誰がために鐘は鳴る 01
第1話 誰がために鐘は鳴る
第1話 誰がために鐘は鳴る
世界は、いつものように新しい朝を迎えた。
午前六時。
郊外の公園。白い息を吐きながら、一定のペースで並んで駆け抜ける少年と少女の姿がある。
閑静な住宅街に建つ大豪邸、その広々とした自室。姿見の前で、鞄を手に取り、大学へ行くための身支度を整える青年がいる。
都心のタワーマンション。朝日が差し込む窓辺で、あたたかな湯気を立てる紅茶の香りを優雅に楽しむ美女がいる。
開店前のフラワーショップ。腕を組み、ディスプレイされた花々の鮮度と色彩の調和を、オーナーとしての厳しい審美眼で確認する店主がいる。
そして、薄暗い自室。派手なデコレーションのスマートフォンのアラームを止め、ヨガマットの上でしなやかに体を伸ばす女子高生がいる。
彼らは、まだ知らない。
今日という日が、少しだけ特別な一日になることを。
それは、心が震える冒険の幕開け。
その予兆は、人知れず観測された。
――文部科学省 高エネルギー物理研究監理局 特別重要案件対策班。
地下深くに設けられた、体育館ほどもある広大な中央指令室。
壁一面を覆う巨大なメインスクリーンの前には、階段状に無数のデスクが並び、百人近いオペレーターたちが絶え間なくキーボードを叩く音がさざ波のように満ちていた。
その喧騒を切り裂くように、鋭い警告音が響き渡る。
「特異点反応、確認」
フロアの一角から上がったオペレーターの声に、室内全ての視線と緊張が集中する。
「波形パターン照合……一致しました。間違いありません、“ゲート”です!」
「座標特定を急げ。発生予測時間は?」
「およそ六時間後。判定結果、カテゴリ2です」
司令席から見下ろしていた責任者らしき男が、重々しく頷き、端末のマイクを握った。
彼の声は、スピーカーを通して広大な室内に厳粛に響いた。
「直ちに、登録されたアドベンチャラーに通達せよ」
都心の一等地。その一角にあるビルの1階に店を構える、フラワーショップ・ガーランド。
店主の東風 桂は、国内外の農園から届いた情報を確認している最中であった。
プロモーションを兼ねて、世界に数株しかない新種を託したいとの連絡もあり、どのように生かすべきか、構想を巡らせている。
その時、店内に設置されたスピーカーから、凛とした、しかしどこか艶のある女性の声が響いた。
『STFより、コンタクトあり』
店を管理するAIエージェント、コードネーム“Monday”だ。
しかし、桂を含め、彼の仲間たちは、誰も彼女をそうは呼ばない。
スケジュール管理から日常的な相談まで、さまざまな要望に応えてくれる相棒として、敬意を込めてこう呼ぶのだ。
「ありがとう、月子さん。どう見る?」
『私たちが動くべき案件ね。STFから、依頼か命令かも判然としない文面で、ご指名があったわ』
桂の気持ちを先読みした代弁だ。
彼の不満をガス抜きし、常に客観的な判断ができるよう導いてくれる。
もちろん、桂自身もそのような意図は理解できている。
非常に優秀なAIエージェントである。
「それは、まあ、いつものことだから」
桂は苦笑しながら、エプロンの紐を解き、ジャケットを羽織った。
「今日の予定は?」
『夕方以降、メンバー全員フリー。これも巡り合わせってことね』
「よし」
仕立ての良いジャケットを纏った桂の瞳から、柔和な花屋の色が消え、鋭い指揮官の光が宿る。
「チーム・ガーランド、レディ」
『了解』
一瞬で、各メンバーにメッセージを送信し終えた月子さんは、事務的な響きを消し、まるで家族のような温かい声で付け加えた。
『――ちゃんと、花が枯れないうちに帰ってくるのよ?』
放課後のチャイムが鳴り響く。
名門私立中学校の教室は、掃除用具を片付ける生徒たちの声で溢れていた。
「委員長、今日もあの子待ってるよー」
クラスの女子が窓の外を指さして冷やかす。
焔山 陽葵は、バッと顔を上げて慌てた。
その拍子に、健康的なツヤを帯びた頬がカッと赤く染まる。
「ちょっと、そんな大声で言わないでってば!」
「はいはい。でもいいよねー、幼なじみの年下男子にお迎えされるとか、お姫様だ~」
「ち、違うってば! 家が近所なだけ!」
全力で否定する彼女の姿は、折れそうなほど華奢に見えて、その実はつらつとした弾力に満ちている。
掃除を終えた男子生徒が、ほうきを持ったまま会話に混ざってくる。
「委員長と下校できるなら、俺だって何時間でも待つぜー」
冗談めかしてはいるが、その瞳は本気だ。
制服のブラウス越しにも分かる、しなやかで健康的な肢体。そして何より、彼女がいるだけでその場がパッと華やぐような、真夏のひまわりを思わせる圧倒的な明るさ。
女子からは頼られ、男子からは密かに憧れられる――陽葵は、そんな少女だ。
「もう、みんなして!」
陽葵は耳まで真っ赤にして鞄を掴み、逃げるように教室を飛び出した。
校門の前で待っていたのは、ランドセルとスポーツバッグを提げた少年――嵐ヶ丘 伊吹だ。
陽に焼けた小麦色の肌を健康的に輝かせ、有り余るエネルギーを持て余すように、その場で小刻みにステップを踏んでいる。
「遅いぞ、陽葵」
「ごめんごめん、ちょっと捕まってて」
陽葵は息を整え、伊吹の隣に並んだ。
ふと横を見ると、少し前まではもっと見下ろしていたはずの彼の視線が、今はすぐ近くにある。
弟のようだと思っていた小学生の背は、驚くほどの速さで自分を追いかけ始めていた。
「いいよ。それより、今日はトレーニングの日だろ」
「うん。でも、明日はちゃんとテスト勉強するからね。学生の本分は勉強なんだから」
陽葵は乱れた制服の襟をピシりと直し、委員長らしい真面目な口調で釘を刺す。
「はーい」
生意気そうに返事をする伊吹だが、その足取りは軽い。
その時。
陽葵のスマートフォンと、伊吹のスマートウォッチが同時に振動した。
ふたりは顔を見合わせる。
画面には、花束のアイコン。
「招集メッセージ」
陽葵が、驚きと期待の混じった声を出す。
「来たか……!」
伊吹が、少年らしい無邪気さと、戦士のような頼もしさを滲ませてニカッと笑い、拳を握りしめた。
「ようやく、このトレーニングの成果を試せるな!」
「ちょっと伊吹、遊びじゃないんだからね。ふざけて怪我でもしたら大変だし」
陽葵は眉を寄せてたしなめるが、その表情には隠しきれない高揚感が滲んでいる。
「わかってるって。俺たちは……」
「「みんなの代表として行くんだから」」
「だろ? 任せとけって!」
ふたりは頷き合い、駆け出した。
同時刻。都内。
大手総合商社本社ビル、その最上階。眼下には都会の街並みがミニチュアのように広がっている。
磨き上げられた床に、カツ、カツ、と鋭いピンヒールの音がリズムよく響いた。
オートクチュールのタイトなジャケットに身を包んだその肢体は、モデルのように手足が長く、抜群のプロポーションを誇る。
その背では、腰まで届く漆黒のストレートヘアが、歩みに合わせて絹のように艶やかに揺れていた。
すれ違う部下たちが、慌てて道を空け、深々と頭を下げた。
「室長! お疲れ様です!」
「お疲れ様です、十六夜室長!」
十六夜 紫苑は、フレームレスの眼鏡の奥にある涼しげな瞳をわずかに細め、完璧な所作で応える。
「ええ、あなたたちもね」
直通エレベーターに、彼女はひとりで乗り込んだ。
鏡面仕上げの扉に、流れるような黒髪と、洗練されたオフィスレディ姿の自分が映り込む。
扉が閉まった瞬間、ジャケットの内ポケットでスマートフォンが短く振動した。
通知を確認した彼女の口元に、小さな笑みが浮かぶ。
彼女は眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、誰にも聞こえない声で呟く。
「……ゲット・レディ」
新緑の香りを運ぶ風が、キャンパスを吹き抜けていく。
大勢の学生が行き交う昼下がりの大学構内は、若者たちの活気で溢れかえっていた。
その喧騒の中、講義を終えた五月雨 柊を、数人の男子学生が取り囲んでいた。
少し長めの髪を風に遊ばせ、仕立ての良いシャツをスマートに着こなすその姿は、一際目を引く。
すれ違う女子学生たちが、思わず足を止め、うっとりとした羨望の眼差しを送っていた。
「頼むよ五月雨! 今度の合コン、お前が来ないと女の子が集まらないんだよ!」
「悪いな。しばらくは大事な用事があるんだ」
柊は、春風のように爽やかな、けれど有無を言わせぬ上品な笑みで断り、歩き出す。
「なんだよー、付き合い悪いなー」
背中で友人の嘆きを聞きながら、柊は鮮やかな緑の葉の隙間から、青空を見上げた。
「すまないね。僕には……大切な仲間との時間があるから」
とある私立高校。
放課後の教室の一角に、まるで甘い香りが漂うような、嬌声の壁ができていた。
十人は下らないであろうギャルたちの人垣。その中心で、机の上に遠慮なく腰掛けているのは、明るい茶髪の巻き髪を、高い位置でポニーテールにした叢雲 薊だ。
着崩したシャツの襟元には緩んだリボン。腰にはパステルカラーのカーディガンをラフに巻き、進学校ゆえの自由な気風を、彼女流の着こなしで謳歌している。
「ちょっとアザミ、聞いたよ? サッカー部の王子に告られたんでしょ?」
「マジ? 羨ましすぎんだけど!」
周囲の熱狂をよそに、薊は派手なストーンが盛られた指先のネイルを退屈そうに眺め、ふあ、とあくび混じりに答えた。
「えー、彼氏とかダルくない? てかパス」
「出たー、余裕ありまくり!」
「ゆーてアザミってさ、今なにか別のことに夢中なんでしょ?」
「そうそう、最近付き合い悪いし。それでテストの点数も良いとか、マジむかつくー」
その時、手の中で弄んでいたスマートフォンが短く震えた。
薊が画面に視線を落とす。その瞬間、それまで彼女を包んでいた気怠い空気が霧散した。
瞳に強い期待と憧れが宿り、まるでパッと大輪の花が咲いたような輝きが満ちる。
口元に、無邪気で眩しい笑みが浮かんだ。
「そう。それって、最高の時間なんだよね。じゃ!」
彼女は足元のスクールバッグを乱暴に引っ掴んで肩に担ぐと、ポニーテールの毛先を大きく揺らして唖然とする友人たちに背を向けた。
「あ、ちょっとアザミ~!」
制止する声を置き去りに、薊は風のように教室を飛び出していった。
フラワーショップ・ガーランド
色彩豊かな花々が並ぶ店舗の片隅。関係者専用のセキュリティを解除し、エレベーターに乗り込む。
滑るように地下へ降り、重厚な扉が開くと、そこには地上の牧歌的な雰囲気とは隔絶された空間が広がっていた。
壁面を埋め尽くすサーバーと、電子機器の駆動音が静かに唸る地下司令室。
その中央、高級感あふれる革張りの椅子が囲む大きな円卓に、6人のメンバーが揃っていた。
ノートPCの莫大なデータに目を通す柊に、紫苑が淹れたての紅茶をそっと差し出す。
「どうぞ、柊くん。少し休憩してはどうかしら?」
「ありがとうございます、紫苑さん。あと少しだけ」
甲斐甲斐しく世話を焼く紫苑と、それを素直に受け取る柊。
その姿は、聡明な弟を見守る、優しい姉のようだ。
一方その隣では、スポーツドリンクをあおる伊吹の口元を、陽葵がハンカチで拭っていた。
「もう、こぼしてるよ伊吹」
「んぐ……ぷはっ! わりぃ。喉カラカラだったんだ」
こちらは、育ち盛りの弟と、世話焼きな姉。
ふたつのよく似た関係性を、薊が上質な椅子の背もたれに深く身体を預けて眺めている。
「マジでウケるんですけど」
彼女はケラケラと笑い、仲間たちが醸し出す温かな空気を楽しんでいた。
「よし。全員揃ったな」
リーダーの桂が、穏やかに声をかける。
この中では最も年長で、落ち着いた判断力を持つ男性だ。
この莫大な設備投資を個人で賄えるだけの財力と品格を持つ彼は、決して威張ることはない。
だが、その一言で、リラックスしていた場の空気が、心地よい緊張感を帯びた『チーム』のものへとカチリと切り替わる。
「みんなのスケジュールは月子さんが確認済みだが、急用のある者はいないかな?」
「心配しないで、桂さん。全てクリアよ」
紫苑が手元のタブレットで全員のステータスを確認し、信頼を込めて答える。
桂は満足げに仲間たちを見渡し、深く頷いた。
「よし。じゃあ、データを共有するぞ」
さらに空気が替わる。
陽葵たちは手元のデバイスではなく、全員で部屋の前方に浮かび上がった巨大な空中投影型モニターを見上げた。
空中に鮮明な地図情報が展開される。
「港区の……第3倉庫?」
陽葵が呟く。
「相変わらず関連性が見えないわね。完全にランダム、予測不可能だわ。月子さん、お願い」
紫苑がそう言うと、モニター上のデータが流れるように切り替わった。
これまでのゲート発生場所と、その分析結果だ。『法則性なし』。
「柊、ルートは?」
「交通情報に接続しました。……ここからなら、25分で到着できます」
柊が冷静に回答すると同時に、再びモニターに表示された地図上に最適な移動ルートが光のラインで描かれる。
桂は深く頷き、円卓を囲む全員を見渡した。
「よし。チーム・ガーランド!」
その時、伊吹が椅子から勢いよく立ち上がり、小さな拳を空へ突き上げた。
「団結!」
一瞬の静寂。
全員の視線が、フライングした少年に集まる。
「……って、お前が言うんかーい!」
薊が吹き出し、緊張感のあった会議室はドッと温かな笑いに包まれた。
陽葵が呆れつつも優しく微笑む中、桂は慈愛に満ちた表情で少年を見守り、頷いた。
だが、次の瞬間。
穏やかだったその瞳の奥に、揺るぎない闘志の光が宿る。
彼は静かに、しかし力強く号令をかけた。
「さあ、新しい花を探しに行こうか」
港区、第3倉庫エリア。
普段は物流の拠点として賑わうこの場所は、現在、物々しい警戒態勢に包まれていた。
黄色い規制線の外側では、数台のパトカーが赤色灯を回し、野次馬や報道陣を威圧的にシャットアウトしている。
その内側では、防護服や防火衣に身を包んだ消防隊員たちが、特殊車両の前で万が一の事態に備えて待機していた。
さらに、腕章をつけた大勢の役所スタッフたちが、タブレットや書類を抱えて、慌ただしく駆け回っている。
そこへ、1台の大型ワゴン車が、滑り込むように到着した。
磨き上げられたボディの側面には、『フラワーショップ・ガーランド』のロゴ。
営業車として使用するにはそぐわない高級車だ。
スライドドアが静かに開き、東風 桂が降り立った。
すぐに、現場の指揮を執る黒服の男が歩み寄ってくる。
現場責任者の真田だ。
まだ若いが、その立ち振る舞いには、独特の食えなさがある。
品のよい身のこなしではあるが、心の内は読ませない。そのような様子の男であった。
「やあ、東風さん。今日も悪いね」
ひょうひょうとした軽い口調。
「我々が一番近かったからでしょう? 真田隊長」
桂は穏やかに返す。
「まあ、そういうことにしておきましょう。ただ、ガーランドは上の方々にも評判が良くてね」
真田は一瞬だけ肩をすくめたが、すぐにそれを引っ込める。
あくまで業務的な態度を崩さない。
そこには、真田の中に、公的機関の人間と外部の民間協力者との間に、明確な一線があることを示しているようだった。
「それは、一番『従順』と考えられているってことかな? 真田課長」
「よしてくれ。現場で肩書きなんて何の役にも立たない」
おどけてみせるが、やはり目の奥に潜むものは変わらないままだ。
「今回は特に波形が不安定だ……ガーランド以外には任せられない」
彼は有無を言わせぬ圧を込めて倉庫の奥をしゃくった。
「頼むよ。東風さん」
ふたりが大人の会話を交わしている裏で、メンバーたちは倉庫の入り口に設置された小さな門へ向かっていた。
駅の改札機のような構造だが、高精度の生体スキャン機能を持つセキュリティゲートだ。
ピッ、と電子音が鳴り、小学生の伊吹や、女子高生の薊が何食わぬ顔で通過していく。
その様子を見て、遠巻きにしていた現場スタッフたちがひそひそと囁き合った。
「おい、見ろよ。あんな子供までいるぞ」
「めったなことを言うな。奴らのデータを見たか?」
「え?」
「クリア回数『3回』だぞ」
「3回……!? 正気かよ……」
スタッフたちは絶句し、畏敬の念を込めて彼らの背中を見送った。
異空間に突入する行為は、広く『ダイブ』と言われている。
政府依頼によるダイブは、内部での行動によってクリア判定がされる。
1回クリアしただけで、重要人物として政府の内部資料に記録されるこの世界で、3回という数字は、もはや生ける伝説に近い意味を持っていた。
――そこは、いつ、誰が、何の目的で作ったのかわからない未知なる世界。
電子の海に発見されたその領域は、現代科学の常識を遥かに超えていた。
そこに接続するためのポイントは、『ゲート』と呼ばれ、世界中の至る所に突然出現する。
ゲートは、数時間から数日という短い期間で消滅してしまう。
現在では政府がこれを厳重に管理している。
目的はふたつ。
突入者の安全管理。
そして、稀に彼らが持ち帰る未知の超科学技術―― 通称『ロスト・ロジック』の獲得だ。
無機質な電子空間ではない。
そこは、かつて人類が失った緑豊かな自然が広がり、空想上の生物たちが闊歩する幻想の世界。
突入した人間は、現実での知識や肉体の強さに応じた強靭な肉体を得ることができ、魔法さえも行使することが可能となる。
その万能感と美しさに魅了され、帰還を拒む者が続出した結果、政府はダイブを厳格な許可制とした。
必要なのは、強固な精神と、互いを現実に繋ぎ止める仲間。
いつしか人々は、電子の海に存在するそのもう一つの宇宙を、畏怖と憧れを込めてこう呼ぶようになった。
『コスモス』と。
倉庫の中央。
空間が揺らぎ、楕円形の青白い光となっている。
これが『ゲート』だ。
その発光体を中心として、円卓状のコンソールと6つの椅子が設置されていた。
それぞれの席の前には、掌を乗せるための大きなパネル型スイッチが置かれている。
ガーランドの面々は、慣れた様子でそれぞれの席に着いた。
全員が着席すると、コンソールから電子音が鳴り、隣接する管制室にいる真田隊長の声が響いた。
『情報は事前に送ったとおりだ。直前になっても更新されていない』
「つまり、まったくの未知数ということね」
紫苑が眼鏡の位置を直しながら呟く。
「いつもどおりということですね」
柊がノートPCのデータを再確認しながら補足した。
重くなりかけた空気を、桂がパン、と手を叩いて払拭する。
「まあ、はじめから当てにはしていないさ。これは俺たちの冒険だ。俺たちの手で掴み取る」
桂の言葉に表情が引き締まったのは、管制室のスタッフたちだ。
ガーランドのメンバーは落ち着いている。
『……規模は前回と同様のカテゴリ2。予測では、ゲート消滅まで残り2時間から6時間となっている』
スピーカー越しに聞こえる真田の声は業務連絡のようだが、わずかに焦りが混じっていた。
時間が短いと考えているようだ。
「時間の心配はいらないっしょ」
薊がネイルを眺めながら軽く言った。
「現実世界の2時間は、中では数ヶ月に相当しますから」
陽葵が真面目な顔で説明を加える。
「そこまで長居するつもりはありませんわ」
紫苑が優雅に微笑む。
報告通りだが……本当なのか?
管制室の中で、真田は訝しむ。
主観時間が数ヶ月にも及ぶ任務を、彼らは日常の延長のように受け入れているということになるからだ。
「任せとけって!」
伊吹がニカッと笑い、自分の胸を叩いた。
「我々の体、頼みましたよ」
柊が、マイクに向かって穏やかに告げる。
「こっちはいつでも行けますよ、隊長」
桂が力強く告げる。
スピーカーの向こうで、 真田が気持ちを切り替える。
『ダイブ承認。武運を祈る』
「よし。チーム・ガーランド……ダイブ!」
桂の号令と共に、6人が一斉に目の前のスイッチに手を乗せた。
陽葵、伊吹、柊、紫苑、桂は右手を。
だが、薊だけは左手をパネルに乗せた。
なにかを意図した行動ではない。彼女の無意識は、右手でも左手でもなかっただけのこと。
その瞬間、世界が反転した。
陽葵は、視界が光の奔流に飲み込まれていくように感じた。
上下の感覚が消え、自分という存在が電子の粒子へと分解され、再構築されていく浮遊感。
怖い、とは思わなかった。
隣には、信頼できる仲間がいる。
やがて、強烈なホワイトアウトが視界を奪い――。
気がつくと、頬を撫でる風を感じた。
土と、若葉の香り。
陽葵はゆっくりと目を開けた。
目の前に広がっていたのは、見上げるような巨木が立ち並ぶ、深く、美しい森だった。
自分の手を見る。
そこにあるのは、見慣れた制服の袖ではない。
白銀に輝く、重厚な金属の手甲。
背中には、巨大な『大盾』の重みを感じる。
周囲を見渡せば、姿を変えた頼もしい仲間たちが立っていた。
動きやすさを重視した胴着に身を包み、軽く跳躍を繰り返している少年格闘家。
夜会にでも出るかのような、豪奢なドレスを優雅に着こなす貴婦人のごとき魔道士。
硬質な輝きを放つ鎧の上に、知の象徴である聖なるローブを羽織った賢者。
フリルのついたスカートをひらりと揺らし、周囲の気配を探る黒衣のメイド。
そして、美しい装飾が施されたリュートを小脇に抱え、旋律を奏でる準備を整えた吟遊詩人。
ここでは、現実の名前は通用しない。
大盾の少女――サンは、大きく息を吸い込み、新しい世界に向かって第一歩を踏み出した。
光の粒子が完全に収束し、世界が色彩を取り戻す。
チーム・ガーランドが降り立ったのは、鬱蒼とした原生林の中だった。
空を覆う巨大樹の枝葉。湿った土の匂い。
どこか遠くで、聞いたこともない鳥の鳴き声が響いている。
真っ先に動いたのは、治癒を担当するローブ姿のホリー(柊)だった。
彼は周囲の植生と空気の流れを冷静に観察し、静かに告げた。
「……やはり、未開の地に降り立ったようです」
いままで、全世界の冒険者が開拓し、集めた情報が彼の頭にはある。
そのどれとも、この場所は一致しない。
前人未踏の地ということである。
「予想どおりとはいえ、厄介ね」
魔道士のアスター(紫苑)が、眼鏡のブリッジを指で押し上げた。
「いまの状態では、方向以外の予測は不可能ね」
ふたりが分析を進める横で、防御型ファイターのサン(陽葵)が奇妙な行動を始めた。
彼女は地面の泥を両手で掬い上げると、自慢の白銀の大盾に迷いなく塗りたくり始めたのだ。
美しい装飾が汚れていくが、彼女の表情は真剣そのものだ。
鏡のように磨き上げられた盾は、敵の注意を引くのには役立つが、未知の土地ではその反射光が命取りになる。
無用な敵を回避し、先手を取られないための徹底したリスク管理だった。
サンの能力により錆や腐食の心配はない。
「できるだけコンディションを維持しておきたいところだな。……ソーン(薊)」
リーダーの吟遊詩人ローレル(桂)が短く名を呼ぶ。
黒衣のメイド、ソーンは無言で頷くと、音もなくその場から姿を消した。
地面を蹴った瞬間からトップスピードに乗る、スカウトクラスの持つスキル、【縮地】だ。
遠くの茂みが少しだけ揺れたように見えた。
「獣道が見える。いくらかは歩きやすい?」
格闘型のファイター、ストーム(伊吹)が、下草の折れた跡を見つけて指摘した。
「そうだな。でも、この道を使っている『お客』が来るかもな」
ローレルは警戒を促しつつ、懐から地図を取り出した。
いままで冒険者が開拓していったエリアを大まかに示した、簡易なものだ。
拠点、町の位置関係を確認するために使用している。
彼らは、戦闘時以外、現実世界同様、言葉によるコミュニケーションを使用する。
ホリーが、木々の隙間から見える特徴的な山の形を指差す。
「あの山の稜線に覚えがあります。方角と距離から推測して……あれを越えれば、『タカネ』に着ける可能性が高い」
ローレルは地図のページをめくり、『タカネ』周辺のエリアを開く。
「第三次開拓時代に作られた山岳拠点か。確かに山向こうは未開拓となっている」
サンが泥だらけの手を払いながら、ローレルの手元を覗き込む。
同じく、地図を覗き込んでいたアスターが、ロングスカートに草が絡むことを気にするそぶりも見せず、地図からローレルに視線を移した。
「大きな拠点ね。そこまでの地形データを記録して持ち帰ることができたら、『まずまず』と言えるんじゃないかしら」
「普通なら大成功、俺たちなら“まずまず”だな」
ローレルがにやりと笑う。
アスターもつられて口元を緩めた。
「ずいぶんと大物になったものね」
「よし、じゃあ向かうぞ」
方針が決まると、ストームが懐から小さな笛を取り出した。
彼が短く息を吹き込むと、人間には聞き取りにくい、特殊な周波数の音が響いた。
未知の敵対勢力に聞かれるリスクはあるが、その意味までは理解できないだろう。
――ピー、ピピ。
『3時の方向へ、向かう』
先行しているソーンへの合図だ。
このような手段を取る意味はある。
斥候中の彼女は、あえてパーティメンバーとの、ソウルコネクトと呼ばれる意識共有を切断していることが多い。
報告のための念話も、最小限の時間に留めている。
これは、彼らの間に働く魔力を感知されるリスクを最小限に抑えるという理由があるのだ。
現在まで、人にもモンスターにも、彼らの魔力を察して、居場所を突き止められたということはない。
しかし、たった一度のミスですべてを失ってしまう世界では、慎重さは美徳であると考えることができるだろう。
「サン、任せたぞ。いつものフォーメーションで」
司令塔であるローレルが指示する。
「はい」
サンが大盾を構え、足元を慎重に確認しながら先頭に立つ。
その直後にアスターとローレルが続き、ホリー、そして殿をストームが固める。
6人の行軍が始まった。
歩き始めてすぐに一度目の小休止を挟み、さらに二時間が経過した頃、一行は二度目の休憩をとった。
本来ならもう少し早く休みたかったが、視界の開けた安全な場所が見つからなかったのだ。
まだこの世界には電子機器が存在しないが、機械式時計であれば、すでに普及している。
しかし、このチームには時計を見る者はいない。
アスターの体内時計が恐ろしいほどの精度で時を刻んでいるからだ。
その時間は、メンバーに精神で共有されている。
彼女がいる限り、ガーランドの面々は時間の感覚を失わずにいられる。
「ソーンが、あと10分後に合流するわ」
アスターが水の入った革袋を口に含みながら言った。
喉が渇いていなくても、定期的に水分を補充する。
理屈的ではデジタルの世界に精神をログインさせているこの世界でも、現実同様の体調管理を求められる。
「よし。ソーンが合流したら、そこから10分後に出発しよう」
ローレルの指示に全員が頷く。
その時、静かな奇跡が起きた。
ホリーが直立不動の姿勢をとり、静かに目を閉じる。
詠唱はない。ただ彼が意識を集中させた瞬間、周囲の空気が澄み渡った。
ふわり、と。
高原の風のような、爽やかな気流がメンバーの体を包み込む。
治癒士、すなわちヒーラークラスのスキル、【清浄】。
低下したスタミナを回復させ、精神的な疲労さえも拭い去る癒やしの結界だ。
この世界では、現実世界より遙かに強大な力を得ている。
しかし、その力を発揮し、制御するためには、それ相応の集中力が必要になるとも言える。
二時間の登山で疲れたという気持ちは、彼らの経験や知識からの錯覚だ。
この世界での彼らの肉体は、この程度の運動など問題にしない。
だが、その能力を発揮するために、精神的な安定性。集中力が必要となる。
パーティという単位にとって、ヒーラーが如何に重要かがわかる。
だが、ヒーラーが、その能力を発揮するためにも、仲間の存在が不可欠だ。
パーティとは、この世界、『コスモス』を冒険するために、突入者たちが編み出した知恵であり、6人を、ひとりの6倍以上に強くする集まりなのだ。
アスターの予言通り、きっかり10分後、音もなくソーンが茂みから現れた。
「お疲れ様。どうだった?」
ローレルがねぎらいの言葉をかける。
ソーンは頭の黒いブリムの位置を直しながら、符丁を使って報告した。
「トールなし。ショート多数。……ヤバイのが揃ってるって感じ」
「未開だった理由がわかるわね」
アスターが苦笑する。
『トール』はボス級や巨人、『ショート』はそれ以外、主に群れるタイプの小型から中型モンスターを指す。
数が多く、好戦的なモンスターがひしめいているということだ。
「ソーン、悪いな。10分で出発する」
「オッケー」
ソーンは不満も漏らさず、息一つ乱していない。
軽装であることに加え、彼女のスタミナ温存術(ペース配分)が長けている証拠だった。
休憩を終え、再び歩き出して数分後。
先頭を歩くサンの足が、不意に止まった。
彼女は振り返らず、ただ無言で大盾を構え直し、重心を低く落とす。
それだけで充分だった。
『コスモス』へ突入するダイバーの中で、主に探索を担当する者を冒険者と呼ぶ。
冒険者は一様に感知能力を備えているが、役割によってその感度が特化する領域は異なる。
魔道士や治癒士はとりわけ『魔力』の感知に長け、斥候は『罠』の発見に優れる。
そして、肉体での戦闘を得意とするファイター――特にサンのような防御型は、自身に向けられる『敵意』に対して、非常に高い感度を持ち合わせているのだ。
ローレルは腰の短剣に手を置きながらも、リュートへの意識を怠らない。
遭遇戦がはじまれば、直接的な戦闘ではなく、支援クラスの中でも、強化担当としての行動が彼の役割だからだ。
アスターも、マントの下に隠し持つ魔具を意識する。
やがて、前方の大樹の陰から、低い唸り声が響いた。
茂みを掻き分けて現れたのは、6匹の獣の群れ。
狼に似ているが、背中から鋭利な水晶の棘を生やした、ニードルウルフだ。
ソーンが報告した『ショート』の群れである。
不意打ちが不可能と理解したため、姿を現したのだろう。
数は6対6。
『ショート』は弱いという意味ではない。
強大な力を持つがゆえに単独行動を主とする『トール』とは違い、『ショート』の戦法は一様ではない。
単独行動の者もいれば、群れをなして巧みな連係プレイを実行する者もいる。
決して侮ることのできない相手である。
しかし、誰も動じない。
これまでの三度の冒険が、彼らの戦術を洗練させ、なにより、チーム・ガーランドの結束を強固なものとしていたからだ。
チーム・ガーランドは、ヒーラー(ホリー)を中核とし、意識レベルでの『魂の結合』が可能だ。
それは、単なるチームワークではない。
すべてのパーティが目指し、けれどトップ層の僅かな者たちだけが到達できる、知覚共有の領域だ。
情報の共有はおろか、自身の意識外からの攻撃であっても、仲間の目を通じて瞬時に感知する。
この絶対的な空間把握によって繰り出される、流れるようなコンビネーションこそ、若い彼らが多くの熟練冒険者から一目置かれる理由であった。
彼らは強敵の前でも冷静さを失わずにいた。
それはこれまでの戦闘経験によるものであり、また、現実世界でのトレーニングと学習の努力からくる自信でもあった。
彼らの中ではすでに何百通りの戦闘パターンが分析されており、誰がどのような戦術を用い、どう戦況を有利に導くか、声に出さなくても理解し合えていたのだ。
グルルァッ!
先頭のニードルウルフが地面を蹴り、サンに飛びかかる。
鋭い牙が素早く迫り来るが、サンは表情ひとつ変えない。
読み通りだ。
恐怖からの焦りによる判断の遅れなどない。
ガッ!
大盾が、突進の衝撃を完璧に防ぐ。
右手に持つ片手剣で薙いだりしない。
それがモンスターの狙いだと読んでいたからだ。
「ふっ!」
一瞬の出来事。
サンは短く鋭い呼気と共に、敵の攻撃を防ぎながら、それを別方向へ押し返していた。
『甘く見ないことね!』
現実世界ではクラスメイトの誰からも頼りにされる優等生であるが、いまの彼女は、氷のような冷静さと、炎のような闘争心を瞳に宿すファイターであった。
望まぬ方向へ押し返され、体勢を崩したニードルウルフに黒い影が迫っていた。
「今日はわたしの勝ちだね」
影の正体はソーンだった。
いや、ソーンという存在そのものが、影のように感じられる。
音もなく超速度でニードルウルフに迫った黒いメイド服の彼女は、愛用の短剣でモンスターの急所を突いた。
体勢を崩した相手の動きを捕らえることなど、彼女には造作もないことだ。
最小限の動きで敵を討ち、けして足は止めず、素早く仲間の方へ戻る。
強力な力で多くの敵に大ダメージを与える格闘家、ストームとは違う、冷徹な精密攻撃。
先攻したニードルウルフが陽動であることを見抜いていたからこその、ソーンによる確実な処理だった。
いや、別の見方をしよう。
このモンスターが取った戦術は、本来人間が行うはずの「プーリング(釣り上げ戦法)」だ。
あえて単独で突っ込み、タンクを陣形から引き剥がそうとしたのだ。
これが、この世界のモンスターをただの獣と考えてはいけない理由である。
ニードルウルフは、明らかに論理的な集団戦術を用いている。
ソーンの一撃により活動を停止したニードルウルフは、そのまま光の粒子となって消える。
この世界では、生物がその役割を終えると肉体が変質し世界へと還る場合がある。
その際、ほとんどが光の粒となって霧散してしまうのだが、稀に不思議な鉱物となって残ることがある。
それこそが、この地で神秘の力を宿す武器防具、道具、あるいはエネルギー源となる『素材』だ。
希少な鉱物を拠点に持ち帰ることも、冒険者の使命と言えよう。
言葉にするのは簡単だが、未開の地を進み、凶暴かつ強力なモンスターに勝利することは、並大抵のことではない。
『噂なんて、一部の取り巻きによる誇張表現だろう』
チーム・ガーランドの戦闘技術を実際に見たことのない者が、そうやって彼らの名声を疑ったとしても。
彼らが持ち帰った希少な鉱物の、その圧倒的な量を知れば実力を認めざるを得なかった。
残った五体のニードルウルフに焦りが広がったように見える。
論理的思考を持つがゆえに、目の前の冒険者一行が手練れであることを察したのだろう。
焦りは乱れを誘発する。
ニードルウルフは本来持つ実力を発揮することができず、もはや連携とはいえない単体による攻撃を仕掛けてきた。
それでもまだ油断は禁物だ。
『コスモス』のモンスターは、人間が想像もできないほどの強力な力を秘めている。
ニードルウルフの鋭い爪、牙、そして背中にある鋭利な水晶の棘は、攻撃にも防御にも使用可能な武器であり防具だ。
「押忍ッ!」
ストームが踏み込む。
このような乱戦の状況でこそ、格闘家の能力が活きる。
まさに爆発のようにその力が解放された。
ストームの放つブローは、例えジャブであっても恐るべき威力を誇る。
格闘家の戦闘スタイルは、『相手が複数であることは“当たり前”』、『相手が武器を持っていることは“当たり前”』という前提の元に組み立てられているからだ。
他のメレー(近接攻撃型ファイター)とは違い、不利な状態からのスタートを覆す突破力、そしてそれを実現するための戦術構築なのだ。
中距離から相手を翻弄し、体力を奪う型。
密着して確実に大ダメージを与える型。
それらを使い分け、ストームの無双がつづく。
しかし彼の動きは、彼ひとりの能力によって成立しているわけではない。
ヒーラーによってもたらされる防御力強化と敵の位置情報。
それらを得て、メイジ(魔道士)の攻撃によって手負いとなった敵を確実に刈り取る。
これがメレーの役割だ。
もちろんその逆も然り。
メレーによって体勢を崩された敵を、メイジが遠距離から撃ち抜くこともある。
阿吽の呼吸で役割を入れ替え(スイッチ)ながら、敵を殲滅していく。
このような高度なパーティプレイができているか。
これこそが、冒険者のチームとしての強さの証明だった。
残る五体のニードルウルフによる決死の反撃。
他のパーティであれば絶望的な状況にもかかわらず、チーム・ガーランドは危なげなくこれを退けた。
ニードルウルフは光の粒となり、世界へと還っていく。
彼らのその後の運命を知ることなどできない。
『コスモス』の一部となって世界を漂うのか。
あるいは、輪廻を巡り、またこの世界に帰還するのか。
願わくば、彼らの魂に安らぎがあらんことを……。
信仰ではなく自然への畏敬の念を超常の力に変えるホリーは、そのように考えた。
自然への畏敬とは、広大な世界への恐れでもあるからだ。
けっきょく彼は、手にしていた愛用のメイスを武具として振るうことはなかった。
周辺調査を終えたソーンが帰還し、彼女の情報を元に、ローレルは今夜のキャンプ地を決定した。
陽はすでに傾きかけている。
山の向こうにあると確信した『タカネ』への移動は明朝再開する。
その前に、防衛に適した場所の確保だ。
くれぐれも慎重に。
リーダーとして、たったひとつの判断ミスがメンバー全員を危険に晒す恐怖と責任を噛みしめながら、ローレルはその場所へと足を進めた。
こうして、この世界での一日が終わろうとしていた。
ただし、この不確実な世界で唯一確実なことは、どんな「冒険」であっても、ガーランドの仲間といれば、それが「青春」としてきらめくということだ。
本作はフィクションです。
実在する人物、団体、事件などとは一切関係ありません。
あくまで空想の物語としてお楽しみいただければ幸いです。




