老人のような男の夢
少し暗い内容の話になります。例えば何かで悩んでいたり、苦しんでいたりする人はあまり見ない方がいいかもしれません。そういう人のお話です。
ある日の暮れ方のことであった。
僕がなぜそこに訪れたのかはわからない。気が付けば自分はそこにいたのだが、不思議と記憶があった。その辺りは猛暑の中でも比較的涼しく、川へ下りられる小道があるといい、テレビのニュースの特集では一匹のゴールデンレトリーバーが息を切らしながら川に浸かっている様子が見られた。不思議と暑さのようなものも感じることはできない。ただひたすらに、何も考えずテレビで見た光景を思い出しながら、ゴールデンレトリーバーが浸かっていた川のほとりへと歩いて行った。たどり着くと、そこは川の水が流れてくるトンネルが近くにあり、流れはかなり穏やかであった。
僕はその水に足を踏み入れた。先ほどから何も感じることはなかったが、川岸の隅に小さなカニが数匹、赤くなって死んでいるのを見つけた。何かうそをつかれたような気持ちになったが、何も考えずトンネルの先へ進むことにした。
トンネルの先へ進むと、徐々に流れてくる水が少なくなっていることに気が付いた。しばらくすると、大きなトンネルへたどり着き、そこにある水門でなにやら作業をしている人々が騒いでいるようだった。いったい何をしているのか尋ねると、
「川の近くにいた鶴がおかしくなっちまったから、川の水がおかしいんじゃないかって騒がれたんだ。だから今、ここで検査しているんだけど何も異常はない。どうせ暑さのせいか、その鶴だけがおかしいんだろうよ」
心底面倒くさそうに、それでも勤勉に働く人が誰かの妄言に振り回されていることに、僕は気の毒に思いながら、お礼を言って水門近くの梯子を上り、道に出ると帰路につくことにした。その辺りの風景に見覚えはなかったはずだが、同じように記憶があるようである。川沿いを下流に進むと駅のある、賑やかな町があるらしい。
その町に入る手前、横を歩いていた若者が、自分に対して何か悪口を言っているようだった。何事だと思い目をやると、その若者はスマートフォンを片手に、こちらに目もくれず悪口を言い続けていた。自分はそういうことをする手合いではなかったはずだが、この時ばかりはどうにもむかっ腹が立って、その若者に掴みかかった。なんだてめぇこのやろう、と感情的に捲し立てると、向こうもなにか怒ったのか、懐から一丁の大型のリボルバー拳銃を取り出してきた。本物かどうかはわからなかったが、モデルガンのようにも見えた。だが、本物か偽物かそんなことはどうでもよく、別にここで頭を撃ち抜かれて死んでも構わないと思い、銃口をつかんで自分の眉間に押し当てて、さらに捲し立てた。
「殺したければ引き金を引けばいいだろう、やってみろ」
自分が声を荒げると若者はどうすればいいか分からない様子だった。やがてその騒ぎを聞きつけた警察官が2人ほど、こちらに駆けつけてきた。僕は銃口から手を放し、事の仔細を説明し、自分も感情的になってやったことだとこちらにも非があることを認めた。だが若者は何か誤魔化すようなことを言いながらそそくさとそこから居なくなってしまった。
「ああいう手合いは、どこに行っても上手くいく世渡り上手でもあるんだよな」
警察官はそう呟いた。あんなやつを評価するのかと、少しモヤっとした気分になった。
「じゃあ僕は馬鹿正直で損をするってことなんでしょうね」
僕が我慢できずにそういうと、警察官は苦笑して、それでもそれなりのところは行けると思うよ、などと肯定も否定もしないようなことしか言わなかった。結局この件はうやむやに終わってしまい、警察官もどこかへ行ってしまった。
周りに目をやると、町は何か催しが行われているようで、いつにもまして賑やかな印象を受けた。でも僕はそれが目障りな感じがしたので、家への近道のような路地裏に逃げ込むように入っていった。そこでもちょっとした露店が出ていて、若者たちの荷物が散乱していたのでうんざりした。さっさと抜け出してしまおうと足を早めると、地面に置かれていたビールの入ったプラカップを蹴飛ばしてしまった。
「すみません、このビールは誰のでしょうか」
「あ、ごめんなさい、私です」
若い女性の声が聞こえた。別に道端にビールが置かれていたことを咎めるつもりはなかった。ただ、人のものを蹴飛ばしてしまい、台無しにしてしまったことに報いねばならないと思った。
「申し訳ありません、いくらですか。まぁこういうのは大抵500円くらいですよね」
僕はそんなことを言いながら財布を取り出して小銭を漁った。
「そうです、500円です。ごめんなさい、ありがとうございます」
女性も申し訳なさそうに、自分が取り出した500円玉を受け取った。ふと女性の顔に目をやると、AIから出力されたような不自然なほどに整った顔立ちをしていた。なにか不気味に思いながら、500円玉を渡して会釈をしてその場から逃げるように立ち去った。
路地裏を出ると、寂れた商店街が目に入った。多くの店舗のシャッターが降りており、賑やかだった街並みとはうってかわって、まるで死んでいるかのようにそこに在った。なんだか僕は安心感を覚え、商店街の中を歩きだし、一軒だけ灯りのついている店舗を見つけた。どこにでもある、コンビニエンスストアだった。そこで僕は、夕食とちょっとした間食を買い、外に出た。
「お客様!申し訳ありません!忘れ物です!」
少し歩いた時のことだった。後ろから大声を出しながらコンビニから店員が出てきて、慌てて二つのゼリーを渡してきた。正直何を買ったかなどは覚えてなかったが、大方レジ袋に入れ忘れたのだろう。自分がミスをして、客に損失を与えるところだったと焦ったのか、大袈裟なほど店員は謝ってきた。
「ありがとうございます。こうして届けてくれたし、気にしなくていいですよ」
僕は店員にお礼をいって、あまりにも頭を下げてくる店員を落ち着かせた。こうして一生懸命に働く人は尊敬できるなぁ、頭が上がらないなぁと、そういう気持ちになりながら再び帰路についた。
海の近くの高層マンション。ここがおそらく自分の家なのだろう。エレベーターで17階まで上がり、どういうわけか階段のところまで行くと、近くの港からフェリーが出向していた。僕は、自分がポケットに入れていた鍵束に、何故か付いていた小さな小さな双眼鏡でそのフェリーを見た。甲板で作業をしている人がいたり、乗客が海の風景を眺めていた。ただぼうっと、その風景を眺めていたが、そうして見ていた人たちが僕の存在に気付いたようで、指をさしたり、こっちを凝視するような素振りを見せた。そんなことはありえないはずなのにである。僕は怖くなって、そそくさと階段を駆け上った。
18階に上がった直後、自分の家が12階にあることに気が付いた。いったい何をやっているんだろうと、自罰的な気持ちになりながら、上ってきた方とは反対側にある階段で目的の階まで下りた。いざ自分の家の前まで近づくと、自分の家の前の廊下には荷物が散らかっていた。自分の家族のものだとすぐに分かった。自分の狭い家の中で何か両親が言い合いをしていた。家の前の廊下に散らかった荷物にも、自分にも目もくれず、何か言い合いをしていた。そこで僕は、この家に帰りたくなかったことを理解してしまった。
ふと、目が覚めた。真っ暗な部屋の中に、パソコンや何らかの機械たちのLEDが、自分たちが生きていることを証明するかのように灯っていた。僕は、この逃げ場のない夢から醒めた自分が、何者であるかを思い出していた。僕は、周りから何かしらで責められ続け、そういったことに疲れ果てて仕事も手につかず、夢も失い、家族に相談はおろか家族ですら信用することもできず、ただひたすらに自分の世界に入って時間を忘れようとすることを続け、苦しみを紛らわせるために浪費をして自分の首を絞め、生きるのもつらいが、死ぬために苦しむ勇気もない、一人で暮らす愚かで惨めで暗い、ついこの前まで若いはずであった、最早老人のように弱弱しく眠っていた男であった。
僕は自分が何者であるかを思い出すと、近くの田畑の蛙の声だけが聞こえる暗い部屋で、自分が悪いことを知りながら生きづらさを感じる世界を逆恨みし、自分が生まれてきたことを後悔し、誰に聞かれるわけでもないのに声を殺して、布団に包まって、ただ、ただ、泣いた。
自分が先ほど見た夢が、どこか昔の文学作品のようだったのである程度物語風にして、自分がその夢で何を感じ取ったのかを思いながら、脚色して書いたものになります。
ものを書いて投稿するのは初めてでしたが、自分の気持ちの整理のようなもので、せっかくだから作品にして書き捨てようと思ったものですので、面白くはないと思いますが、きっと誰かに見てもらいたかったのだろうと思います。