五、拒絶
「──と、いうわけで鬼にも狐にも天狗にも、結婚は断られました。姫と駆け落ちするあやかしはいません」
「うそ~!? 私ってばモテない!? 血筋だけ!? 高慢ちき!? 変な口調!?」
「そこまで言ってません! でも、そんな投げやりな駆け落ち、あやかし相手だってうまくいきませんよ」
まっすぐに一縷が告げると、結姫はしょんぼりと頭を下げた。
「分かっておるわ。現実逃避なことくらい。所詮は戯言。けれど、道具のように父上に使われるのは私の矜持が許せないのじゃ」
「姫……」
「かくなるうえは、出家するしかないのか。姉上の形代として子を産む道具にされるくらいならそのほうがましじゃ!」
胸元から短刀を出し、結姫は艶やかな髪の毛に刃先をあてた。一縷がぎょっとして、その短刀を叩き落す。
「姫! なにもそこまで! そんな覚悟があるのなら、私と一緒に逃げましょう!」
勢いあまり、結姫の身体を掻き抱いた。びくん、と震えた身体から立ち上る香の匂い。豊かな髪。ぬくもり。いつも触れたいと願っていたもの。もう一度、手にしたいと焦がれていたもの。
「一縷くん」
「あやかしと駆け落ちなんてやめて、私を見てください。この命に代えても姫をお守りいたします。幼少のころ。神隠しにあった私が正気でいられたのも姫のおかげ。あなたとなら、私はどこまでも逃げられます」
幼い頃、縋りついた小さな身体は、今は一縷の胸の中にすっぽり収まった。
「私の気持ちにとっくに気づいておいでなのでしょう? なのに平然と御簾を超え、顔を晒すのはなぜですか? 私のことを、物の数に入らない下賤だと。そう思っているからですか。それとも──姫も私を、」
「そうじゃ、飼い犬に顔を隠しはしないじゃろう?」
ぎくり、と一縷は強張った。結姫から、冷ややかな視線。
「私はこれでも内大臣の姫じゃ。従者などと、だれが行くものか。離せ、無礼者」
熱く火照った一縷の想いに冷や水が浴びせられた。温度を失ったように、指先が動かなくなる。簡単に組み敷けそうな細い身体にすら、触れられなくなり、呆然と手を離した。結姫は強い眼差しで、臆せず一縷を睨み上げた。
「そなたの言うとおり、顔を晒したのも、そなたが物の数に入らん存在だからじゃ。戯れを真に受けおって、恩知らずの犬が。私を思うなら、鬼でも狐でも相手を連れて来い。それが出来ぬのなら、髪を下ろしてくれそうな僧か尼を探してこい。そのほうがまだ役に立つ」
思い出した。彼女の強さは動じないこと。一縷が川面に飛び込もうとも、一縷の目が普通でなかろうと、妖術を扱おうと。彼女は態度を変えなかった。普通の人間であるならば腫物のように遠ざける。〝あやかし憑き〟とあざけられる一縷を、平然と受け入れた。
「自分自身を見てほしいなどというが、そなたになにができる。なんの位もない従者などと逃げれば、野垂れ死にするのが落ちじゃ。世の人の笑いものになろう。そなたは私をそんなに落ちぶれさせたいのか」
彼女の動じなさ。そして、気高さ。一縷の最も好きな部分が、鋭利な刃物となって、一縷自身を突き刺した。
「そなたと逃げるくらいなら、死んだほうがましじゃ」