2話<邂逅と回想①>
クレイドル、奴らの本丸はどこにあるかは現状判明していない。しかしここにきて尻尾を出してきた。ちなみにクレイドルというのは敵組織の呼び名の事である。10年以上前にクレイドルの幹部らしき人物が声高らかに名乗ったことが始まりとされている。
研究所に融資したのはクレイドルでほぼ間違いないだろう。クレイドルとしても本部の破壊は高いアドバンテージをとれる。仮に本部が破壊されてしまえば、そこで収容している容疑者の脱走や機密情報の奪取など様々な弊害が生じるだろう。今回で必ず食い止めなければならない。しかし研究所には常駐の職員がいるので下手に動くと不法侵入者として追い出されてしまうかもしれない。よって私達は今回本部のとある脳力者に協力してもらいまるでこちらも職員遜色ないように見せかけることが出きるようになっている。これは我が本部では重宝された能力だ。本人は面倒な事この上ないとぼやいていたか。とはいえとある能力者によれば相手が能力者であるのならばこの暗示は通用しないと思っても良いと言っていた。用はあくまでも職員達の目を誤魔化すためだけに付与されたものと言うことだ。そして今回の作戦に置ける論点は莫大なエネルギーの抽出作業がどこまで進んでいるのかだ。その進み具合によっては早急に対処しなければならない。そしてそもそも一個人のエネルギー量ごときで堅牢な要塞といっても差し支えない本部を貫けるものなのか。以前本部を狙ったテロが発生したが大規模な爆発にも関わらずノーダメージだったのは記憶に新しい。しかし現状思考してもそのエネルギーによる威力への答えは出てこないため保留にしておく。そしてもう一つの問題は眼前にあるもので
「今回は重要任務だから協力するが、俺は極力お前とは関わりたくない。」
とこれから行動するメンバーのはずなのに初手から仲違いが起きていたのだ。「なんだと?!」サングラスも負けじと長身の男と睨み会う。金髪の男に対して白を基調とした全体的に清楚な装いをしているのは25支部のリーダーのシュバルツである。確かドイツ語で黒といういみだったか。
「リーダー」
すると睨み会う二人をみかねた男がシュバルツの後ろでわざとらしく咳をした。
「リーダーも重大任務だと承知しているはず。愚痴なら後で聞きますから今は務めを果たしてください。」
「あぁすまない」
言われるや否や自身の失態に気付きシュバルツは話を切り上げるサングラスは何か言いたげだったがここはおとなしく引き下がる。どうやら後方の男は冷静な軌道修正役と言ったところだろうか。はっきり言ってうちにも一人欲しい。
シュバルツは私たちと仲間を見渡せる位置まで移動してから
「これよりクレイドル運営の生態エネルギー研究所を調査する。情報によれば交戦になる可能性が高い。後今回はそちらのリーダーがいないため俺がリーダーとなる。17支部も私の指示にしたがってもらう。俺たちは2階から、お前達は1階から調査をしろ。本部によればこの情報はまだ敵には伝わっていないためできるだけ感づかれる前に事を終えたい。分かったか。」
と淡々と話を進めくれぐれも余計な真似はするなとシュバルツはサングラスを睨み念を押す。サングラスはへいへいと軽く流した。本当に協力し会えるのだろうか。そもそもサングラスとシュバルツに確執ができたのはサングラスが謹慎処分になったときの任務が関係しているらしいが、サングラスはその件に関しては頑なに黙秘しているので私も明日香も知る由がなかった。リーダーならメンバーの情報はある程度入手できるため知っているだろうが機密を話す性質じゃないから聞き出すのはおそらく無理だ。
「というわけでだ早速行動を起こしたいのだが貴様らのチームは三人しかいないようだからな、仕方ないヴァイス向こうに入ってくれ。」
「了解しました」
ヴァイスと呼ばれたのは先程シュバルツを注意してた長身の男だ。ちなみにシュバルツは黒といういみに対してヴァイスは白の意味を持つ。指示を受けたヴァイスは一度丁寧に礼をしてからこちらのチームに加わる。本来であれば強制ではないものの支部のリーダーが同行するケースがほとんどだ。しかしこちらのリーダーは何かと理由をつけ待機しているのでここにはいない。それにより生じてしまった空きをシュバルツが補填したという形になる。これに関してはシュバルツの優しさと言えるだろう。案外不器用なだけかもしれない。
「いいのか?そっちは司令塔不在でよ」
とサングラスが皮肉をいうがシュバルツは取り合わずに
「二班に分かれ行動し発見があり次第すぐに報告すること、敵と交戦になった場合についても同様、増援として向かってもらう。しかし敵の能力はこちらも把握できていないため一度別れてしまえば増援に向かえる可能性は少ない。では行くぞ」
と早々に話を進めると白いコートを翻し仲間を引き連れて研究所に入っていく。そして続いて私たちも研究所へと立ち入る。しかし何故か入ったときには既にシュバルツ達はいなくなっていた。おそらくシュバルツ達の能力だろう。
「リーダーは慎重な男ですので、隠密で行動しています。」
ヴァイスの発言で相手の目を欺く類いの能力だと当たりをつける。
「先越されてたまるかよクソ!」
シュバルツに対抗心を燃やすサングラスをヴァイスがなだめる。
「落ち着いてくださいあなたは以前謹慎処分になっていましたよね。つまり前科ありです。これ以上問題を起こすと謹慎処分以上の重い処分が下されてしまうかもしまいませんよ。」
「ぐっ!」話を聞いてサングラスもチームの輪を乱す軽率な行為をしたと反省する。
「すまんな皆どうしてもアイツは苦手でよ。」
「大丈夫です。行きましょう。」
余計な詮索はしないと言うヴァイス、そしてヴァイスはそそくさ歩を進め出す。
「行きましょうって目星でもついてるんですか?ここは公式に認可された施設です。あからさまな場所では活動をしてないと思いますけど。」
私も感じていた疑問点を明日香が聞くと
「あなた達は知りませんでしたか私の能力を。」
そうヴァイスが言った瞬間世界が発光した。数秒して光が弱まったため目を開けるすると建物内に青白い線がノートの升目のように描かれていた。私たちは周囲を見回す。しかし線はヴァイスの少し手前で止まっている。
「これがヴァイスさんの能力…?」
私たちはヴァイスの方を向き返答を待つ。ヴァイスはシュバルツと同様のデザインのコートに手を突っ込み
「歩きながら説明します。ついてきて下さい。時間は有限なのですから。後一応言っておきますが私達は現在能力を使っても一般人になら不審がられないようになっていますのでご安心を。」
と告げてからスタスタと歩を進める。私たちは慌ててヴァイスについていった。
ヴァイスを先頭に私たちも続く。やはり能力によりバレなくなっているとはいえ何か緊張が抜けない。今ヴァイスが能力を発動しているのだから余計にだ。もしかしたらバレてしまうのではないかなんて馬鹿な不安が押し寄せてくる。しかし事実は回りの職員はまったくもってこちらに気づいた様子は見せない。つまり成功と言うことだ。それに安心していた最中ヴァイスが口を開く。
「端的に言いましょう私の能力はある一定の範囲をスキャンするというものです。この升目を張り巡らせ私の脳内に建物の構造を伝達させることが可能なのです。ご理解いただけましたか?まぁこの升目は貴方達にも見やすいように範囲を絞って見せたまでですので今は消させていただきますよ。」
ヴァイスは升目を消した後前を向いたまま確認する。
「ということはヴァイスさんはある程度怪しい箇所の目星をつけられているわけだよな?」
突然サングラスが立ち止まりヴァイスに詰め寄る。ヴァイスは「そうですね」と一言。
「はっきり言ってシュバルツの野郎の真意が見えねぇ。あんたの能力がそんな便利なもんならシュバルツは何故俺たちにヴァイスを寄越した?そこがどうにも引っ掛かってるんだが。」
確かに人数の補填だけを目的とするなら探索に便利なヴァイスさんを手元に残して、他のメンバーを寄越すはず、シュバルツさんとサングラスの仲なら尚更とも思うが、さすがに私達を裏切ろうなんて考えてはいないはずだ。私は初対面だったので憶測になるが今までの少ない会話をまとめると、まずシュバルツさんの性格上おそらく任務に支障をきたすことはしないはずだ。サングラスはなにやらヴァイスさんが私達を罠にかけようと誘導していると考えているみたいだがあの厳格で冷静なイメージのシュバルツがこんな狡い真似をするものなのか。サングラスがそこまでシュバルツを敵対視する理由とはいったいなんなのか。ますます気になってくる。
「私を疑っていると?」
サングラスの返答にヴァイスの足が止まる。
「どうした?やるってんなら受けてたつぜ?といってもてめぇと俺じゃあ能力に差が出ちまってるけどな。」
サングラスはヴァイスを挑発し既に臨戦態勢に入っている。
「ちょっとまってよバカ!」
明日香がサングラスの革ジャンを後ろから引っ張る。
「何ムキになってんの?あんたとシュバルツさんに何があったか知らないけどさここは敵地な訳、今協力し合わないでどうするの?」
「でもよ明日香だって怪しいと思わねぇのかよ。」
明日香の説教で軽率な行動だったと反省の意思を見せるサングラスだが態度は相変わらずだ。いつまでも譲らないサングラスにヴァイスは
「落ち着いてください。早とちりしすぎです。」
と軽く受け流した。ヴァイスはサングラスに向き直り
「サングラスさん、あなたが思っているほどリーダーは軽率ではありません。少し本音を出すのが下手なだけなのです」
と返す。「どういうこと?」私が首をかしげると
「単純な話ですよリーダーはあなた達を思って私を寄越したんです。直接は言われてませんが私はそう解釈しています。」
「は?そんなことある分けねぇだろ!だって…」
すぐさま否定するサングラスだったが黙ったままで
「覚えていますか数ヵ月前の事件、あなたは我々に対して責任を感じているようですがね。責任を一番感じているのはリーダーだったんですよ。こんなことリーダーは口が裂けてもいいませんが。そしてリーダーはおそらくあなたにこう言いたかったんだと思います。」
ヴァイスはそっぽをむいたままのサングラスに向かって
「すまなかったとね」と彼の気持ちを代弁して告げたのだった。
シュバルツと初めて出会ったのは今から3ヶ月前だ。俺は25支部のメンバー2人ととある任務に当たっていた。情報によれば幼稚園に犯人が侵入し立てこもりをしているとの事だった。警察達と犯人が先程まで交渉をしていたが突如として警察数人が倒れたことにより相手は異能力を保有している可能性が高いと見られ急遽こちら側に連絡が来たということだった。
「相手は距離があるにも関わらず能力を発動させ、そして前触れもなく警察官複数を殺害した。我々がお伝えできるのはこれだけです。犯人は一向に要求を口にしませんし手がつけられんのですよ。」
帽子を被り直したのは初老の警官だった。額からは冷や汗が出ており極度の緊張状態であると伺える。なんせ相手は異能力者、拳銃などなんの抑止力にもならないのだから恐れるのは当然であろう。
「まかせてください。」
笑顔で受け答えしたのは白いコートを着こんだやけに貴族然とした長身の男だった。男は最後に軽く会釈するとこちら側に戻ってくる。そしてポケットに手を突っ込んでから
「相手が得たいのしれん能力を使う以外は一切が不明だ。下手に犯人に顔を出すなよ異能力者だと感づかれたら真っ先に攻撃されるのは俺たちなんだからな。」
話し方と身長も相まってか俺は初対面ながら悪印象だったのを今でも覚えている。
「しかし問題ない。事態を迅速に解決するために私が派遣されたのだからな、はっきりいって17支部のお前はおまけに過ぎん。何しろ仕事も録にこなせない弱小支部だ。」
印象通り俺を用済みだと見下す相手に俺は詰め寄る。
「んだと?喧嘩売ってんのか」
しかし相手は取り合わずに「ヴァイス」高身長の男が呼び掛けたのは同じく白いコートを着た男だった。こいつらは揃いも揃って白いコートをきるというしきたりでもあるのかと思ってしまった。ヴァイスと呼ばれた男は「はい」と一言、すると世界が発行し気がつけばノートの升目が地面や壁に張り巡らされていた。
「これはいったい?」
俺が唖然としていると
「情報通り一教室を除いて他の職員や生徒は逃げたようです。そして犯人もおそらく一人だけかと。」
と的確に情報を分析して伝えた。それを聞いた男は身を翻し早速園内へと入っていく。その最中突如として彼の姿が消失してしまう。
「これはいったい…」
見ているしかできない俺に対してヴァイスは
「見ててください私のリーダーの手腕を。」
不適な笑みで見送ったのだった。
警察達が突然として倒れ異能力者絡みの事件だと本部へと要請をいれている頃、園内では園児達を守る教師が必死に犯人に訴えかけていた。
「浦道さん…どうしてこんなことを?あなたも立派な先生だったじゃないですか。」
浦道と呼ばれた男は警察達を見据えていたが女性教師の呼び掛けに首だけむけた。そして顔は怒りの形相へと変化していく。
「んだ?あんとき俺を見捨てた分際でよく言えたもんだなぁ?正義のヒーロー気取りか?え?」
思い切り睨み付けられた女性教師は怯みながら
「だって…」
と言葉を口にしようとしたが男はその前に女性教師の襟元をつかみ持ち上げる。その様子に園児達が悲鳴を上げ泣き出す。男はそれに構わず女性教師の頬を殴り付けた。そのまま地面に叩きつけられうめき声を上げる相手を足で踏みつけながら
「あれは冤罪だったんだ…だが何度いっても園側は聞き入れなかった!園全体で俺を糾弾して俺は退職に追い込まれたんだ。この責任は当然とってもらわなきゃ気が済まねぇよな?」
男は女性教師に馬乗りになり狡猾な笑みを浮かべた。これから自分がされるであろう事を想像した女性教師の目に涙が浮かぶが教師として最後の意地を見せるためキッと男の目から目線をそらすことをしなかった。
「それがせめてもの抵抗か。」
男は拳を思い切り握りしめそのまま振り下ろす。女性教師の顔面に拳が振り下ろされ直撃する寸でのところで男が横に倒れ混む。男が視線をむけるとそこには一人の女児がたっていた。
「これ以上先生をいじめるのはやめて!」
必死に声を出し男の凶行を止めようとする。しかし当然男が止まるわけもなくむしろ男はこれを利用してやろうと女児を片手で掴むとそのまま教室内の角の方へとつれていく。
「ぐっ!」「唯愛ちゃん!」
男に人質にされようとしている女児を見て一人の男児が名を呼ぶ。男児が立ち上がり男めがけて立ち向かおうとしている。しかしその足はガクガクと頼りなく震えていた。そんな男児を女性教師が抱き締める。
「光輝くん駄目…!」
「でもぉ…!」
男児の目には大粒の涙が浮かんでいた。自分の無力さを悔やんでも事態は変わらない。男が女児を片手で持ち上げ吊し上げる。そして先程同様握りこぶしを思い切り女児の腹に打ち込む。
「ぐ…!」
女児の苦悶の声が教室に響く。男は手を止めることなく腹に打ち込み続ける。
「俺に逆らおうとした落とし前しっかりつけてもらうからなぁ!」
男は笑みを浮かべながら暴行を続ける。やはり正義のヒーローなんていないのかピンチのときに助けてくれる救世主は都合よく現れないのか。男児が膝から崩れ落ち女児を視界にいれることをやめてしまったそのときだった。突如として男が横に吹っ飛びロッカーに激突する。
「なんだぁ?!」
突如として起きた出来事に理解が及ばない男は辺りを見回すが誰もいない。しかし男は確かに何者かに吹き飛ばされた。
「ちっ同類か…」
舌打ちをしながら相手はこちら側なのだと把握する。男は立ち上がり周囲を見回すが全く視認することはできない。すると男は教室にあった積み木やらなんやらを蹴飛ばして教室中に撒き散らしていく。
「お前を視認することはできないだったらこれでどうかな?」
男は注意深く散乱しているおもちゃ類を見回す。そしてガチャと積み木が音を立ててぶつかり合った。
「そこか!」
男の右ストレートが思い切り空を切る。しかし何故か手応えがないあたったという感触さえも透明になる能力なのか?「ぐぼぉ!」しかし思考する前に男の顔面に透明な拳が突き刺さる。そして男は何者かに背中側に馬乗りにされ気づけば手錠で拘束されていた。男はまだ何が起きたのか把握できていない様子でいる。そして教室に二人の男が入ってくる。一人は金髪にサングラスをかけた青年と白いコートを羽織ったインテリ系の男性だった。
「だからいったでしょう?」
コートを羽織った男、ヴァイスは金髪頭のサングラスを見て不適な笑みを浮かべる。「…」サングラスは認めるのに不満があるのか返答はせずに拘束された男に目隠しを施す。
「倒れた警察に関しての特徴を聞いたんだが、全員共通してお前とにらみあってた連中だったららしい。そう考えると視認することによって発動する能力がたけぇって事だからな。」
そしてサングラスは男を担ぐと
「俺は除け者らしいから後は頼むぜ。」
とその場を立ち去る。それを見届けた男ヴァイス、そして透明化を解除した男シュバルツが息をつく。
「まったく。」
あきれた声を出したシュバルツはヴァイス達に命じて教師をた教師と園児達をエスコートさせる。そしてシュバルツも教室を後にしようとしたときだった。教室の角でうずくまっている少女を発見した。先程確かに全員確認したはずなのだが見落としていたか。そしてこの少女は男に人質に取られていた少女だと認識した。シュバルツは腰を落とし少女と目線を会わせると
「大丈夫か」
と声をかける。「う」と少女は頷きこちらの顔を見る。
「一人でたてるか?」
その質問に少女はコクりと頷く。
「でもね今とても怖い気分だから手を繋いでほしいの」
少女の頼みにシュバルツは
「分かった。」
と頷き少女が立ち上がるのを待ってから少女が伸ばしてきた手をつかもうとした。そのときだった。
「ふふ。」
とこの状況にそぐわない笑い声が漏れる。その出所は少女のものだった。シュバルツは怖さのあまり気がおかしくなってしまったのかと思ったが少女の顔を見て気づいた。いや、もっと早く気づくべきだったのだ。時既に遅しとはまさにこの事。なぜなら手は既に握られた後だったのだから。そして突然シュバルツの意識が途切れた。
途切れていた意識が覚醒し、シュバルツは目を開いた。始めに目に入ってきたのは天井で自分が仰向けになっているのだと知る。まてよ、シュバルツはその事実に待ったをかけた。俺は先程保護しようとした少女に何かをされ意識が途切れていた。少女の目的は俺たちの排除のはずであれば真っ先に意識を奪った俺は何故意識を取り戻すまで生きている。体の痛みなどは特にない。とりあえず起き上がろうとして異変に気づいた。
「教室…こんなに広かったか?」
出口までやけに遠く感じた。気のせいかとも思ったが床に散乱しているおもちゃをみて確信する。
「もしかして小さくなったのか…」
手と足をよくみてみると関節の辺りが人形のような構造になっていた。取り外しが出来てしまう程の脆さも感じる。
「とにかくここをでなければ。」
幸い喋れるし歩くこともできる、ヴァイスにピンチを伝えなければ。すると突如として上空から何かが落ちてきて地面に着地する。ドスンと地響きが起こり転んでしまう。目をやるとそこには先程までは教室にいなかったはずの少女がいた。おそらくおれの見えない位置、ロッカーの上にでも乗っかっていたのか。
「どう?お人形さんになった気分は。」
少女は幼さをはらんだ声色でしゃがみこみながら感想を聞いてきた。なんとか体制を持ち直した俺は時間稼ぎに徹することにした。俺が戻らなければ確実に異変に気付きヴァイスがきてくれるはずだ。それまで持ちこたえるのだ。
「聞きたいことがあるんだが。」
「なに?」
少女は先程までの質問などどうでもよかったかのように切り替える。やはり見た目に反して知能はかなり高いようだ。
「あの男とは仲間だったのか?であれば何故助けなかった。」
少女はしゃがみこんでいるにも関わらずおれの何倍もの背丈がある。生殺与奪の権利は相手にあるのだとまざまざと思い知らされる。少女は人差し指を顎に当てながら
「浦道くんね…仲間って言うより保護者って感じかな?」
「保護者?」
顔はまったく似ていなかったが母親似なのだろうか。
「違うの。」
少女は俺の心を見透かしたように否定した。
「なんかねぇ生まれたときから両親はいなくてさ、そこで代わりに育ててくれたのが浦道くんなの。」
「そうだったのか。」
つまり先程の人質の件は二人の自作自演だったということになる。
「君たちが来ることは念頭にあったから、そのときは浦道くんが一掃してくれればいいなぁって思ってたんだけど。予定が崩れちゃった。私は保険だったのに。」
「浦道とやらの能力について教えてくれないか」
俺が質問をすると少女はいいよーと軽く承諾した。
「浦道くんの能力はね、見えてる相手を深層心理で極限まで畏怖した瞬間無条件で対象を殺害するってものなの。どう?滅茶苦茶つよくない?でも一発で倒してくるようなプロには意味ないけどね。」
少女は体制を変え仰向けになり両手両足で大の字を作る。
「やっぱりさ小さい女の子ってだけで皆良心が働いちゃうんだよね、たすけなきゃ!ってねそれを利用させてもらったって訳。泣きながら君に抱きついて人形にしてから手錠を外して2対2って展開でもよかったんだけどまだ君は臨戦態勢だから万が一警戒される可能性があったから申し訳ないけど浦道くんは見捨てさせてもらったの。そっちの方が確実だったしね。」
「まんまと俺はしてやられたってわけだ。」
「そういうこと~」
少女は上半身だけ起こしパチパチと手を叩く。このいちいち子供らしい動作をいれるのは少女の幼さを演出させるものなのか素なのだろうか。そんなことを考えながら俺は少女にさらに問う。
「何故こんなことをした?」
警官によれば何も交渉には応じなかったらしい。狙いがなんなのかを探ってみる。少女はまた上半身を倒し仰向けになるとぐるぐると回り始めた。回りながら少女は
「浦道くんこの幼稚園で冤罪で退職する羽目になったからその復讐だって言ってたよ。当時は持ってなかったこの力で目にもの見せてやるって息巻いてたね。」
とどうでも良さそうに締め括った。
「お前は興味なさそうだな。」
そう告げると
「うん。」
即答だった。
「単純に浦道くんには恩があるからそれに報いようと思っただけだよ。復讐なんてそんな大層なものどうでもいいし。私は私なりに筋を通したかっただけ。」
この少女は育てられ方を間違えた。こんな犯罪に堂々と荷担している時点で倫理観が欠如してしまっているのだ。もしかしたらなかまたちと余計な考えを持つこともなく過ごせる、そんな世界があったかもしれないのに。シュバルツは歯噛みするがifの事を考えてもしょうがない。思考を切り替える。
「だからここの生徒として転校してきたって体で入ってきたわけ、疑われるでしょ?外部の人間だと?でもここでの生活が悪くなかったてのは嘘じゃないからね。」
少女の顔はこの時嘘をいっているように思えなかった。この時俺はこの少女に本来あるべき姿を垣間見た気がした。
「さぁて。」
しかしそんな思考もすぐに途切れる。少女は突如として俺を片手で鷲掴みにし持ち上げ立ち上がる。そろそろ時間稼ぎも限界か。そして少女は俺の右手に触れ、思い切り引っ張る。「!?」痛覚はないが今にも引きちぎれそうな俺の右手を見て気分がよいとこたえる奴はいないだろう。
「よーしまず1本。」
気づけば俺の細くなった右手は少女の手の中にあった。
「次はこっちだよ。」
少女は狂喜の笑みを浮かべながらなす術のない俺に手を伸ばしてくるのだった。
今回はサングラスくんの回想になります。シュバルツとの確執を思わせる展開ですが、先に言ってしまうと理由は案外お互いの遠慮という感情だったりします。次回で回想は完結させるつもりですので余り長くはなりません。
ということで今回はペンを置かせて頂いてまた次回お逢い出来ることを願っております。