六、化けの皮
幽世。狐の御殿で、一縷はうなだれていた。
「結姫は私のことなど、何も見てくださっていなかった。あの方がいたから、私は現世で生きて行けたのに」
天狐は一縷をよしよしとなだめる。お菓子やご馳走、美女や絹をいくら与えても一縷は見向きもしないので、しょんぼりと狐耳を下げた。
「その姫君とは縁が薄かったのだろう。一縷、現世と幽世を行き来するのはもうやめよ。現世と幽世を結ぶ役目は充分果たしてくれた。姫君への未練を捨てて、これからは幽世で我の吾子として、狐の子として、幽世のあやかしたちを取り纏めてほしいんだよ。お前はあやかしたちに気に入られている。皆もお前に傅こう。それに我もお前がそばにいてくれたほうが嬉しい」
父のように母のように、天狐は諭したが、一縷はその手を振り払い、ぐっと膝の上で拳を握った。
「……できません。たとえ私の恋が叶わなくても。結姫があまりにおいたわしい。入内しても出家しても、生きたまま死ぬようなもの。姫を置いていけません」
う~んと、天狐は唸った。一縷が後頭部に結わいている赤い髪紐をちらりと一瞥し。
「……致し方ない。一縷、これを」
天狐は懐から、白い狐の面を取り出した。
「これを被れば、狐のあやかしに化けられる。ひとまずこれで姫君を攫っておいで。少なくとも帝や姫の父君はあやかしに攫われたと思い、入内を諦めるだろう」
「……でも、こんなまやかしを使ったところで、結姫は私なんかと一緒になっては、」
いまだに迷う一縷に、天狐は声を低くくする。
「そのときは、一生狐面をつけて、正体を明かさず姫を娶ればよい。お前は姫君と一緒になれるし、姫君もあやかしを婿にできる。それなら万事うまくいくだろう?」
真実、結姫を想っているのなら、一生化けの皮をかぶって生きろという天狐の言葉に、一縷は傷ついた顔をした。
そんな一縷を見て、再び優しい笑みを浮かべた。
「その前に、もう一度ちゃんと話をしてくるんだよ。どうしても困ったときはこれをお食べ。これを食べれば真実、お前は幽世の住人。借り物ではなく、あやかしの加護をその身にすべて受け入れられる。我は一縷の味方だからね」
天狐が差し出した木の実。初めて幽世に迷い込んだ際、手渡されたものと同じ、橘の実だった。