9話<来訪者は語らない②>
お茶と言っても千差万別だ。だからまずはいったい何が彼女の口に合うのかと本人に聞いてみることから始めた。
「あの、お茶といっても一括りにはできません。なので、好み等がありましたら是非教えて頂きたいのですが。」
しかしお嬢様人形は指を立て左右に振ると
「それを見定めるのも貴方方の仕事です。私が答えてしまっては評価できないじゃない。」
と手で払う仕草をとり早く作るよう催促する。
「既にテストは始まってるって事か…」
サングラスは自信なさげに言う。この金髪は見た目通りあんまり料理が得意じゃない。さすがに炒飯程度は作れるがお茶なんて出したことがないサングラスにとっては頭を抱える難問であった。といったものの私たち自身何かの給仕の仕事に携わっていたわけではない。サングラスより多少料理ができるだけでお茶に関してはサングラス同様素人といって差し支えない。
「では、まず種類について決めましょう。ある程度方向性は固めたほうがよいかと。」
ヴァイスさんの真っ当な意見に明日香も頷いた。
「では、まず私から。単純な思考になりますが相手はお嬢様です。やはりここはエキセントリックな紅茶などはいかがでしょう。」
その意見に回りが反論することも特になかったのでそっちの方向で決まる。
「少し聞きたいんだがいいかな?」
珍しく他人に興味を持ったルナが椅子に腰掛けながら聞く。
「えぇ構いませんよ。」
それに対しヴァイスは嫌な顔ひとつ見せずに了承した。
「有り難う。先ほどまでは奴の空気に呑まれ聞き出せる状況ではなかったが、あそこの黒子について知ってる限りの事を教えてほしい。お前が言うにはこの状況を円滑に進めることができるといっていたな。」
「その通りです。黒子の人物。名はパペット。名前の通り人形を腹話術を用いてあたかも喋っているかのように見せています。」
「あれ…やっぱり腹話術なんだ。」
ルナの質問の答えにさっそく乾いた笑いが起きる。本当に何故わざわざ謎のキャラ設定にこだわるのか意味が分からなかった。その視線に気づいたヴァイスさんは
「パペットはどうも人前が極度に苦手なのです。なので、あぁして偽りの自分を使って間接的に意思を伝えているのです。まぁ喋っているのは本人ですがね。」
と補足する。
「おい。アイツがちゃんと人間ならよ、今すぐこんな茶番をやめさせてくれ。俺はアイツがどうも苦手だ。」
サングラスは黒子の手に嵌められている人形を指差しながら言う。腹話術と聞いて本人が喋れると気づいたからだった。それにより乾いた笑いもピタリと止む。実際その苛立ちは私たちも同意だ。今回の件はもしかしたら異能力者狩り事件に関わっているかもしれない。私たちとしてはこれ以上の死人が出る前に早急に阻止したかった。特にサングラスは妹の事もあるため余計にだろう。
サングラスの言う通り普通に喋れるんだったらそれでお願いしたい。
その一方でヒカリはヴァイスが、接した期間は少ないものの、ふざける性格ではないような気がして言うのを躊躇っていた。
明日香は静観し、ルナは特にどちらでもいいといった様子で黙ってこちらをみている。
「…申し訳ありませんがご期待に沿うことはできません。皆様にはこのテストをどうしてもクリアして頂かなければならないのです。事件解決のためにも、彼女の能力は必要不可欠です。」
「でもよ……あ…。」
ヴァイスの拒否に対してサングラスは理由を問いただそうとしたがすぐに合点がいった表情になる。そうだ。アイツががその事に関して理解していないわけがない。アイツは別に私たちを困らせようとしてこんな変人を寄越したんじゃない。事件を解決させるためにわざわざ苦渋の決断でこの人を呼んでくれたのだ。そんな奴を少しでも疑ってしまったサングラスは己を恥じた。ヴァイスの言う通りあの人形を操っている当人は黒子で間違いない。だがこの茶番をやめさせるのは難しいと答えた。つまり、この回りくどい方法が私達が望む事件への手掛かりになるという事だったのだ。
「ヴァイス。すまねぇ。お前がふざける訳はねぇのに…妹の事ばっかに頭が持ってかれちまって…最善を尽くしてくれたんだよな…それを俺は…情ねぇな。」
「私も嫌な顔してすいません。」
「とっとと、やりましょ。」
サングラスに続いて私と明日香も協力の姿勢を見せる。
「皆さん。有り難うございます。」
ヴァイスさんは頭を下げると今度こそお茶作りにとりかかるのだった。
「思った通りというか。思った通り過ぎて逆に驚いてしまいました。」
お嬢様人形は感想を口にしながらカップを机におく。といっても飲み物を呑んだのもカップを置いたのも全部黒子当人なのだが、それは突っ込まないことにしておく。
「くっ…」
やはりこの相手を満足させるのは難しい事はわかっていたが、それでもこの条件をクリアする以外に協力は望めなかった。だから出来るだけ相手に評価してもらえるように努力したのだが結果は徒労に終わるのではないかと暗雲が立ち込めていた。
「わざわざ専門店まで行って工夫したってのによ」
サングラスが自らの努力が水の泡になったことに落胆する。始め紅茶というジャンルで取りかかることとした私たちは早速材料を買ってくる運びとなった。何回も話した通り私たちは金欠だ。そしてただでさえカツカツなのにあの一文無しまでやってきたものだからまさしく火の車だ。だから、材料はギリギリのラインでなるべく高価なものを買うことにした。しかし素人同然の私たちだったため店員におすすめしてもらったのを買い提供することになった。ちなみにサングラスは彼に似つかわしくないロイヤルミルクティーを出したが結果は
「ミルクとお湯の割合が釣り合っていませんね。出直して下さい。」
ときっぱり不合格の烙印を押されてしまったのだった。そして冒頭のサングラスの落胆の光景へと戻る。それからというものの私がアイスティー、明日香がリーフティーなど様々なバリエーションのものを出したが立て続けに
「甘さが足りませんね。グラニュー糖を加えてみたらどうでしょう?」
だとか
「紅茶の濃さが均一ではありませんね。しっかりと調整してほしいものです。」
などと好き放題に言われる始末であった。ここまでで五人中残るは二人となった。一方は本命。もう一方はまったく期待していないので実質ラストチャンスのようなものだった。その本命であるヴァイスさんは私たちのはなしあい通り最後に出番を控えている。というのもその方が最初よりも後半のほうが印象が残りやすいと思ったからという安直な理由だったのだが。なので次はルナなのだが誰も期待していない。単純にルナが料理等が下手くそなのもそうだし。特筆すべきは今回の件に対する取り組みかたにあった。なんと彼女はインスタントの紅茶を提供するなどとのたまったからだ。それを聞いたときには、リーダーであったとしても手が出そうになったくらいだ。しかし彼女が言うには
「変にこだわろうとするより得意な方法でやるのが一番だ。」
ということなので大人しく任せることにした。実際ルナの言ったことはあながち嘘ではない。なぜなら彼女は食に関してのスタンスがいかに早く済ませられるかというものなので私達が作る以外は基本インスタントか外食なのであった。それにより彼女は結構な頻度でインスタントのコーヒーだの紅茶だのを作っていた。といってもそんなザ・手抜きで相手を満足させられるとも思わないのだが。ルナは手慣れた手付きで素早く紅茶を作ると黒子の前に一礼してから置いた。ルナに手で示されお嬢様人形(黒子)は黙ってカップを持ち下からカップに口をつけ飲み始める。そして二口程呑んでから机におくとハンカチで口を拭った。待っている間私たちはとっとと不合格を出して次にいこうというムードになっていたのだが相手からの返答は予想だにしないものだった。
「質問してもいいかしら?」
ここにきて今までとは違うアクション皆の視線がお嬢様に向いた。
「なにかな?」
「これは何をいれましたの?」
どうやら質問の意図はルナが混入させた隠し味についてらしい。私たちはルナの紅茶に興味などなかったのでヴァイスさんの紅茶に意識を向けていた。そのせいか、隠し味については当人以外知らなかった。ルナは棚に入っている瓶を取り出すとお嬢様人形の前に見せる。そこには自家製なのか"すもも"と汚い平仮名で書かれたジャムがあった。
「なかなか粋な計らいをしてくださるじゃない。」
「そりゃどうも」
お嬢様人形はルナの軽い挨拶を受け取るとルナに向かって
「合格よ」
とまさかのヴァイスさんの出番無しに合格を宣言する。
「は!?ありえねぇだろ。」
サングラスが何か不正があったのではないかと騒ぎ立て始めた。
「俺のが駄目でリーダーのがいいって。おいなんか隠れて賄賂でも渡したんじゃ…」
サングラスが文句を言い終わる前に突如としてサングラスの顔に何かがぶつかり地面に落ちる。
「なんだ?」
サングラスが地面を見るとそこには手に収まるほど小さな扇子が置いてあった。そしてサングラスはこれが誰のものか察するとその当人を睨み付ける。
「何しやがる!」
詰め寄るサングラスに対して
「私は嘘はつきません。そして貴方、今すぐに彼女を愚弄したことを謝罪なさい。」
とお嬢様人形は反発する。
「んだと!?」
サングラスは思わず激昂しそうになるが明日香に肩を叩かれ状況を改めて理解するとすぐに大人しくなりセンスを人形に返した後ルナに向かって
「すまなかった。」
と頭を下げる。その後目を反らして頭を掻きながらこれでいいんだろ?と視線を送る。
「よろしい。それでは気を取り直して」
コホンと咳払いをした彼女はセンスを口元にあてながら
「これより私は貴方達に協力いたしましょう」
とようやく協力してくれる運びとなるのだった。
「ではハサミを持ってきて貰えるかしら」
お嬢様人形は髪を整えながら要求する。
「ハサミ?」
これが事件解決の足掛かりになるのだろうか疑問が口に出たところでお嬢様人形は
「いいから持ってきなさいよ。説明はちゃんとしてあげるから。」
と催促してきたので大人しく以前ヒカリの入隊祝いの飾り付けで使ったさいに放って置いたダンボールの中からハサミを取り出し手渡す。
「感謝しますわ」
礼を告げるお嬢様人形だったが受け取ったのは黒子の方だった。そして「失礼」とお嬢様人形が言いながら黒子はソファーの方まで歩いていくと突如として城ヶ島の顔近くにハサミを向ける。
「何してんだよ!」
サングラスが黒子の手首を掴んでこれからされるであろう行為を事前に止める。するとお嬢様人形は
「確かに断りなくやったのは謝りますが、貴方も貴方で私がいきなりハサミでこの子を滅茶苦茶に切り刻むとでも思って?」
とサングラスを追及した。
「まぁそれはそうだけどよ」
素直に謝られたのでサングラスは黒子の手首を話す。
「でも、ハサミで何すんだよ」
サングラスの質問にお嬢様人形は
「この子の髪を頂きます。」
「髪?それが、お前の能力と関係してんのか?」
「ご名答。さすがにそこまでは察しが悪くないようですわね」
「察しが悪いは余計だ」
人形に対して文句を言うサングラス。サングラスはやはり少女というものに執着を持っているように見える。私は、余り詳しくないが確か妹がいるなんて話をしていたか。そんなことを考えてるうちに黒子は3cm程髪の束を切断すると、今まで大人しくしていたリーゼント人形の口に髪をいきなり突っ込んだ。
「げっ…気持ち悪い」
明日香がビジュアルの悪さに顔色を悪くする。ぶっちゃけると私はこういうグロい系は苦手ではないのだが、一応自分も女子という自負があるので一歩下がって苦手アピールをしておく。そしてリーゼント人形が髪を無言で咀嚼し始める。さらに気持ち悪さが増し明日香は顔を背ける。私も顔を背けようかと思ったがめんどくさくなってきたので普通にみておく。しばらくして咀嚼をやめたリーゼント人形は口から髪と共に何か折り畳まれている白い紙を吐き出した。
「なかなか大胆な能力だな。」
達観していたルナも思わず感想をこぼす。私は髪が絡まっている紙を床から拾い上げると間髪を容れず広げる。
「ヒカリ…よくそんなのさわれるわね…」
明日香からまるで女じゃないみたいな目線を送られているが、それよりも内容の方が気になるので触れないでおく。そして紙にはズラズラと文字が書かれていた。軽く目を通してみるとそれはどうやらこの城ヶ島という女子の情報であることがわかった。
「そうか。ヴァイスさんが連れてきてくれたのって。」
この能力からようやく合点がいった。そしてある人物が脳内に浮上してきた。そうだ、この黒子を私は知っていると。そしてそれは皆も例外じゃない。何故ならばこの黒子の正体は
「能力の貴重性から特別な権限を得ている特定屋ね。」
特定屋というのは本部に在中している能力者の呼称でなの通り相手の腹の中を探ることが出きるという便利な代物だ。
「でも待てよ特定屋は今本部がこき使ってて気軽に呼べる存在じゃないぞ?さらには俺たちも特定屋の姿は見たことがないレベルだ。」
サングラスは答えを求めるようにヴァイスさんに目を向ける。ヴァイスはその目線から意図を理解すると口を開く。
「その通りです。なので特定屋の能力を借りて来ました。」
「借りる?この黒子は本人じゃないってこと?」
明日香が黒子を見ながら疑問を口にした。
「はい、あくまでも借りたという形です。簡単に説明すると私の知り合いに相手の能力を使える人物がいるんです。そして頭を下げてこちらまで来ていただいたというわけです。」
ヴァイスの答えにルナは口角を釣り上げながら
「お前の知り合いはずいぶんと生意気な性格をしているようだな。」
と椅子に座りながら視線だけをヴァイスを向けながら告げる。ルナの発言に
「ごもっともな意見です」
とヴァイスが頷く。
「知り合いの能力もそこまで便利なものではなくてですね。能力を借りるにあたって相手の協力がいるんです。」
「協力?」
協力といっても先程の通り特定屋はコンタクトがとれる状況ではないはずだが。その疑問を解決するようにヴァイスさんは私を見ながら
「特定屋個人の許可はえられませんでした。なので変わってもらったんです。ほらそこに二つの人形がいますでしょう。」
と指を指しながら言う。指先には黒子の手に付けられた二つの人形があった。
「本人からの了承が得られない場合は、そこの人形二つの願いを叶えなきゃいけないんです。それを許可の証として一時間だけ限定で能力を借りることができるんです。ちなみに借りるといっても相手の能力はなくなってませんがね。」
と締めくくる。そしてヴァイスは自らの時計を確認すると
「そろそろ一時間たちます」
と黒子のそばに立ちながら時計を見続ける。そして、ちょうど一時間立ったと同時黒子の体が横に傾く。それを倒れないようにあらかじめ近くにいたヴァイスさんが支える。
「大丈夫ですか。」
ヴァイスさんが黒子の肩を叩きながら言うと黒子は呻き声をあげながらゆっくりと体を起こした。
「一時間たったんですね…」
と中性的な声でヴァイスさんの肩を借りながら立ち上がる。そして回りを見回しながら状況を理解すると挨拶を始める。
「はじめまして、今回ヴァイスに言われて来ました。」
そしてなにやらモジモジしながら中性的な声の人物は上目遣いで
「あの、今回はカトリーヌとカグヤが迷惑かけませんでしたか?」
と聞いてくる。しかし、相手の表情が質問の意図を理解できていないのを見ると慌てながら
「すいません…!カトリーヌとカグヤというのは自分の人形の事です。ほら…私が意識持ってかれてる間いつも迷惑かけてるって聞くし…」
「いってませんでしたが能力を借りてしまうと意識がなくなりただの人形達の移動手段になってしまうのです。何でも許可をとるのに本人の意志が介入してはいけないとかなんとかで」
とヴァイスさんが補足する。
「…」
「あの…どうしましたか?」
相手は意識が今の今戻ったため私たちとは実質初対面となるのだが、私たちからすれば先程まで何の反応もしなかった相手から下手にこられるととても反応しにくいのだ。しかし、それに相手が気づく訳もなく首を傾げながらこちらの反応を伺っている。誰かが話さないと始まらないので私が
「大丈夫だよ。むしろ楽しかったくらいだし」
と一応フォローをいれておく。しかしそれが不味かった。相手は何故か異常に頬を赤らめながら
「そんなこと言われたの初めて…」
と目に涙が浮かび始めた。
「あー違うの!泣かせるつもりはなくて!その!」
何が違うのか自分でもわからなくなっている私をみかねた明日香が代わりに前に出た。明日香は相手の前で腰を下ろし
「すぐ泣かないの。ほらハンカチ」
と涙ぐむ相手にハンカチを手渡した。それを受け取った相手はハンカチで涙をふきながら
「有り難うございます…」
と頭を下げる。
「いいから。気にしないで、深呼吸してみて」
と背中を撫でながら相手を手慣れた様子で落ち着かせる。私との対応のレベルの違いに自分が女として恥ずかしくなってきた。そしてサングラスは私の横に移動してくると
「アイツなんか子供の世話とかしてたらしいぞ」
と耳打ちしてくる。
「通りで…」
と私もその対応に納得してしまった。深呼吸を数回すると大分落ち着いた様子になり改めてこちらに頭を下げる。
「すいません…いきなり褒められたもので。その!これからは褒めないでください!」
と訳のわからない謝罪をされてしまったが相手なりの謝罪をここはちゃんと受け取っておく。そして場が落ち着いたところで今まで会話に参加してなかったルナが紙をヒラヒラと手で揺らしながら
「では、本題に入ろうかと」
と冷めきったコーヒーを飲みながら言うのだった。