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三、狐の御殿

「成果なしです。結姫(ゆいひめ)になんと報告すればいいのやら」


 幽世(かくりよ)でも有数の名所。狐の御殿に訪れた一縷(いちる)は盛大にため息をついた。


「う~ん、まあ、一縷が全然、姫君の婿探しをする気がないからでしょ」


 向かい合う天狐(てんこ)は畳の上で胡坐をかいて、こめかみを抑えていた。

 千年の歳月をゆうに超えた化け狐なれど、今は麗しい貴公子の姿に化けている。ふさふさの狐耳と尻尾を生やし、黄金の長い髪をしどけなくおろしている姿は絵になった。どういうわけか、この天狐は一縷の保護者気どりで、幽世での昔馴染みである。


「……だって、あやかし風情が結姫の駆け落ち相手だなんて。想像しただけで腸が煮えくり返りそうです」

「それ堂々と我の前で言える一縷はすごいと思うよ~」


 天狐は気にした様子もなく、扇で笑みを隠した。


「そんなに納得がいかないのなら、お前が攫ってくればいい。幼き頃からの想い人だろう? いい機会じゃないか。それに」


 扇をぱちりと閉じて、一縷の胸に向けた。


「お前は幽世の──我の大切な吾子(あこ)。お前の想い人と知れば、名乗りを上げるあやかしなんていないよ」

「……姫君は、身分違いは嫌だと仰せなのです」


 天狐は狐目をまんまるくさせた。


「それこそ問題ないではないか! 一縷にはあやかしたちの加護が憑いている。現世では無位無官だろうが、幽世では皇子様のようなもの! 姫君だってイチコロだって!」

「皇子って……あなたが勝手に私を神隠ししたのが原因ですけどね」


 再び扇を広げた天狐は不服そうに、言い返した。


「不服か? 〝あやかし憑き〟と蔑み、一縷を捨てていった両親のほうが恋しいと? こんなに可愛がっているのに我は悲しい。養父(パパ)と呼んでもくれてもいいのに。養母(ママ)でもいいよ」

「いえ、私は人間なので。狐の子になる気はありません」


 すげなく断る一縷に、「かわいくない」と天狐は唇を尖らせた。


「ま、そこが一縷の稀有なところ。これほど幽世に渡っておいて〝惑わされぬ〟。神隠しに合った人間は、気がふれるのが常だというのに」


 にんまり、と狐は妖しく笑った。


「我ら人ならざるモノは、人間と近すぎても遠すぎてもいけない。我らの存在を見る、伝えるモノを選ぶため。ときには神隠しを行って人間の幼子を幽世に誘う。たいていは、幽世に囚われるか、現世にはじき返されるか……お前はどっちつかずのまま。人ならざるモノを見ながら、人間として正気を保っている。幽世と現世を渡り、結ぶ。まこと、幽世の大事な吾子だ」


 天狐は善良な狐といえど、野狐や妖狐など人間に害をなす化け狐も多い。狐だけではなく、鬼や天狗、あやかし、物の怪、土地神や祟り神の住まう幽世は、倫理も時間も感覚も現世とは異なる。何度も境界を踏み越えては、普通の人間なら気がふれる。けれど、一縷は正気を保ったまま、あやかしたちと平然と会話する。幽世の住人から可愛がられ、面白がられている理由でもある。


 一縷はそっと、自らの髪を結わいている赤い髪紐に触れた。


「……結姫のおかげなのです。神隠しにあい、心も身体も揺らいでいた私を繋ぎとめてくださった。大切な私の姫君。結姫が私を望んでくだされば、すぐにでも攫ってしまうのに」

「なおさら分からない。だったら、なぜ力づくで攫ってこない? 我が授けた妖術を使えば、人さらいなど造作もないぞ」


 ぽ、と赤く頬を染めて、一縷は甘いため息を吐いた。


「内大臣の姫君とか。幽世の皇子様とか。あやかしの妖術が使えるからとか。そんなことじゃなくて、長年姫のおそばに仕えた幼馴染として──ただの人間としての私を、好きになってもらいたいのです。身分や肩書になんかに惑わされずに」


 天狐はきょとんと眼を見開いた後、肩をすくめて笑った。


「なるほど、幽世に囚われぬわけだ。恋に惑っているのだな、一縷は」


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