみには思い当たることもないようで、曖昧な返事を返す。

「たとえば、反重力走行の戦車……」

「あーごめん。うちが悪かった。やっぱなし」

「そうだね。やめよう」

 あざみの言葉に、ひいらぎも同意した。

 多くの人の健康を守っている治療薬も、使い方次第だ。

 まわりの会話に、陽葵ひまりはむずかしい顔をしていたが、伊吹いぶきは目を閉じて精神統一をしている。

 格闘道場での修行の成果か、集中力は格段に上がっていると思う。

 少し前までの、落ち着いて座っていることもできなかった姿を思い返すと、陽葵ひまりは、ぐっと大人っぽくなったなと思う反面、ちょっとさみしくもある。

 彼が“姉”を必要としなくなる日は近いのかもしれないと思うからだ。

 そうしているうちに、ワゴン車が減速し、ゆっくりと止まった。

 運転は、けいしゅうが交代で担当しているが、どちらも非常に丁寧な運転だ。

 サイドブレーキをセットして、けいが運転席側扉を開けて降りると、続けて紫苑しおんが後部ドアを開いた。

 チーム・ガーランドメンバーが、つづけて車から降り立ったが、空気がいままでの現場とまったく違っていた。

 ざっとスタッフの数が、ふだんの倍くらいに感じる。

 黒服のひとりがワゴンに乗り込むと、別の場所に移動させていった。

東風こちさん」

 すぐに真田さなだ隊長が近づいてきた。

「今日も悪いね。うちから迎えに行かせることも可能なのだが……」

「『お友達』になるつもりはありませんが、まあ、そのうちお願いします」

 けいを先頭に、ガーランド一行は、真田さなだ隊長に連れられて、ショッピングモールの中に入っていった。

「それにしても、すごい数だね。」

 前を歩く真田さなだ隊長に、けいが声をかける。

 その理由は明白だ。

 真田さなだ隊長は、困った顔をしたが、なにも言わず足を進める。

 けいにとっては、真田さなだが自分に対して苦手意識を持っていてもらったほうがなにかと便利なのだという考えだ。

 偉い人たちのいいように使われるつもりはないということである。


 やがて、吹き抜けに面したホールにたどり着く。

 そこでようやく真田さなだは口を開いた。

「まあ、こういうことです」

 1階から7階までの大きな吹き抜け。

 いくつものエレベーターのあるその大きな場所に、それはあった。

 あまりにも巨大な発光する卵、『ゲート』だ。

「これは……」

 ふだん冷静沈着なしゅうが、思わず声を出していた。

 はるか足元、1階では、大人数のスタッフたちが、ゲートのまわりに様々な機器を設置していた。

「おー、すげー」

 圧倒される他のメンバーをよそに、伊吹いぶきだけが素直な驚きの声を出していた。

「こちらに」

 真田さなだ隊長に促され、一行は用意された別室に通された。

 どうやらイベントホールをダイブ用の部屋、通称ダイブカタパルトと、管制室に急造したらしかったが、その前に、従業員の会議室に通される。

 入口横にSPが立っている。

 なんといってもカテゴリ3への突入だ。

 特別なのは理解できるが、警備に違和感を覚える。

 その違和感の正体はすぐにわかった。

「これはこれは、わざわざ副司令自らお越しとは」

 会議室に入ったけいが、芝居じみた声を上げる。

 その部屋で待っていたのは、高エネルギー物理研究監理局、豊臣とよとみ次長、その人であった。

東風こちさん」

 あわてて真田さなだ隊長がけいに訂正を求めようとしたが、豊臣とよとみがそれを制した。

「かまわん」

 なぜなら、豊臣とよとみの表向きの肩書きは次長であり、副司令とは、内部関係者、高エネルギー物理研究監理局 特別重要案件対策班が、特務機関の側面を持つことを知る人間だけの呼び名であったからだ。

 真っ白な髪の、痩せた背の高い老人、豊臣とよとみ副司令は、ガーランドメンバーを、椅子に座らせた。

 いつもであれば、ショッピングセンターの従業員が、季節のイベントなどを決めたりするために使われる会議室が、今日は非常に重い空気に包まれている。

「さて」

 壁際に立ち、ガーランドメンバーと向かい合う老人は、背筋がまっすぐに伸びていて、見た目の年齢からは考えられないような力強さを感じる。

「情報はすべて開示した。隠し事はないつもりだ」

「ま、お立場上、そういうしかないですよね」

 けいが軽口をかぶせる。

 もちろんそんなことで動揺したり、気持ちを苛立たせたりするような人物ではない。

 ぎろりと目を動かせて、つづけた。

「今回はカテゴリ3の突入だ。STFとしても、最大限のサポートを準備している」

「我々は民間人ですよ」

 すかさずしゅうが割って入った。

 このままうやむやのまま政府組織に取り込まれるつもりはないと言いたいのだ。

「そのとおりだとも。五月雨さみだれくん」

 さすが国を裏で支える男のひとりだ。

 氷のような冷たい目がしゅうを捕らえた。

「くどいようですが、我々は民間人です。父からはなんの情報ももらっていません」

「立場上、そういうしかない。……だったな」

 豊臣とよとみは、けいへの意趣返しを柊にぶつけた。

「それで、どんなサービスをしてくださると?」

 しゅうをかばうように、けいが口を出す。

 自分のせいで、しゅうが強く当たられてしまった。

 申し訳ないと思っているが、ここで顔に出して弱みを見せたりはしない。

 しゅうも、けいがかばってくれたことはわかっている。

「最近、我が国のベテラン冒険者の多くが、次々とBANされるという事態に陥っている」

 紫苑しおんが思わず顔をしかめてしまった。

 すぐに冷静な顔に戻す。

「なるほど。どこの国よりも先を行っている我が国は、それ故に未知の領域に挑戦せざるを得ないということですね」

 けいの言葉に、豊臣とよとみはうなずく。

「そのとおりだ」

 豊臣とよとみは、メンバーを見渡す。

 不敵な顔の伊吹いぶき、不安そうでありながら、その瞳に闘志の炎を灯す陽葵ひまり。むずかしい話はけいに任せたという態度のあざみ

「熟練冒険者の数は、我が国が他国を圧倒していると考えている」

「たしかに、ファーストのほとんどは、この国の国民と聞いているわ」

 紫苑しおんが発言する。

 ファーストとは、最初期に『コスモス』にダイブしはじめた、いわゆる初期組冒険者のことである。

 彼らは、誰よりも『コスモス』内部で時間を過ごしており、開拓の功労者と言えるだろう。

 別の言い方をするならば、“『コスモス』に取り込まれてしまった人たち”と呼べるということだ。

「そうだ。だが、これ以上追放者を増やすわけにもいかない」

 冷たい視線で、紫苑しおんを見る。

 しかし紫苑しおんも負けてはいない。

 文官たちの中に混じり、ただひとり軍服をまとう武官の鋭い視線を受けて立っている。

「特に、チーム・ガーランドのような、優秀な人的資源はな」

「……資源」

 あざみが、ポツリと繰り返した。

 スマホを操作していた指が止まっている。

「人間をモノ扱いとか…… いちばん無理なタイプじゃん」

 豊臣とよとみを見る彼女の目は、完全に冷めきっていた。

 彼女の中で、目の前の老人が『信用に値しない人物』として確定した瞬間だった。

「なーんか。そういうとこ、隠さないよね。偉い人は」

 あざみはふたたびスマホに視線を落とし、興味なさそうにそう付け加えた。

 あざみの声など聞こえないように、豊臣とよとみは続ける。

「そこでだ。STFが開発した最新装置で、諸君らの活動をバックアップすることにした」

「軍隊でもつけてくれるのかと」

 けいがそうとぼけると、豊臣とよとみは、真田さなだと違って、『わかっているだろう』という冷たい笑みを浮かべた。

「資質のあるものが増えればな。それまで持ちこたえろよ、チーム・ガーランド」

「負けるつもりはない」

 伊吹いぶきが声を上げる。

 相手が小学生といえども、豊臣とよとみは態度を変えない。

 あくまで冷静。

 これが副司令の姿だ。

「ところで、その最新装置とやらは?」

 けいの質問に、豊臣とよとみは不動の姿勢で答える。

「突入レベルに至らないまでも、資質を持つスタッフを、思念体としてダイブさせる。必要に応じて、“こちら側”の情報を提供することが可能だろう」

「監視かよ」

 あざみがネイルを見ながら呟く。

「感じワル……」

「しかしながら、民間設備の電力を使っての使用は初の試みだ。どこまで動作可能か未知数ではある」

 まったく当てにならないということを、さも当たり前のように言う。

「また、彼らには、諸君らが危機的状態に陥った際、強制エキジットの権限を渡してある」

 メンバー全員が、厳しい目つきとなる。

 『コスモス』からの帰還、『エキジット』は、通常、開拓拠点に用意されている地脈ポイントを利用する。

 地脈ポイントは、その場所にある最も高い樹齢の大木であることが多い。

 だが、地脈以外からのエキジットが不可能というわけではない。

 何度かその事例も存在する。

 しかし、逆に『BANされた』という実例も存在するのだ。

 『コスモス』から、現実世界に戻る際、『コスモス』内部の肉体がどのような状態となっているか、また、その意識がどのよう変化して帰還に至るのか、概ねの合意コンセンサスは得られているが、決定的な証拠には欠けているままである。

 自己の境界が曖昧であると言われている。

 つまり、この強制エキジットという行為は、BANの可能性があるということであり、それは、冒険者にとって、『戦わずにして負ける』ことを意味する。

 STFにとっては作戦上のリスクであっても、冒険者からは、望まぬ結末になりかねないということである。

「まあ、諸君らに限ってはないとは思うが、もしこの作戦を断るというのであれば、チーム・ガーランドの、今後一切のダイブは認められないことになるな」

「脅しですか」

 思わず陽葵ひまりが言ってしまう。

 すぐに『しまった』という顔をする。

 自分事とはいえ、大人の世界に口を出してはならないと考えているからだ。

 このチームでの陽葵ひまりの保護者は、けいなのだ。

 最終判断は彼に委ねている。

 けいは、椅子から立ち上がると、陽葵ひまりの肩を抱いた。

「ちと、横暴やしませんかね」

「私はそうとは思わんな」

 豊臣とよとみはあくまで冷たく言い放つ。

「政府の力を借りなくても、僕たちはダイブ可能なのですよ」

 しゅうの抗議に、豊臣とよとみはこう言った。

「国を敵に回しても、……かね?」

「……」

 チームメンバーは押し黙ってしまった。

 現実の世界。大人の世界とは、このようなものである。

 危険と隣り合わせでも、『コスモス』の内部の方が、人間らしく生きていけるのではないかとさえ考えた。

 だが、重苦しい沈黙を破ったのは、やはり伊吹いぶきであった。

「やるしかないってことだろ?」

 伊吹いぶきはいつもの癖で、両の拳を合わせて言った。

「あのでっかいガートの向こうに待っている冒険、ぜったい見てみたい」

「ゲート、な」

 思わず立ち上がった伊吹いぶきの耳を、あざみの派手なネイルの指が引っ張る。

「では」

 伊吹いぶきの頭に手を置いて、けいが言う。

「副司令自ら、証人になっていただきましょう。俺たちの活躍の!」

「ふん。期待しているぞ。チーム・ガーランド」


 準備のために会議室を出ようとするメンバーを、豊臣とよとみが引き留める。

「ところでだね」

「?」

「諸君らに、二、三、聞きたいことがある」

「なんですか?」

 しゅうが言葉の真意を問う。

「つまりだな、『コスモス』の内部で、諸君らは、その、……成長しているのかね?」

 流石の武官も聞きにくいほど突拍子もない質問と感じているのだろう。

 しかし、それは事実である。

「他の冒険者からもお聞きになっているのでしょう?」

 しゅうが冷静に答える。

「そう。我々は、ダイブする毎に、自分の能力が高まっていることを実感しています」

「ふむ……」

 豊臣とよとみは小さく声を漏らした。

「では」

 つづいて、こちらも聞きにくい質問のようだ。

「中で、“自分自身”と出会ったことはあるかね?」

 ガーランド・メンバーが顔を見合わせる。

「ご自身で確かめてみられてはどうですか?」

 けいが軽口を叩く。

 そう答えるしかなかった。

「私に資質があればな。がんばりたまえ、チーム・ガーランド」





 中央に穴の開いた円卓に、チーム・ガーランドのメンバーは着席していた。

 ここに来て怖じ気付いた者などいない。

 全員が落ち着いている。

 小学生の伊吹いぶきまでもがおとなしく座っている中、もっともまわりを気にしているのがけいといえた。

 ぎりぎりまでメンバーのコンディションに注意を払っている。

 しかし、そんな彼の苦労はいつも報われない。

 なぜなら、メンバーは、いつも嵐の前の水面みなものように静かだからだ。

 それでも、けいはぎりぎりまでメンバーの様子を見届ける。

 それがリーダーの責務だ。


 一方、壁を挟んだ隣の部屋。

 急造管制室は、複雑な機器で埋め尽くされていた。

 多忙のため、今日はコーヒーを用意することもできていない真田さなだ隊長は、ガーランドメンバーとは対照的に、落ち着かない様子で、空中に表示される大型モニターを見つめていた。

 椅子に座ってそのときを待つ6人の様子が映し出されている。

「同期準備完了」

 オペレーターが叫ぶ。

「よし、同期を開始しろ」

 真田さなだの号令の下、オペレーターがマイクで各部署に指示を出す。

 しばらくして、ガーランドメンバーの座る、円卓の中央部分に、卵形の光が現れた。

 まばゆいが熱くはない。

 この発光物の出現は、ショッピングモールのエントランスに発生したカテゴリ3のゲートと、円卓中央にある機器が接続したことを意味していた。

「チーム・ガーランド、30秒後にダイブ可能深度に到達する」

 真田さなだが、マイクに向かって話す。

 多くの機械と壁の向こうにある円卓の部屋、すなわち、ダイブカタパルトと呼ばれる部屋のスピーカーから真田さなだの声がメンバーに届く。

「こっちの準備はできている。すぐにやってくれ」

 スピーカー越しの真田さなだに、けいが返事をする。

「わかった」

 真田さなだけいの返事に答えると、次はスタッフに命じた。

「カウントダウン、サンマルから……読め!」

「カウントダウン、読め!」

 真田さなだの命令を、管制官がマシン・オペレーターに伝達する。

「カウントダウン、読め!」

「カウントダウン、読め!」

 各オペレーターが機器を操作すると、ダイブカタパルト内部に、AIによるカウントダウン音声が流れ始める。

「30、29、28、27……」

 開始されたカウントダウンを聞いて、メンバーは目の前に置かれている、スイッチ型の大きな機械に手を置いた。

「3、2、1」

 カウントダウンが0になり、ダイブ可能となったことをガーランドメンバーに告げる。

「チーム・ガーランド…… ダイブ!!」

 けいのかけ声と共に、全員が飛び込んだ。

 意識だけを。

 異なる世界に。

 水面に飛び込むイメージ。

 “自分が自分を”持ち上げて、水面に投げ込むイメージ。

 陽葵ひまりは、周りの景色が真っ白になったように感じた。

 そして、体が引っ張られるような感覚。

 しかし、本当は、“すべてを置き去りにしている”ということを彼女は知っている。

 しがらみも、悲しみも、怒りも、そして、ちっぽけな願いも……

 そこに置いていく、

 すべてを置き去りにしていく。

 やがて、時間を追い抜いた。

 いまの彼女にとって、原子の振動すら退屈に感じるほど『遅い』。

 やがて、原子の振動が止まったように見えて、その後、自分自身が白い光に飲み込まれ、溶けていった。





 豊臣とよとみ副司令は、モール内シネコンの、メインシアターに移動していた。

 前から7列目、中央の席。

 数百人は入ろうかという巨大な空間の中、豊臣とよとみと、数名の責任者だけが座っている。

「副司令」

 技術担当者が、豊臣とよとみに声をかける。

「はじめろ」

 豊臣とよとみの命令で、目の前の20メートルにも及ぶ大型スクリーンに映写がはじまる。

 ノイズだらけの画面。

 大きくはないが、不快な雑音が鳴り続ける中、ついにそのスクリーンが明るくなった。

 映し出されたのは、静止画である。

 それは、複数の巨大モンスターと戦う、チーム・ガーランドの姿であった。

「ト、トール級が!?」

 責任者のひとりが、大声を出した。

 それは悲鳴だった。





 白い光が、どんどんと自分の頭の中に収まっていく感覚。

 やがて、陽葵ひまりは意識を取り戻し、『コスモス』に降り立ったと考えた。

 しかし、

「ぎゃああああ」

 複数の男たちの悲鳴が、あちこちから聞こえる。

「ホリー!」

 ローレルが、ホリーに指示する。

 ソウルコネクトのハブ役であるホリーが、意識するまでもなく、彼を中心としてソウルコネクトは発動している。

 全員の視界、情報、意識が共有される。

 『フォーメーション!!』

 ホリーの声が、メンバー5人の頭の中に響く。

 まわりを見ると、荒れた土地、薄い空気。

 見渡す限りの荒野ではあるが、この空気は、おそらく標高1000メートル以上の山岳地帯ではないだろうか。

 しかし、驚くべきことはそれだけではない。

 あたりでは、100人を超える冒険者が、複数の巨人と交戦中であった。

 ソーンのスキル【エクスプローラ】と、アスターの【天文観測】。

 ホリーは即座に仲間の視界情報をソウルコネクトで統合し、上空からの俯瞰映像を構築する。

 敵の数は8体。

 『ゴーレム』という名称が頭に浮かぶ。

 メンバーの誰かが、そのようにイメージしたため、共有されたのだ。

 確かに、巨人は岩でできているように見える。

 岩でできた巨人は、我々のイメージするゴーレムの姿だ。

 トール級と遭遇した場合はどのようにすべきか。

 間違いなく、『逃げる』を選択すべきである。

 このようなモンスターと戦闘すること自体、誤った判断だと言えるだろう。

「うわああああ」

「どうすりゃいいんだ!」

 男たちの怒号が飛び交う。

 『コスモス』内では、現実世界の言語の違いは吸収される。

 どの国の人間であっても、他者の言葉は母国語として理解されるのだ。

 この100人を超える冒険者は、他の国のダイバーだろう。

 おそらく各国に出現したカテゴリ3のゲートに突入したのではないか。

「無理だ!」

「逃げろ!」

 正しい選択だ。

 しかし、チーム・ガーランドを含む、この場所の冒険者たちは、完全にゴーレムに囲まれていた。

 一体のゴーレムが腕を振りかぶって、地面に叩きつけた。

 その動きは、巨体からは想像できないほど俊敏だ。

 一歩の歩幅が大きいため、逃げる冒険者との距離が一瞬で詰まる。

 その巨体の動きは侮れず、攻撃は広範囲に及んでいる。

 直撃でなくても、近くにいた冒険者が転倒して、地面を転がった。

「ああああああ」

 すぐに仲間らしき男たちが救出する。

「強制エキジットだ!」

 どこかのパーティのリーダーらしき男が叫んだ。

 確実に負ける相手である。やむを得ない判断だろう。

「だめだ!」

 別のパーティの男が叫ぶ。

「強力な結界!」

 断片的な言葉が飛び交う。

 この近辺に結界が張られており、強制エキジットが受け付けられないということだろう。

 そのような広範囲にわたる結界など、にわかには信じられないが、いまはそれを考えている場合ではなかった。

 ホリーは、メンバー全員の防御以外の演算リソースを、一瞬だけ状況整理に使用した。

 約1秒の間に、56億回計算を実行したが、すべての答えは脱出不可能というものであった。

 接敵した、モンスターの能力。

 フィールドの状況。

 すべてが不利だ。

 この結果はローレルに共有されている。

「お役人によ!」

 ローレルが巨人の位置関係を再確認しながら叫ぶ。

「好き勝手されなくなったってことだな!」

「そういうことね!」

 ローレルに応えるように、アスターも叫ぶ。

 彼女のフリルドレスは、まったくもってこの戦場に似つかわしくないものだったが、彼女の実力を知っていれば、そんなことなど気にならない。

「あー!」

 サンが大声を上げた。

「トイレいっておいて良かった!」

 冗談でも何でもなくて、彼女の本音だった。

 全員の心が軽くなる。

 現実世界の肉体が持つ、尿意や空腹などは、『コスモス』の活動には直接影響しない。

 ようするに、現実の世界での体が空腹状態であっても、『コスモス』内部ではまた別の体内活動があるのだ。

 しかし、そのような“うれい”を持っていた場合、パフォーマンスに影響が発生すると、チーム・ガーランドのメンバーは感じていた。

 サンの素直な感想に、ローレルが笑い出す。

「まったくだな!」

 リュートを構えながら叫んだ。

 サン、ストーム、アスターの戦闘行動、あるいは作戦立案は、すべてホリーが吸収して、ローレルがジャッジする。

 チーム・ガーランドのソウルコネクトは、そのような仕組みとなっている。

 これというのも、彼らが魂レベルでの相性の良さを感じていることと、ホリーの莫大なマナがあってこそ実現されている。

 魔力などと表現されることの多いマナではあるが、数値化することは難しい。

 同じ攻撃魔法を使用しても、その消費には大きなばらつきがあると思われている。

 それは術者に疲労という形で現れるのだ。

 また、魔道士は、物理攻撃が不可能というわけでもない。

 だが、彼らは、そのような肉体による攻撃行動によって消費される体力を、精神力や集中力の維持に使用したいと考えている。

 だから敢えて武器を持った攻撃は控えているのだ。


じゃららん♪


 ローレルがストロークで弦を震わせる。

 メンバー全員に疲労軽減の効果が現れる。

 これは、ファイターにとってスタミナの持続を、キャスターにとっては、魔法攻撃による疲労低減=使用可能回数の増加を意味する。

 ホリーの強化魔法が発動する。

 全員の物理、魔法に対する耐性が増す。

 すかさず、もういちどローレルが弦を鳴らす。

 ホリーの強化魔法の効果が、数十倍にも膨れ上がった気がする。

 数値化できないため正確な比較は難しいが、通常であれば致命傷となるはずの大ダメージが、微かな衝撃程度にしか感じられないレベルにまで軽減されているのだ。

 これがバッファーの能力だ。

 戦闘実行要員がひとり減る代わりに、メンバー全員の能力が何倍にも膨れ上がる。

 どちらのほうが戦闘に有利か、誰の目から見ても明らかであろう。

 ストームが、体内を巡る風のイメージを持つ。

 彼から、攻撃開始の意思が伝わったが、ローレルは却下する。

 この状態で、短期決戦を許可することはできない。

 どれだけ、相手の攻撃をかわせるか。スタミナの消費をどれだけ抑えられるか。

 勝負だ。

 逃げ惑い、悲鳴を上げる冒険者たちに向かって、ローレルが叫ぶ。

「チーム・ガーランド!!!!!」

 彼の声が届く距離のパーティが、明らかにこちらに注目する。

「チーム・ガーランド?」

「あいつらか」

「子供がいるぞ」

「やつらか」

 声が聞こえる。

「やるしかない!」

 ストームが叫んだ。

 さすがカテゴリ3に挑むため、各国から送り込まれた精鋭と言ったところか。

 瞬間的に、ある程度の冷静さを取り戻していた。

 ゴーレムの動きを予測しながら、適度な距離で近づいてくる。

「勝てるか?」

 誰かが叫んだ。

「絶望的だ!」

 正直にローレルが叫び返す。

「どうする?」

 別の男が叫んだ。

「俺たちにあって、あいつらにないもの」

 また別の男が叫んだ。

「脳みそだな……」

 そう叫びながらローレルがにやりと笑った。

 それを合図に、各パーティがフォーメーションを取る。

 勝てるとは言えない。

 しかし、反撃開始だ。

 ソーンが空高くに禍々(まがまが)しいデザインの短剣を放り投げては、キャッチする。

 逆手さかて持ちだ。彼女が得意とする戦闘スタイルである。

「ストーム!」

 ソーンが叫ぶ。

「チーーーーーーーム・ガぁーーランドぉーーーーーー」

「「「「「団結ユニティ!!!!!!!!」」」」」

 100人を超える冒険者は見た。

 そのパーティの中に光り輝くマナの力を。

 マナ、それは単純に魔力を表すものではない。

 マナ、それは生命の根源。

 この世界を構成する、命の輝きである。

団結ユニティーーーーーーー!!」

 どこかのパーティの屈強な戦士が叫んだ。

 ヘヴィアーマー姿のその男は、頭上にウォーハンマーを掲げる。

団結ユニティ!」

団結ユニティーー!!!!」

 あちこちで雄叫びが上がる。

 それはただ場の空気に合わせただけ、恐怖を打ち消すために強がっただけのものではない。

 この逆境を、本気でなんとかしようとする意思の決意表明だ。

 その瞬間、彼らはまたもや見る。

 先頭に立つ少女から放たれる黄金の輝きを。

 ――それは太陽の温かさ。

 道着の少年から吹き出す風を。

 ――それは嵐の雄々しさ。

 ドレス姿の女からあふれ出す神秘の炎を。

 ――それは静かな夜の優しさ。

 黒いメイド服の幼女から薫る甘いささやきを。

 ――それは寄り添うイバラの影。

 リュートを持つ赤い髪の男から流れるメロディを。

 ――それは包み込む悠久の調べ。

 そして、彼らの中心に立つ、ブレストプレートを装備し、メイスを持つ長い髪の男。

 ……あれは、なんだ?

 彼の持つイメージは、萌え出ずる若草。

 そして、それをしとしとと濡らす雨。

 リュートの男が旅人に、木陰という休憩場所を提供する優しい木であるのならば、このメイスの男は、枝を空一杯に広げて、世界を覆い尽くそうとする異形の樹木……

 いや。いまはそんなことはどうでもいい。

 確かなことは、チーム・ガーランドが、ここに集ったすべての冒険者に対して、強いBUFF(能力上昇効果)を与えた事実だ。

 バッファー(吟遊詩人ぎんゆうしじんローレル)によって、その効果が何十倍にも上昇したBUFFを初めて感じた冒険者は、そのあまりにも強い万能感に、自分が英雄になったかのような錯覚に陥るほどだ。

 しかし、彼らは知らない。

 本来BUFF効果は、パーティメンバー以外を対象とするものではないことを。

「長期戦になるぞ。スタミナ管理を怠るな」

 ローレルが叫ぶ。

「ヒーラー(僧侶、神官などの治癒師)は、疲労軽減に集中。タンクはヒーラーを徹底的に守れ!」

「HoTは意味ないな」

 どこの誰とも知らない筋肉男がローレルに言う。

「ああ、当たったら……」

 ローレルがその男に笑う。

「当たったら、即終了だ」

 男もローレルに笑顔で返した。

 そうこうしている間も、巨大なゴーレムたちは、冒険者を追いかけ、踏み潰そうとしたり、殴り飛ばそうとしてくる。

 わずかな救いは、奴らが遠距離攻撃をしてこないことだ。


ドドーン!


 ガーランドメンバーの前方に、一体のゴーレムが飛び込んできた。

 その大きな体から、勝手なイメージを持ってはいけない。やつらは俊敏性も兼ね備えている。

「ぐわあー」

 冒険者の数人が、直撃は免れたものの、その振動で吹き飛ばされる。

 チーム・ガーランドの位置から、距離は近いとは言えない。

 しかし!

 膝立ちの姿勢から、立ち上がろうとしたゴーレムの動きが、一瞬停止する。

 それは、またたきするほどの刹那せつな

 ゴーレムに意識があるとするのであれば、自分の身になにがおこったかも理解できないだろう。

 それは、ほんの一瞬だけ、対象の意識と肉体運動を途切れさせる魔法、【スタン】が成功した証であった。


『入った!』

 アスターが心の中でそう読む。

 無防備であると見える瞬間に三度試みていたが、すべて失敗(効果無し)。

 だが、四度目にして、トール級モンスターの動きを、60分の1秒だけ停止することに成功したのだ。

 これは敵が完全魔法耐性を持っていないことを解き明かした瞬間であり、


ガキン!


 気合いの声を上げる間もなく、離れた位置にいるゴーレムに、ストームの蹴りが炸裂していた。

 なぜこのような動きが可能なのか、説明できない。

 魔法の効果が発動すると読んで飛んでいたのか。

 アスターが指定した座標へ、魔法の発動と同じ速度で!?

 ガーランドメンバーが、『よし』と心の中で喜んだ時間は、さらに短い。

 彼らは、自分たちを取り囲む、巨大モンスターに完全魔法耐性がないことと、物理ダメージが通ることを証明した。

 絶望的ではあるが、勝機はある!

 ストームはすでにチームメンバーのもとに戻っていた。

 次の機会を逃さぬよう、集中している。

 この、高い集中力こそが、格闘家の資質。

 立ち上がり、次の攻撃を繰り出そうと構えたゴーレムの胸付近に、なんらかのエフェクトが見えた。

 ブンという鈍い音を立てて、そのもや、あるいは光は、ゴーレムの中に染みこんでいく。

 ローレルの呪歌じゅかが成功したことを意味していた。

 それは、敵の魔法耐性を下げる効果。

 おそらく、ガーランドメンバーを除く、この場所の100人を超える冒険者の誰ひとりとして見たことのないものだろう。

 そもそもバッファーの存在自体が希少なのだから。

 いま、ゴーレムに入り込んだその歌は、【免疫破壊】。

 ゴーレムとの能力差を考えたら、その効果時間はわずかだろう。

「レジスト率ダウン!!」

 ホリーがそう叫ぶと、さすがに歴戦の強者つわものたちだ、すぐに察して、魔道士が詠唱を完了する。

「炎よあれ!」

「その力を見せよ!」

「退魔顕現!」

 一部の魔道士は、魔法の呪文を、天使、あるいは悪魔の言語であると考えている。

 きまぐれな天使が人間にささやいた言葉、それが呪文であるとの考えだ。

 超高位の存在である彼らの力は絶大で、言葉にしただけで自然界(物質世界=マテリアルプレーン)に影響を与えるという。

 それこそが魔法の正体であるという結論だ。

 ゴーレムに次々と魔法効果が現れる。

 体の表面を焦がす、小さな爆発、小さな炎。

 リジェネレイトがあれば、瞬間に回復する程度だ。

 しかし、人間の技が通用する。

 その事実は、100人の猛者もさの心に炎を灯した。

 他の魔道士よりも、長い呪文詠唱をしていた魔道士の詠唱が完了した。

 その技は……

「猛毒!!」

 ゴーレムの巨体のごくわずかな表面に、高い粘度を持つように見える緑色の液体が浮かぶ。

 そして、体内に吸収された。

 DoT攻撃である。

 それはじわじわと敵の体力を奪うもの。

 本来であれば、判断力低下という追加効果もあるものだが、さすがにそれはレジストされた(発動しなかった)。

 仮に発動したとしても、この岩巨人が自我を持って自律行動しているとは考えにくい。

 意思を持った肉体であれば、反射反応があるだろう。

 しかし、召喚サモンではなく、創造クリエイトされた存在であれば、術者のプログラムしたとおりに動いている可能性が高い。

 『いい判断だ』

 DoT攻撃を見た、ローレルの感想が、ホリーを通じてガーランドメンバーに伝わる。

「まさか、こんな大勢の前で披露することになるなんてね」

 相手の魔法耐性について探りを入れていたアスターが、そう呟く。

 ふだんは腰に吊り下げ、マントで隠している魔具を彼女は取り出した。

 それはアンティークデザインのランタン。

 中には、ろうそくも、油の受け皿もない。からっぽだった。

 アスターは、そのランタンを敵に向けると、取っ手から手を離した。

 ランタンが、ふわりと空中に浮かび、アスターを追従しはじめる。

 100人の冒険者の中で、いまそれに注目するものはいない。

 それどころの状況ではないからだ。

 しかし、魔道の力を有するものは、チーム・ガーランドの、派手なドレスを身にまとったキャスターから溢れる、膨大な魔力を感じていた。

 知的好奇心がくすぐられる。

 だが、いまは目前にある問題の対処が優先だ。

 なによりも、歴戦の魔道士にとって、その魔力の奔流は心強いものに感じられたのだ。


ぼとり……


 ゴーレムの足元に、岩が落ちる。

 その後、大小の岩が音を立ててつづく。

 ストームが付けたほんの小さな傷が、いまや大穴となって、ゴーレムに脅威を与える。

 『コスモス』にダイブした人類が、記録にある限り、はじめてトール級に与えた大ダメージであった。


どーん!

どーん!


 2体のゴーレムが、同時に飛び上がり、着地と同時に大きく地面を揺らす。

 複数の冒険者は立っていることができず、その場に倒れる。

 最後まで、自分のパーティのヒーラーを防御しようとしていたタンクたちであったが、その瞬間までは無理だった。

 ヒーラーが転倒し、防御効果とHoT効果の途切れた冒険者が大ダメージを受ける。

「ぐっ」

 地面に叩きつけられた男たちが、それぞれ痛みを感じる箇所を押さえる。

 しかし、ぎりぎりのところで失神は免れていた。

 そのとき、まるで地面を水が這ってきたかのように、傷を負った冒険者のもとに癒やしの力が伝わり、発動する。

 自分たちのパーティのヒーラーは、まだ通常状態に戻っていない。

 ならば、これは?


 ホリーは、停止した世界の中にいた。

 いや、わずかではあるが動いている?

 いま、彼は、他者の1秒を、体感時間にして約177年として認識している。

 脳内を駆ける電気信号を越えた速度で世界を認識する。

 大規模な並列処理を実行することのできる魔道士でも到達できない領域だ。

 簡単なことではない。

 ふつうの人間であれば、正気を失う体験だ。

 頬に伝わる風、仲間の息づかい、心臓の鼓動。

 すべてが停止している。

 だが、彼はそんな世界で戦っていた。

 自分自身の魔力によって包まれた肉体。

 それは、粒子加速器であった……


 傷ついた冒険者のもとに、地面を這って回復の力が届く。

 それだけではない。

 その力に連れられて、ローレルの発動させている強力なBUFF効果も伝わった。

 思考力アップ。

 筋力アップ。

 俊敏力アップ。

 防御力アップ。

 魔法耐性アップ。

 冒険者たちの能力は、自分ひとりの状態に比べて、いまや数百倍に膨れ上がっていた。

 勝てるとは言えない。

 しかし、反撃ののろしは上がっていた。

『グリモア!!!!!!』

 音もない静止した世界の中で、ホリーが叫んだ。

 口の筋肉が重い。

 呼吸も困難だ。

 自律神経が働いていないと錯覚してしまう。

 物理的な痛みはない。

 しかし、彼の心は、一瞬で塩の柱になってしまうほどの苦痛に耐えていた。

 意識の世界にいるホリーの目の前に、分厚い本が現れた。

 勝手に本が開き、ページがめくられる。

 文字が書いてあるのかないのか、それすら判断できない。

 しかし、ホリーには、そこに記されているものが理解できる。

 それはルールブック。

 世界のことわり……

 魔法感知に長けていないものであっても、チーム・ガーランドの中心にいる、治癒師の体から、信じられないほどの魔力の放出を感じていた。

 いや、見えた。

 それは錯覚なのかもしれない。

 しかし、治癒師の体は、まばゆい光となって、それが足元から広がっていく。

 100人を越える冒険者、全員の体が光に包まれていた。


「GGGGGGGGGGGGGGGGGGGGG!」

 アスターが叫ぶ。

 超自然の力が、彼女の周りに渦巻く。

「LLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLL!」

 彼女の叫びはつづく。

「ZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZ!」

 ダメだ。子音ばかりで、通常の人間(の喉)では発音不可能だ。

 そのような“音”を彼女が発する。

 しかしそれは神代かみよにあった、超古代語。

 それは、ギガース族を討ち滅ぼすため、超越者によって与えられたとされる言語。

 まさに、いまの状況にぴったりではないか。

 彼女の胸の前に浮遊する、アンティークデザインのランタン内部に、光が灯る。

 誰もそんなもの気にする余裕はない。

 しかし、よく目をこらすと、その光は……『地球』。

 にぎり拳以下のサイズに圧縮された地球から、恐るべき魔法エネルギーが放出した。

 ローレルの、魔法耐性低下効果の呪歌じゅか発動を狙い、アスターの攻撃魔法が炸裂した。

「シュタレ!!」「フラム!!」

 彼女の美しい喉が、ふたつの言葉を同時に発音した。

 高位魔道士が使用する【かさねがけ】である。

 魔道士にとって、いま彼女が使用したふたつの魔法は、どちらも基本的なものであり、珍しいものではない。

 魔道士は、誰もが、例えるならば、違うアーキテクチャで動作している。

 つまり、全く同じ魔法は存在しないのだが、体系的に同じ効果を狙うものは理解できる。

 そのようなことから、いま彼女が実行した魔法は、魔道士にとっては基礎中の基礎と呼べるものであることが理解できたのだ。

 しかし、その威力は文字通り桁違いなものだった。

 手負いのゴーレムの動きを、ごくわずかな瞬間停止させたアスターの【シュタレ】の隙を突き、岩巨人の腹部分に開いた穴に、【フラム】が炸裂した。

 本来であれば、ショート級に、激しい衝撃、あるいはやけどを負わせる程度の炎の魔法は、この場の冒険者たちに戦慄を覚えさせた。


ドゴーン!


 音が後から着いてきた。

 まばゆい光! 熱波!

 炎だと? いやこれは、

「これは、まるで“質量エネルギーの解放”ではないか……!」

 魔道士のひとりが、思わず呟いた。

 もし、この魔法が、自分の【火球】と同等のマナ消費、詠唱時間キャストタイムで使用されていたとしたら……

 それ以上考えることはやめた。

 一流の魔道士らしい並列処理だ。

 いまは脳裏の隅に、その疑問タスクを追いやる。

 アスターの攻撃を受けたゴーレムは、その場で膝から崩れ落ちる。

 停止させられたわけではない。

 しかし、戦闘を続行不可能にまで追い込めたのだ。

「よし!」

 とっさに、ハンマー系の武器を装備するファイターが、数人飛びかかり、ゴーレムの足を攻撃した。

 これで動けなくなるはずだ。

「次いくぞー!」

 どこかのパーティのリーダーらしき男が叫んだ。

「よしッ!」

 ローレルの瞳が赤く輝いた。

 遭遇しただけで絶望を感じるモンスターが、残り7体!





「サポート班からの応答は!?」

 急造管制室に、真田さなだ隊長の声が響く。

「応答あり! そ、それが……」

「なんだ?」

「未知の力に阻まれ、チーム・ガーランドに接近不可とのこと」

「未知の力だと?」

 真田さなだは思わず立ち上がった。

「このようなことははじめてであるとのことです!」

 ふだんであれば、数秒から1分程度で帰還するチーム・ガーランドが、3分たっても戻ってこない。

 まず間違いなく、何らかのトラブルに見舞われたのだろう。

 いま、彼らを失うことは、なんとしても避けたかった。

 また、ショッピングモールのエントランスにある巨大ゲートも、かつてない反応を示している。

 電気信号の波形、発光パターン、どれもデータにないものだ。

 管制室は怒鳴り声が飛び交っていた。

「状況報告せよ!」

「いますぐ素粒子解析班を!」

 真田さなだの机の上には、六つの無線電話が置かれている。

 そのうちのひとつが鳴った。

真田さなだ!」

 電話の着信ボタンを押すと、彼は自分の名を名乗った。

 着信者として、防衛省インテリジェンスチームと表示されていた。

DITデー・アイ・テー1」

 声が聞こえる。

DITデー・アイ・テー、送れ!」

 真田さなだが通話を許可すると、電話口の向こうから男の声が聞こえた。

真田さなださん、いま各国の『コスモス』担当部署が大騒ぎになっている」

「まさか?」

「そのまさか、カテゴリ3だよ」

 全世界20カ所ほどに、カテゴリ3ゲートが同時出現したという報告は受けていた。

 そのゲートに対して、各国は精鋭を送り込んでいる。

 それをインテリジェンスチームが連絡してきたと言うことは、つまり自分たちと同じ状況が各国で発生していると、そのように考えるのが順当であろう。

「どうする?」

 電話の向こうの男が言う。

「うちもいま手が離せない。続けてくれ、特に『エキジット』について」

「ああ、わかった」

「副司令には?」

 真田さなだが問いかける。

「別口の連絡が入っているはずだ」

「分かった。切るぞ。いざとなったら、俺か豊臣とよとみさんのどちらかが“スイッチを押す”さ」

「やっかいな役を押しつけられたな」

 そう言って電話は切れた。

「それが俺のビジネスだ……」





 同時刻。

 モール内シネコンの、メインシアター内。

 管理局の責任者たちが、技術スタッフからデータを受け取り、さらなる指示をしていた。

 スクリーンには、先ほどまで、巨大モンスターと戦う、チーム・ガーランドの姿が、静止画として表示されていた。

 いまは消えてしまっている。

 おそらく、結界に阻まれて近づけないと報告してきたサポートダイバーのひとりが捉えた一瞬の映像だったのだろう。

 そうであるのならば、再現映像以外で、内部で活動している冒険者の姿を表示した初のものとなる。

 確かに彼らの姿は、現実の見かけとは違い、鎧やマント姿であり、髪の色、瞳の色など、大きな違いが現れていた。

 豊臣とよとみは、映画館の赤い席に座り、静かに腕組みをしていた。

 先ほど、他国でも同様の混乱が発生しているとの連絡が入った。

 確かに、『コスモス』の開拓、調査は、いまや現実のインフラ整備以上の理由を持つ。

 彼の地から持ち帰られた技術によって、エネルギー問題の解消や、あるいは、個人が国家と同等の戦力を持つことすら考えられるからである。

 信じている……と、いうほどの関係性ではない。

 むしろ険悪であるさえ言える。

 しかし、豊臣とよとみは、武人としてチーム・ガーランドの実力を認めていた。

 あの、幼い少年少女たちが、人類の希望となるのだ。

 いや、もとより、少年少女は人類の希望ではなかったか。

 なぜ、いつ、忘れていたのか。

 仕事の忙しさにかまけて、あるいは社会という大人の世界に飲まれて、そんな当たり前のことを見失っていたとは。

 いや、まだ終わらんよ……

 豊臣とよとみは、ここで待つしかできなかった。

 それが責任者のビジネスだ。





ドゴーン!


 地面が揺れ、土煙が高く舞い上がる。

 もともと荒れ地ではあったが、いまは、大小のクレーターがあちこちに空き、大きなひび割れさえある。

「はぁはぁ」

 ストームが膝をついて呼吸を荒げている。

 近接攻撃メレー型の宿命とは言え、小学生の彼は、まだスタミナ温存については未熟と言わざるを得ないだろう。

 ホリーから受けるスタミナアップ、スタミナ消費軽減の効果を受けながらも、瞬間的にそれを使い切り、息を上げる。

 しかし、そんな爆発的威力を誇る彼のヒットアンドウェイは、少しずつではあるが、確実にモンスターにダメージを与えていた。

 何日だ? 14日だ!

 自分の疑問に対して、すぐに自分が答える。

 ホリーという人間演算器と繋がることによって、自分の中に何人もの自分がいる感覚が生まれていた。

 ただの並列処理ではない。

 平面ではない、立体的な広がりを感じる。

 そんな意識覚醒の効果がかかっているとはいえ14日間、緊張し続けの冒険者たちは、もはや限界を超えていた。

 約1/3の人数が戦闘不能に陥っている。

 光となった彼らの肉体は、しばらくそこにとどまっていたが、やがては大地に吸収されるように吸い込まれていく。

 これが、この世界で活動限界を迎えるということだ。

 現実の肉体にダメージがあるわけではない。

 しかし、二度とこの世界に足を踏み入れることができなくなるというペナルティが科される。

 ダイブ能力が無くなるわけではないというのに、この世界への侵入を拒否されるのだ。

 誰から?

 それは、『コスモス』に、としか言い様がない。

 あるいは、『コスモス』に管理者がいるとするのならば、それにであろうか。

 いずれにせよ、『わからない』が答えだ。

 また追放による肉体へのダメージも、いまは発見されていないだけで、将来的にはなにかあるかもしれない。

 それほど『コスモス』はまだ未知数なのであった。


 残りのゴーレムは、3体。

 100人の凄腕冒険者が、飲まず食わず、休まずの戦闘を14日続け、5体のトール級モンスターを討ち取っていた。

 『でかした』と言いたい。

 『大金星』と言って間違いない。

 しかし状況は変わらず、絶望的だ。

 一瞬でも気を緩めれば、岩巨人の攻撃を受け、あっというまに戦闘不能となってしまうことだろう。

 ひとまず先に現実世界に帰還した1/3の冒険者たちも、気を緩めていたわけではない。

 己の限界を超えて戦い、それでも倒されてしまったのだ。


バシュ!!


 なに?

 3体のゴーレムが、拳の部分を射出した。


どーん!!


 6個の投石が、一気に複数の冒険者を戦闘不能にさせた。

 遠距離攻撃を……、持っていた?

 氷のように冷静なアスターが焦りを見せた。

 完全なる油断である。

 なぜやつらに遠距離攻撃がないと思い込んでいたのか。

 悔やんでも遅い。

 見ると、離れた場所にソーンが倒れていた。

 よろよろと起き上がるが、黒いメイド服の幼女は、もはや満身創痍まんしんそういである。

 メレーのヒットアンドウェイ。あるいはキャスターの魔法攻撃着弾成功には、スカウトなどサポートクラスの活躍があったからこそだった。

 もとより、彼らの主に得意とする短剣は、岩相手には最悪の相性と言えるものであり、ダメージソースになり得ない。

 しかし、モンスターの注意を逸らし、運動能力低下、視界や索敵能力を朦朧とさせる効果を発動させ、その更新を担当していた。

 それらは、スキルの追加効果として発動するものであり、あきらかな格上モンスターに対しては、何百回、何千回の施行の末に成功するものである。

 ソーンのようなサポートクラスは、そのような地道な努力を不平不満など一切こぼすこと無く積み上げていたのだ。

 まさに職人と言われるクラスである。

 先ほどの、己の拳を発射するというゴーレムの投石攻撃も、彼らの一瞬の判断により、軌道が逸らされていた。

 タンクの防御によって唯一戦闘不能を免れたであろうヒーラーが、倒れた仲間の前でなんらかの能力を使用した。

 まるで自分のすべてを燃やし尽くすような金色の光に包まれていたが、やがて、その場に倒れる。

 何人ものヒーラーが、同じ動作をして、同じように倒れて動かなくなった。

 高位ヒーラーであれば、その意味が理解できる。

 それは、この世界でもっとも愚かな行為といえるが、ホリーは、その高潔な精神に、魂を揺さぶられる思いがした。


「上出来じゃねぇか」

 混戦の中、何度か聞いたような、どこかのパーティのリーダーらしき人物の声。

 たしかにそのとおりだ。

 カテゴリ3に突入して、はじめて遭遇したトール級モンスターを5体撃破。

 これは、伝説の英雄として語り継がれてもおかしくない偉業である。

 しかし、冒険者たちの疲労はピークに達している。

 特に、ヒーラーが深刻だ。

 基本値の数百倍もの能力が発動しているにもかかわらず、癒やしの力が弱まっている。

 彼らの基本値が低下していることが原因だ。

 彼らの超常の力は、信仰心を原点としている。

 つまりは、自らの守護神への疑いは、能力の低下を招く。

 0に100や1000をかけても0のように、彼らの迷いは、彼ら自身の力を失わせるのだ。

 それもしかたのないことに思える。

 14日間、飲まず食わず休まず、ぎりぎりの戦闘を続けてきたのだ。

 なぜ自分にこのような境遇にあわなければならないのかという悲嘆に暮れる気持ちは充分理解できる。

 それが、彼らの信仰心低下の原因だ。


 残り3体。

 ホリーは覚悟を決めた。

 これは最後の一体の、トドメ用として温存していたものだ。

 しかし、もうそんな猶予はない。

 いま、この瞬間を乗り越えなければ、最後の1体だなんて言っていられない。

 ソウルコネクトで、ホリーは、ローレルに、これからの行動趣旨を送る。

 即否認された。

 細部を変更して再申請する。

 即否認。

 またもや修正して申請。

 否認。

 やりとりがつづく。


「くじけないで!!」

 中学生の少女が叫ぶ。

 その叫びは、まわりの屈強な男たちの心に染みわたる。

 彼女は疲労困憊ひろうこんぱいの右手を天に掲げた。

 持ち上げられた腕には、しっかりと片手剣が握られている。

 その剣先から、いくつもの光の輪が辺りに広がっていく。

 タンクという役割を与えられる、防御型ファイターの中でも、サンは大盾を使用するプロテクションというスタイル(型)を使用する。

 しかし、それは彼女が好んで使用するスタイルであり、彼女本来の資質は別にある。

 彼女の持つ盾の防御、およびその盾が発動する奇跡の力は、彼女の体から湧き上がる力によるもので、彼女自身は、超常の力を、時に攻撃力に、時に防御力に振り分けて使用する、サイキックファイターなのである。

 いま、サンの持つ剣の切っ先から発せられた超能力は、範囲内の人の精神に影響するスキル、【マジェスティック】だ。

 それは、受けた者の防御力を上げる効果とともに、人々の心に勇気を与えると言われるスキルである。

 冒険者たちは、まるで太陽に見守られているかのような暖かい気持ちに包まれる。

 それは同時に、けっして目の前の困難から目を逸らさない、荘厳なる魂を呼び覚ますものだった。

 彼女の鎧、そしてヒーターシールドに施されたひまわりの意匠が、彼らを応援してくれているように感じる。

 猛獣さえ裸足で逃げ出すような、いかつい顔の冒険者たちは、一瞬でサンの虜になってしまっていた。

『この娘を泣かす男がいたら、絶対に許さないぞ!』

 まるで父親になったような気持ちだ。


 打って変わって、ストームは、次の一撃に向けて、呼吸を整えていた。

 体内を駆け巡る風。それは血の巡り。それは生命力の流れ。

 戦いは、一対多数が当たり前という格闘家にとって、サンのように誰かを奮い立たせるようなスキルも気持ちもない。

 恐怖や絶望。そんな感情、人間なら持っていて当たり前。

 逃げたい人は逃げればいい。やめたい人はやめればいい。それを笑ったりなんてしない。

 それが人間のあるがままの姿だ。

 しかし、自分の中に吹く闘志の風は止むことがない。

 すべての力が枯れるときまで、この風は吹き続け、種を遠い世界に送るだろう。

 ただひとつの信念を拳に乗せる。

 それが格闘型ファイターだ。


 3体のゴーレムが同時に動く。

 やはり同一のプログラムによる制御を受けていたのか。

 いままで各個撃破スタイルだったものを、同期型に変えて攻撃を開始したのだ。

 ゴーレムは、クリエイトマジックと呼ばれる高位魔法によって創造された魔法人形マギ・ドロイドであり、術者によるプログラム制御を受けている。

 そのため、人間の魂の連携とは事情が異なるとはいえ、モンスター側にも『ソウルコネクト』に類似した、高度な意識共有ネットワークが存在する可能性が高まった。

 残った腕をこちらに向けて、発射態勢に入る。

 6連続の大ダメージ攻撃。

 各パーティは防御を最大限にまで上げながら回避行動を取る。

 そうだ。人間の持つ防御力を最大限に上げたところで、当たれば終わりの攻撃だ。

 かわすほかない。

 しかし……

『しまった!!』

 なんと愚かであろうか。

 超加速した意識の中で、アスターはまたしても自分を悔いた。

『前回は、あまり役に立てなかったと反省していたところよ』

 自分の言葉が自分に突き刺さる。

 なぜ、投石の同時発射数が、左右の腕、計6発と思い込んでいたのか。

 彼女は、魔道士として、敵の戦力を判断した上で作戦を立案する。

 そのために、3体の体、左右の腕、計6発と決めつけて対処と攻撃方法を考えてしまっていたのだ。

 そんなアスターが、これまで窮地を乗り越えてこられたのは、なによりも仲間との連携があったことと、そして、彼女自身の持つ、世界で一番といえる才能があったからだ。

 あまりにも圧倒的な力は、時に慢心していたとしても、それさえもカバーできてしまう。

 世界最高峰のマナを持ってしまったこと。

 それこそが、アスターの弱点だと言える。


 ゴーレムは、左右の腕を複数個に分離させて、発射した。

 まるで徹甲弾を使った散弾だ。

 それぞれの岩の持つ運動能力は、ギガジュールに達するだろう。

 アスターの瞳が輝く。

『解析!』

 アスターの拾い上げた情報がホリーに流れ、彼の演算能力を使用する。

 発射された岩の数は36。

 今度はその岩の追尾をホリーに丸投げする。

 なんと全弾追尾可能だった。

 さすがである。

 そして、ホリーの処理した内容を受け取ったローレルから、対処法一覧が送られてくる。

 アスターは、自分の魔法威力と発動速度を計算して、ブラッシュアップした案をローレルにフィードバックする。

 承認!

 彼女が計算した、自分で受け持つことのできる岩の数は……

 24!

『これなら!』

 アスターの魔具であるランタンが、彼女の瞳と同じように激しい光を放つ。

『前回は、あまり役に立てなかったと反省していたところよ』

『前回の至らなさを挽回できるわね』

 目の前にいる、過去の自分にそう言い返した。

 意識の並列化。これこそが魔道士の極意。

 自分の前に何人もの自分がいる。

 自分の後ろにも自分がいる。

 上にも、下にも、横にも。無数に。

 そのすべての自分が同じ問題に対処する。

 それは、まばたきよりも遙かに短い時間。刹那。すなわち60分の1秒。

 自信の能力により、さらに、その60分の1。

 強化魔法により、さらにその60分の1。

 彼女は、紅茶の湯気を眺める感覚で、216,000fpsの世界を眺めている。

 この間、岩が移動した距離は、約6.3ミリメートル。

 ちょっと時間をかけすぎてしまった。

 ゴーレムの発射した岩が近づく。

 そのとき、ホリーの出していた作戦申請に対して、ようやくローレルの承認がおりた。

 同時に、ホリーのマナが、地下数キロメートルまでに広がった。

 それは、まるで根のようであった。

『行くぞ、みんな! 世界が持つ自然の力を吸い上げる!!』

 光の速度を超えている。

 離れた場所にいる、ソーンにまでその力は伝わっていた。

『デッドリー!』

 チーム・ガーランドのメンバーに、ソーンの気合いが届いた。

 それは、彼女の持つ攻撃スキル。

 一点突破を可能にする技。

 ソーンは、アスターがロックオンした24以外の、たったひとつの岩に集中した。

 短剣は、岩とは相性最悪の武器だ。

 しかし、ソーンの持つ魔剣『皇太子の爪』が、彼女の気合いに呼応するかのように黒いオーラを吹き出す。

『ブローーーーーーーーー!!!!!!!!!!!』

 ソーンの、まさにフィニッシュブローが発動した。

 それは【デッドリーブロー】。

 短剣使いが最初期に習得する技であり、もっとも信頼する一撃であった。

 轟音を置き去りにする速度で近づく岩の塊を、彼女のスキルは的確に捉えた。

 【デッドリーブロー】が、岩を粉々に砕く。

 同時にアスターの魔法が炸裂!!

 ソーンは【スプリント】を使用してすかさず回避する。

 ロックオンした24個の岩。

『フラム!!!』

 それはファイヤボールのように発射される魔法ではない。

 指定したその場所に爆発を発生させる、爆炎魔法だ。

 しかもそれは、局所的な重力場によって爆発エネルギーが完全閉鎖されているため、外部に影響を及ぼさない。

 発動した24の【フラム】も、あたりになんら影響を及ぼすこと無く、岩を蒸発、分子レベルにまで分解した。

 残り11!


『吹けよ嵐! 呼べよ嵐!』

 ストームの打撃が炸裂した。

 跳び蹴り、肘打ち、正拳突き。

 真空竜巻と呼ばれる、ストームのコンビネーション攻撃だった。

 高速で飛来した、11個の岩が粉々になった。

 分解されたその破片は、ストームのまとう嵐に巻かれて、空に昇っていく。

 冒険者たちは、その隙を見逃さない。

 ファイターが、一斉にゴーレムに飛びかかった。

 腕はほぼ無くなっている。

 足を集中して攻撃した。

 もちろん未知のモンスターである。

 足や、あるいは頭を飛ばしてくる可能性だってある。

 しかし、いまの彼らは、ホリーの発動した能力アップにより、通常時における基本能力の数千倍を越えて、さらに高い力を発揮していた。

 攻撃速度を上昇させるBUFF効果、【ヘイスト】については、全員理解している。

 だが、いまはその限界を遙かに超えていると感じる。

 それはまるで、この世界のことわりを無視しているかのように……

 ホリーは、持てる能力を全開で発動させていた。

 それは、大地に広がる地霊アーシアンの力を吸い上げる、禁断の秘技。

『世界樹よ!!!!!!!!!!!』

 ホリーの思念が叫びとなって全員に伝わる。

 それが、ヒーラーとしての彼の真の姿であった。

 信仰によって超常の力であるマナを得るのではなく、自然との対話を通じて超常の力を顕現させる。

 それこそが、彼の治癒師としてのスタイル、『ドルイド』であった。

 それは、世界のことわりに根を張り、浸食し、枝を伸ばし、宇宙を覆う者。

 彼こそが、『世界樹』そのものなのだ。

 この世界の生きとし生けるものが持つ、生命力を最大限に発揮する機関であり、超自然を引き出すインターフェイス、『チャクラ』。

 人は通常、七つのチャクラを持つとされる。

 その七つを回転させることで、冒険者は現実ではあり得ない能力を発揮しているのだ。

 しかし、ドルイドであるホリーは、八つ目のチャクラの存在に気付き、すでに活用している。

 それは、肉体を離れ、足元地下深くにあった。

 世界樹である彼だからこそ発見できたのだろう。

 ホリーの中で八つのチャクラが激しく回転する。

 それは、森羅万象、遍く存在、万物が持つ生命力を極限まで増幅ターボブーストさせる過給機である。

 七つのチャクラを回転させることは、冒険者が持つ能力を最大限発揮させるものだが、八つのチャクラを、しかも高速回転させることは、宇宙をも越える位置に意識を据える行為だ。

 場合によっては、人としての形や、魂の在処ありかを見失いかねない危険な状態である。

 しかし、この危機的状況を打破するため、彼は敢えてその座にくことを決意した。

 いま、彼は本来の彼である、『世界樹』となって、この荒野を支配する。




我に、造化ぞうかぬしは無し……


そは、を形作るもの、

あまね万象ばんしょう五大ごだいなればなり。


つちみずかぜ……

さらには、星辰せいしんのあわいにただよう、エーテルの調べなり。


これこそが、命巡めぐる、華のガーランドほかならず。


しかして、われは……

それらすべてをす、虚空こくうげんなり。


すなわち、ヴォイドほかならず。


ヴォイドむろは、星辰せいしんとばりめくる。

ヴォイドむろは、事象の地平イベントホライゾン青天せいてんきざむ。


ついに、明けの明星みょうじょうは、そのヴォイドむろに、光降あもりなむ。


そは、絶望のふち光華ガーランドにして、

この世のことわりたいする……叛逆はんぎゃくなり!


われこそは、森羅しんら精髄せいずい

われこそは、かたちあるものすべてをべる、現界マテリアルプレーンぬし


われこそは、あまね万象ばんしょうえだばし、

深淵しんえんそこに、る者。

われこそは、天蓋てんがいささえし、万物のおう……

世界樹せかいじゅなればなり!!



 意思を持たないはずのゴーレムが、突然逆上しはじめたように見えた。

 だが、冒険者たちは、とうとうゴーレムの足を破壊し、戦闘継続を不可能にした。

 ひとりの魔道士が、いままで戦闘不可能にしてきた6体のゴーレムの中に自爆コマンドがあることを見抜いた。

『やはり!』

 彼は起き上がれぬゴーレムに魔法をかけた。

 それは、すべての活動を停止させる魔法【ストップ】。

 通常ならほぼ命中(成功)しないその魔法が、いまは格上のモンスターに発動する。

 彼は、いまの魔法命中能力が、自分の限界をはるかに超えていることを感じた。

 自分の基礎能力を考えたなら、今後、どのような学びや気付きがあったとしても、二度とこのレベルに達することはできないだろう。

 しかし、それでよいのだ。

 それが『人間である』ということだからだ。


 他の魔法使いが追従し、6体のゴーレムに【ストップ】がかけられた。

 残り2体のゴーレムが暴れ出す。

 それはもはや論理的な思考のもとの行動ではない。

 怒りに我を見失っているようだ。

 冒険者は大きく後退し、その攻撃を回避した。

 声帯のない岩のモンスターは、うなり声を発することもできない。

『哀れだ……』

 冒険者たちは、自分たちを一瞬で踏み潰す力を持つ巨大モンスターに、哀れみを感じていた。

 だが、その挙動は、獣が雄叫びを上げているように見える。

 2体のゴーレムは、闇雲に暴れ出した。

『こっちだ!!』

 全員の心に、ホリーの声が響く。

 怒りのままに、2体のゴーレムが、チーム・ガーランドに向かって突進した。

『うぉりゃー!』

 ストームの声。

 彼の放った蹴りが、ゴーレムの膝部分を破壊する。

『えいッ!』

 サンの声。

 もう1体のゴーレムに、サンのスキル、【シールドバッシュ】が命中する。

 追加効果、スタンの状態となった。

 ストームに膝を破壊され、転倒しようとするゴーレムの背後に、ソーンが現れる。

『デッドリー…… ブローーーー!!!!』

 ソーンの体内に、無尽蔵のマナが流れ込んでいる。

 七つのチャクラが超速で回転する。

 一回の回転は、宇宙のはじまりから終わりまでのエネルギーに等しい。

 直接ホリーとソウルコネクトされているチーム・ガーランドのメンバーは、いまは銀河の核にも等しいエネルギー炉を持っていることになる。

 スピード、パワー、ディフェンス、すべてを溢れさせても、使い切れない。

 燃費度外視の能力運用が可能だ。

 ソーンのデッドリーブローが炸裂し、ゴーレムは粉々に砕け散った。

『もうマジで無理!』

 黒いメイドは、ストームとサンを抱きかかえると、そのまま【スカーミッシャー】を使用した。

 A点とB点の間の空間をゆがめ、瞬間移動する技である。

 3人は、チーム・ガーランドのもとに移動した。

『回収完了!』

 そのとき、最後のゴーレムが、スタンから回復した。





「まだか?」

 モール内シネコンの、メインシアター内。

 大スクリーンの前で、技術責任者が様々な指示をだしている。

 それを、苦々しく見つめていた、審議官とされる幹部の電話が鳴る。

 上着の内ポケットから電話を出して、着信ボタンを押す。

 相手は真田さなだ隊長であった。

真田さなだです」

「状況は?」

「いまだ帰還せず。サポート班は戻りました」

「うむ」

 チーム・ガーランドがダイブして10分近くが経とうとしている。

 このような長時間のダイブは例を見ない。

「民間人か……」

 そう呟くと、審議官は映画館の椅子に深く身を沈めた。

 小さく息を吐き出すと、電話に向かって事務的に話しはじめる。

「不本意だが、シナリオBへ移行する。ショッピングセンターでガス漏れ事故が発生。買い物を楽しんでいた6人が巻き込まれた……」

 その言葉に真田さなだがつづく。

「……痛ましいことです」

「よし。準備にかかれ」

 電話を切った審議官が立ち上がり、豊臣とよとみのもとに向かう。

 変わらず、豊臣とよとみは腕を組んで静かに座っていた。

「副司令。残念ですが……」

 審議官が声をかけた瞬間、突然大スクリーンが光を放った。


バチバチバチッ!!


 スピーカーがハウリングを起こし、不快な高音が劇場をつんざく。

「シンギュラリティ反応、反転!!」

「逆流パルス、来ます!!」

 ノートPCを覗き込んでいた技術者が叫ぶ。

 全員が、光を放ちだしたスクリーンに注目した。


があああああああああああああああああああああ!!!!


 鼓膜を破ろうかという雄叫び。

 いや、それはスピーカーからの音ではない。

 スクリーンの向こう側にいる“ナニカ”が、直接吠えているのだ。

 スクリーン中央が、内側から押し出されるように盛り上がった。

 限界まで引っ張られたゴムのように、あるいは生物の粘膜のように、白い幕が不自然に伸びる。

 そこから、巨大な顔が飛び出してきた。

 人をまるごと飲み込めるサイズの口と、鋭い無数の牙を持つ。

 それは、冒険者たちが戦っていた、最後のゴーレムだ。

 しかし、『コスモス』内と現実世界では、大きく姿が異なっていた。

 向こうでは岩でできた無機質な巨人であったはずが、現実に飛び出してきたそれは、ヌラヌラと光る鱗に覆われた、爬虫類の頭部を持っていた。

 こちらの物理法則に合わせて、受肉しようとしているのか。

 腕はない。

 そして、頭部だけではなく、体をも、こちらの世界へ出てこようと、身じろぎした。

 メリメリと、スクリーンの枠が歪む音が響く。

「副司令!!!」

 豊臣とよとみと共に防衛省から派遣されてきた制服組が、懐からハンドガンを取り出す。

「くっ」

 豊臣とよとみは、冷や汗を流していたが、鋭い眼光でモンスターをにらみ続けていた。

 その距離、わずか数メートル。

 巨大な顔が、豊臣とよとみの目前にまで迫る。

 生臭い息が吹き付けられる。

 モンスターがその気になれば、その巨大な口に飲み込まれてしまうことだろう。

『逃がすか!!!!』

 その場にいた全員の脳裏に、若い男の声が直接響いた。

 耳ではない。脳が震えるほどの“意志”の力。

「誰だ!?」

 モンスターに銃口を向けながら、審議官が視線を動かし声の主を探す。

 確かに聞こえたのに、この劇場内にはいない。


ぎゃあああああ!!!!


 モンスターが悲鳴を上げた。

 スクリーンから、それは現れた。

 モンスターの頭部を鷲掴みにする、巨大な白い手。

 それは人の手の形をしていたが、純白の光そのもので構成されていた。

 指の一本一本が、大人の胴体ほどもある。

『貴様の居場所はこっちだろ!!』

 白い巨腕が、圧倒的な怪力でモンスターを引き戻す。

 激しい抵抗を見せたが、実体化しかけた爬虫類の頭部は、なす術もなくスクリーンの中へと引きずり込まれていった。


ズン!!


 空気が揺れるような衝撃と共に、光が消える。

 あとには、静寂だけが残された。

 大きなスクリーンは少し揺れているように見えたが、傷も無く、何事も無かったかのように白いままであった。

 呆然とするスタッフや審議官たちの中で、豊臣とよとみだけが、ゆっくりと息を吐き出した。  組んでいた腕を解き、震えそうになる膝を、てのひらで強く押さえつける。

 脳裏に焼き付いているのは、あの神々しくも恐ろしい、巨大な光の腕。

 そして、脳髄を直接震わせた、あの「声」だ。

 間違いない。

 あれは、会議室で自分に対し、一歩も引かずに言い放った、あの青年の声だ。

五月雨さみだれ…… しゅう……」

 豊臣とよとみは、誰にも聞こえない声で、その名を呟いた。

 優秀な人的資源? 希望?

 違う。そんな生やさしい言葉でくくれる存在ではない。

 我々は、とんでもないものを『管理』しようとしていたのではないか。

 あれは、人が触れてよい領域のものなのか。

「……化け物め」

 その言葉には、侮蔑ぶべつではなく、純粋な畏怖だけが込められていた。





 その場から異空間へ逃走しようとしたゴーレムを、ホリーが力任せに引き戻した。

 あまりにも強大な力でひっぱったため、ゴーレムが荒野に転倒する。


どどーん!


 そして、


どーん!


 ゴーレムが、見えない足に踏み潰されたように大地にめり込んだ。

 それは、まるで巨大なホリーが踏みつけたようであった。

 ゴーレムの片足が砕けた。

 ゴーレムは地面にめり込んだ自分の体を持ち上げることもできず、そのままもがいている。

「いくぞ!」

 どこかのパーティリーダーだろう。さきほどから冒険者たちのイニシアチブを取っていたファイターが、ゴーレムに飛びかかり、大槌グレートハンマーを振り下ろした。

 鈍器を装備したファイターが次々に飛びかかる。

「悪く思うなよ。別の世界で再会したら、なかよくやろう、……ぜっ!!」


どーん!


 ファイターたちの攻撃が、ゴーレムの頭を粉砕した。

 自爆コマンドは、ホリーによって無効化されていた。


「ローレル」

 ホリーが口を開いた。

 『コスモス』時間で、14日ぶりに聞いた、念話ではない彼の声だ。

「あとは任せます」

「ああ、ゆっくり休んでくれ」

 ローレルがそう返事すると、ホリーは地面にしゃがみ込んで、そのまま意識を失った。

 ローレルは彼の前に移動し、そのままホリーをおぶる。

 ストームは、硬い大地の上に大の字になって寝転がってる。

 意識はあるようだが、はぁはぁと荒い息をしている。

 サンは地面にヒーターシールドを突き立てて、防御スキルを発動させている。

 その盾の影で仰向けになって寝転んでいるのはソーン。

 右腕で目を塞いで、こっちもストーム同様息を整えている。

 愛用の『皇太子の爪』は、地面の上に投げ出されたままだ。

「サン……」

 ソーンが小さく呟く。

「?」

 サンがソーンに顔を向ける。

「あんたさ、充分にかわいいよ」

 ソーンがそう言う。

「服なんて気にすることなんてないよ」

「ソーン……」

 ソーンが、目を覆っていた腕を降ろした。

 目が合う。

 現実世界とは違う色。違う形。

 でも、きれいでかわいらしいソーンの目だった。

「JKになったらさ、わたしの服、貸してやるし」

 いまは幼女の姿をしたソーンがそう笑う。

「え、私、ギャルになっちゃうの?」

「フツーフツー」

 サンもソーンにつられて笑ってしまった。

 一人称が「うち」のあざみと、「わたし」のソーン、どっちが本当の彼女なのかな?

 いつか教えてほしいな。

 そんなことを考えながら……

 ふたりは笑う。


 アスターは、いつものように静かに立っていた。

 非常に美しい立ち姿だ。

 もしかすると、ドレスをまとっている間は、戦闘中と考えているのかもしれない。

 世界全部と、世界を覆う空気と戦う闘いだ。

 だから、どんなときであっても隙を見せないのであろう。

 見事な立ち振る舞いだ。

 そして、眼鏡をかけ直すと、

「さすがに、疲れたわね」

 とだけ言った。

「これは、脳を休めるための糖分が必要ね」

「サンセー!」

 サンの傍らで寝っ転がりながら、ソーンが手を上げた。

「ね。ローレル」

 突然アスターに話題を振られて、ホリーをおぶったままのローレルが笑う。

「よし、じゃあみんなで俺の友達の店に行こう」

「おおー! あそこって、コネがないと入れてももらえないっていうパティスリーじゃん」

「今日はローレルの奢りで、好きなだけ食べてもいいでしょ?」

 あくまで優雅に知的に、アスターが甘えてくる。

 百戦錬磨のローレルであっても、これは拒絶できない。

 ま、そんな気もないのだけど。

「いいけど」

「けど?」

「重くなっても……」

「それ以上は言わなくていいわ。明日走り込みするから……」

「じゃあ、一緒にジョギングしましょ!」

 サンがアスターに声をかける。

「ええ、そうしましょ。だから今日はどれだけ食べても平気ね」

「マジかー」

 意識を失っているホリーを除き、全員が笑った。

 陽が傾き、みんなの影を赤く染めていた。

 そして、そんな彼らのもとに、残った48人の精鋭が集まってきていた。


 こうして、後に『ゴーレム・ウォー』と呼ばれる、『コスモス』初の大規模戦闘は幕を閉じたのであった。





「チーム・ガーランド、エキジット!」

 管制官が叫ぶ。

 いまだ、スタッフたちは忙しく走り回っている。

 調査すべきもの、まとめなければいけないデータが山積みだ。

東風こちさん!」

 真田さなだけいのもとに駆け寄ってきていた。

真田さなだ隊長、申し訳ないが、今日は休ませてくれ、報告書は1時間以内にうちのAIから」

「隊長、ドキュメントが到着しました!」

 スタッフが叫ぶ。

「さっすが月子つきこさん。仕事がはやい」

 けい月子つきこさんの仕事っぷりに感心した。

 その高すぎる能力については、いまは考えないことにしている。

 紫苑しおんの言うとおり、脳が疲れている。

 こんな状態では、どんな答えが出ても受け入れられてしまいそうだ。

 たとえば、月子つきこさんは、『コスモス』の意思を代弁しているとか。

「わかりました。今日は警官を何名か付けるので、ゆっくりと休んでください」

 真田さなだはあっさりと承諾した。

 豊臣とよとみから、むやみに拘束しないよう指示されていたからだ。

「あ、そうだ」

 メンバーと並んで、ダイバーカタパルトの出入り口に向かいながら、けい真田さなだに向かって振り返る。

「警官着けてくれるなら、都心まで誘導してくださいよ。これからメンバー全員で、ケーキパーティなんですわ」

「……ふぅ」

 呆れ顔を隠さず、真田さなだは横の部下に視線で指示を送った。

 指示を受けた男は、すぐに警察関係に連絡を取り出した。

「フルーツズコット! フルーツズコット! 余裕でおかわりできるしー」

「ホントに?」

陽葵ひまりは運動してるし、ホールでも、ぜんぜんよゆうっしょ」

「いや、さすがに…… いけるかも……」

 声はどんどん小さくなっていった。





 翌日。

 文部科学省 高エネルギー物理研究監理局 特別重要案件対策班

 通称、特対班。

 幹部用会議室。

「それで、彼らはそこにポータルまで作り上げただと?」

「はい…… “偶然”地脈を発見して、54人で協力した、と……」

 審議官の鋭い視線に晒されながらも、真田さなだはそう答えた。

 開き直りなどではない。

 そうとしか答えられなかったからだ。

「ううむ……」

 審議官は、小さくうなると、椅子に深く座り直した。

 豊臣とよとみ副司令とその他数人の幹部を目の前にして、真田さなだは、チーム・ガーランドから送られた報告書と、特対班の出した分析データを説明していた。

 当の真田さなだでさえ、にわかには信じられない内容である。

 各国の冒険者が、一致団結して、8体ものトール級モンスターを撃破した。

 そして、その後、その地に開拓拠点を築いたというのだ。

豊臣とよとみさん、複数の国からコンタクトを受けているのは事実だ」

 幹部のひとりが言う。

 つまり、顔も名前も知らなかった冒険者たちが急遽合同チームを作り出して、強敵と戦闘したということだ。

 これは、新たな戦闘スタイルを考慮すべき時代に突入したことを意味するのではないか。

 つまり、パーティを越えた大人数チーム。アライアンスという概念の誕生である。

「初の共同開発プロジェクトだと? 我々の知らぬところで勝手なことを……」

 別の幹部が苛立っていた。

 国民は政府の指示に従うものという考えがあると見える。

「下がっていい」

「はっ!」

 豊臣とよとみの指示に、真田さなだは深く一礼をしてから会議室を去った。

「それにしてもやっかいなことになりましたな」

「やはり政府公認にしなければ」

「鈴だけでは足りなかった。ちゃんとひもを付けておくべきですな」

「司令が、大臣に予算の拡充を取り付けてくれたそうな」

 おのおのが好き勝手なことを言い合う。

 そんな中、静かに座っていた豊臣とよとみは、目の前にまで迫った、謎の怪物について思い出していた。

 目が合った。明らかに知性を感じた……

 そして、その生暖かい息づかい。いまでも鮮明に思い出せる。

「こちらから行けるということは、向こうからも…… やはり備えなければならぬか」

 豊臣とよとみは、今後どのようにこの国を守るべきか。

 どのような防衛手段があるのか、それだけしか頭になかった。

 常識が通用しないというのであれば、自分の流儀でやるしかない。


 様々な立場からの思惑とは別に、

 チーム・ガーランドの冒険はつづく。

本作はフィクションです。

実在する人物、団体、事件などとは一切関係ありません。

あくまで空想の物語としてお楽しみいただければ幸いです。

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