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七、狐面の青年

「まったく、父上も用心深いのう。普段は捨て置いているくせに。帝が入内(じゅだい)を許した途端、自分の屋敷に連れ帰ろうなどと」


 宇治。貴族の別荘地。寂しい荒野に、今日はたくさんの篝火(かがりび)が灯されていた。今上帝(きんじょうてい)が内大臣の提案に折れて、結姫(ゆいひめ)の入内を許したのだ。帝自身も姉妹を娶るのは渋っていたようだが、婚姻と(まつりごと)は密接に絡みついている。自分一人の気持ちを優先させるわけにもいかない。それが帝であっても、中宮(ちゅうぐう)であっても、誰も幸せにならなくとも。


(でもきっと、姉上はいつか帝の()()を産むだろう。そうなれば私は──)


 飼い殺しのまま、帝と姉の情けだけを頼りに、生きていくのか。それがこの世の貴族の娘の宿命だとしても。


 結姫はため息をついた。

 周りにはたくさんの女房や武者が警邏(けいら)し、髪を下す隙もなさそうだった。駆け落ちどころか、自分で世を去る機会すら、失われた。


「さあさ、姫や。牛車に」


 久方ぶりに会った父に促され、結姫は御簾(みす)の外に出る。父親はしばらく見ないうちに老け込んでいた。あとにひとり残された結姫のことを思っての入内であることも分かっている。分かっているから、やるせない。


 美しい月夜の晩。遅咲きの桜が舞い散る。扇で顔を隠しながら、結姫は一度だけ宇治の別荘を振り返った。いつかいい婿を見つけて迎えに来るという父親の言葉を信じて、待ち続けた場所。物寂しくも慣れ親しんだ住処を後にする。篝火に照らされる舎人(とねり)や女房、武者の中に、いつも一緒にいた従者の姿は見当たらない。もう一度ため息をついた。それは安堵か、失望か、結姫自身にも分からなかった。結姫は再び前を向き、諦めのような覚悟を決めて牛車に乗り込もうとしたが。


「待て。姫君の行く先は、そちらではない」


 突如、声が響いた。月夜を背に、桜の木の上で、狐面の青年が立っていた。


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