巫女さんの正体は
今日も薄暗い部屋で意味不明のモノを制作していた。他者から見たら無駄な時間でも、俺からしたら有意義な時間である。
「よし。これで完成だ」
机の上にあるブツを眺めた。自分で言うのも何だが出来栄えはまあまあである。
ドキドキしながらスイッチに指を置いた。この瞬間が堪らない。上手く作動した時の喜びは何物にも代えがたい。まさにエクスタシーである。
「さていくか。ポチっとな」
ビーーッと始まりの電源音が鳴り、目の前にホログラム映像が浮かび上がった。そして、俺の心を掴んで離さないアニメ「お兄ぃ ご飯だってばっ!」の主人公、琴原ミルクちゃんが愛くるしい笑顔で歌って踊った。
「ガハッ。こ、これは効くぜ!」
前回は映像の乱れが激しく、俺嫁の姿が現れたり消えたりと悲しい末路だった。しまいには同じ個所を何度もリピートする始末だった。たぶん、一山なんぼの安い基盤を使ったせいだろう。その反省を生かし、今回は金に物を言わせて高価な基板を導入。見事に愛でることが出来た。
感無量とはこの事である。
清らかな歌声と、激しくもしなやかなダンスを披露する俺嫁。鼻の下を伸ばしながら何度も繰り返しメロメロしていた。
しばらくして。
「健太郎。ちょっと!」
下から母の呼ぶ声がした。
長年息子をやっていると声質で何を言いたいのか分かってくる。この呼び方から察するにお使いであろう。面倒くさいと思ったが世話になっている以上断る訳にもいかない。渋々降りて行った。
「何か用?」
「今日、筑前煮を作るからスーパーに行ってコンニャク買ってきて」
「はぁぁ?」
「あんた好きでしょ?」
「まあ、嫌いじゃないけど……」
30手前の男に、そのお使いは酷ってものだぞ。
「あっ、ついでにティシュも切れそうだからお願い」
「なっ……」
その組み合わせは超絶危険なのだよ。分かる? 言っている意味!
二階に厄介で、合わせて十戒の身の上なので逆らうことは難しい。文句タラタラで買い物に出かけた。
新芽が顔を出し始めたばかりだというのに外はギラギラに暑い。太陽がやる気満載で街の全てを照らしていた。
「最近の天気は異常だな」
大の大人が平日のお昼過ぎにスーパーでコンニャクとティッシュを買うという、危険極まりないミッションをこなして店を出ようとすると……。
サッカー台で袋詰めしている女の子を見かけた。
「あれ。巫女さん?」
後ろから声をかけられ一瞬ビクッとし、それからゆっくり俺の方を向いた。
「あっ、この間のお兄さん……ですか?」
「買い物ですか?」
「はい。父に頼まれまして」
「立派ですねぇ~」
「ありがとうございます」
何が立派なのかよく分からないが、怪しい人ではないと分かって安心したようだ。
「お兄さんもお買い物ですか?」
「母に頼まれまして」
「何を買ったんですか?」
「あっ、いえ。大したモノではないです」
……誰にも言えない秘密のアイテムである。
袋詰めを終えた彼女を見ると、パンパンに膨らんだエコバッグ2つ分の荷物になっていた。神社で働いている人たちの分なのだろうか。華奢な両肩にバッグの持ち手が食い込み、見るからに痛くて重そうである。
「大量ですね」
「そうなんです」
「1人じゃ持ちきれないでしょ」
「慣れてますから」
「あっ、俺、手伝いますよ」
「そんなぁ。ご迷惑ですよ」
「大丈夫。俺んちは神社から近いですし、それにヒマですから」
「でも……」
「いいから!」
半ば強引に1つを奪った。
一応これでも男である。運動不足の怠け者とはいえ女性よりは力も体力もある。ズッシリと肩に食い込む荷物を抱えて神社まで並んで歩いた。
「今日は暑いですね」
そう声を掛けると、巫女さんは汗を拭きながらニッコリした。
「本当ですね」
「春なのにこの暑さって……」
「近頃の天気は異常ですよね」
神社で見かけて挨拶する程度で、まともに会話をするのはこれが初めてだった。俺はコミュ障ではないが、ほぼ初対面の人と話すのは緊張する。しかも相手が可愛い子なら尚更である。
「あのう。お兄さんは何というお名前なんですか?」
「俺は三井健太郎って言います。みんなにはケンタって呼ばれてます」
「ケンタさんですか」
「巫女さんは?」
「私は万田凛です。みんなにはリンって呼ばれてます」
「リンさんですか。いい名前ですね」
「ありがとうございます」
互いに汗を拭きつつ重い荷物を抱えながら会話を進めた。
「ケンタさんはおいくつなんですか?」
「俺は今年で29歳になります」
「え? 29……ですか?」
驚いた様子で聞き返してきた。年齢だけが先走り、精神性は中坊の頃と何一つ変わらない。小馬鹿にされるのも無理はない。
「リンさんはいくつなんですか?」
「私は19歳です」
「わ、若いね」
「ケンタさんも若いですよ」
彼女はクスッと笑った。
「高校を卒業したばかり?」
「去年まで女子高生でした」
「今は何をしているの?」
「家の手伝いです」
「花嫁修業中?」
「ハハハ。まだ遠い先の話です」
「し、失礼しました」
「ケンタさんは?」
「只今、花嫁募集中です」
「私と一緒ですね」
意味深な顔でニヤッとされた。
何だろう。この若き血潮に弄ばれている感覚は。決して悪くはないかと……。
互いの素性を語りつつ、他愛もない話をしながら歩いているうちに神社へ帰って来た。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ話が出来て楽しかったよ」
俺は持っていた荷物を手渡した。
「またお参りに来てくださいね」
「もちろん。すぐ近くだから毎日来るよ」
「道中お気を付けて」
「巫女さんもバイト頑張ってくださいね」
リンは笑顔で境内へ入った……と思いきや、急に俺の方を振り向いた。
「私、バイトの巫女じゃありませんよー」
「そうなんですか?」
「ここの娘でーす!」
「え?」
バイバイと手を振り、今度こそ帰って行った。
何か知らんが人生楽しくなる予感がする。愛でもない恋でもない。俺はロリーでもない。だが、何故か心が激しいダンスをしていた。
表情が緩みっぱなしのままスキップしながら帰宅すると、母がキッチンで仁王立ちしていた。
「あんた。遅い!」
「悪い悪い。ちょっと友達に会ってさ」
「買い物は?」
「え?」
調子に乗り過ぎてすっかり忘れていた。先ほど手に持った荷物をすべてリンに渡してしまったらしい。
「30にもなって買い物一つ出来ないなんて……」
「また29だわ!」
「……情けない」
何だろう。この心が荒む感覚は。決して俺のせいでは無いかと……。