俺の運命はどこへ
メルリンが出て行った後の部屋は異様に静かだった。壁に掛けられた時計がチッチッと秒を刻み、俺の運命をあざ笑うかのように進んで行く。
「心臓がヤバイな。このまま逃げるか」
目の前にある窓を開けてみた。よく考えれば別室は2階にある。ここから飛び降りたら運命どころか生命の保証すら危うい。ドアからそのまま知らん顔で退出する事も考えたが、それも何だかシャクに触る。
「うーん。思った以上にヤバイかもしれん」
考えるより行動が先。そんな己のバカさ加減を恨んでいると……。
再び扉が開き、博士が一段と険しい表情で近づいてきた。
「次はあなたの番よ」
「あのう……」
「何か言い残す事はある?」
「……は、博士ってキレイですね」
「はい?」
唐突に意味不明の告白をされ、一気に不審者を見る目に変わった。動揺し過ぎて自分でも何を言っているのか分からなかった。
「あなた何しに来たの?」
「はぁ……」
「私の説明も聞かずにニヤニヤしてたでしょ」
「……」
博士とのラブロマンス妄想とは言えず……。
「ふぅー。まあいいわ。こちらへいらっしゃい」
美女のしなやかな後ろ姿を眺めつつ後を付いて行った。
「ここよ」
案内された部屋は飾りっ気もなくガランとしており、中央部分に小さな丸椅子が設置されていた。その横には大型機材がウィンウィン唸っていて、すぐ側で助手らしき人が機械を微調整していた。
「そこのイスに座って」
言われるがままに座った。
「さて、覚悟は決まった?」
「か、覚悟とは?」
「あなた、本当に何も聞いてなかったの?」
「申し訳ございません……」
「……まったく」
博士は深いため息をつき、悲しい顔で俺を見つめた。そして再び説明をしてくれた。
この任務は第3銀河宇宙防衛軍が秘密裏に進めている宇宙戦略で、その目的は「地球を救え」との指令だった。
そう遠くない昔。遥か彼方の銀河から地球へ降り立った生物がいた。その生物の名はバクースタという種族だった。
この種族は宇宙を荒らす無法者で知られていた。銀河を縦横無尽に飛び回り、惑星に降り立っては傍若無人を繰り返しながら生き続ける奴らだった。
彼らは生物を洗脳し、肉体に入り込んで内側からコントロールするという厄介な能力を持っていた。体内に入り込まれた相手は意識まで消滅させられるため、もはや別人格になってしまうとか。
意識を乗っ取られた生物はバクースタ星人の思い通りに動くロボットと化す。全体をロボット化した後は、生物同士で争いを起こすよう先導し、惑星を壊滅させて次の星へ移動する。
肉体を奪い、思考を洗脳し、地上生物を根絶やしにするのが手口なのだとか。
「なぜそんな事をするんですか?」
「進化のためよ」
「進化?」
「そう。自分たちを宇宙一進化した種族にするためよ」
「たったそれだけ?」
あまりにもバカバカし過ぎて開いた口が塞がらなかった。どういう経緯を辿れば、その思考回路に繋がるのか見当もつかない。DQNの行動心理と一緒である。
博士は続けた。
バクースタ星人は、他者の肉体に入り込む事で自らのDNAを上書き出来る種族だった。様々な惑星へ降り立っては生物に憑りつき、自身の姿形を書き換えて進化する。これによって頭脳、パワー、判断力など必要な能力がレベルUPする。
あらかた進化を遂げ、これ以上の経験値が望めないと分かると惑星を爆破して次の星へ向かう。次の星でも同じ事を繰り返してさらなる進化を遂げる。
こうして宇宙を渡り歩いているのだという。
そんな彼らが現在、地球という星で好き勝手に暴れまわり、人間に憑りついてDNAの上書き保存を行っている最中なのだとか。
「地球ってどこにあるんですか?」
「すぐ隣の第2銀河よ」
「隣って?」
「ここから10万光年くらい先ね」
「10万光年って……」
宇宙を旅した事がないので数字を言われても距離感がまったく掴めない。調査団の博士が「すぐ隣」という事は、近所の定食屋へ行って散歩して帰る距離なのだろうか。
宇宙規模で見れば10万光年など瞬きする時間なのであろう。
「1つ疑問なのですが」
「何ですか?」
「地球が大変なのと、トーテキと何の関係が?」
「それはね……」
バクースタ星人は銀河を駆け巡り、惑星を壊滅に追い込むならず者である。その星自体を制圧して魅力が無くなったら、次のターゲットを物色するため再び宇宙を探索する。
そうなると、地球から僅か10万光年しか離れていないトーテキがターゲットにされる可能性が高い。トーテキどころか、第3銀河に入り込まれたら今まで守られてきた平和と秩序が乱れてしまう。
そうなる前に先手を打つ必要がある。
「地球を救うという事は、第3銀河だけでなく宇宙全体をも守るという事なの」
「……なるほど。先手必勝ですね」
危機を感じた宇宙防衛軍は、各惑星に存在するエリート戦士を地球へ派遣する事を決めた。
「エリート戦士?」
「既に多くの戦士が地球へ行って調査を行っているわ」
「凄いですね。見知らぬ惑星の為に戦うなんて」
「勇気ある行動よ」
「まさにエリートだな」
彼らの働きによりバクースタ星人の細かな情報を得る事が出来たのだが……。
肝心の対策が思うように進まなかった。
彼らは肉体を乗っ取る事で人間に姿を変える。中身はバクースタだが、外見は人間そのもののため見極めが難しいんだとか。
闇雲に攻撃しただけでは、寄生先である人間をも消滅させてしまう事になる。これでは防衛軍が殺戮軍団になってしまう。本来の目的は「バクースタ星人のみ殲滅」であるため、迂闊な攻撃は出来ないらしい。
悩んだ防衛軍は、第3銀河の各惑星に存在する「特殊能力を持った者たち」の力を借りる事にした。
「と、特殊能力ですか?」
「あなたもそれを知って参加したんでしょ?」
「いえ。全然知りませんでした」
「……まったく」
半ば呆れ顔の博士は、メッセージのひな形を俺に見せた。
「ほら、ここよ」
そこには、虫眼鏡でようや見えるくらいの小さな文字で「特殊能力者に限る」と書かれていた。
ただでさえ直感と思いつきだけで行動している俺である。粗品贈呈中を読んだ後、何も見ずに妄想だけで適当に参加してしまった。
……っていうか、最重要事項を極小の字で書くかね? 普通。
「さっきの彼女はどんな能力を持っているんですか?」
「メルリンさんは内部破壊の能力を持っているの」
「な、内部破壊ぃ!?」
「物質はそのままに内部を壊すインナーボムよ」
「インランガム? 食べると、そのう……」
「インナーボム!」
強めに否定された。
「マ、マジっスか」
「あなたは?」
「……」
俺が持っている特殊能力は「あり得ない妄想を奏でるバカ」くらいだろう。
「……俺、やめときます」
「どうして?」
「彼女みたいな能力など持ってませんから」
「そんな事はないわよ」
「いや。本当に何もありませんから」
博士は一息ついてから、
「申し訳ないけど、先ほどあなたの素性を調べさせてもらったわ。あなたはモノ作りの能力に長けてるわね。色んな素材を組み合わせて面白い物を制作する。それって発明の能力だと思うわ。それに時々、私たち調査団の制作依頼も受けているわね」
そう言った。
「適当に組み合わせているだけでして……」
「アイデアを形にする。これも特殊技術よ」
「まあそうなんでしょうけど」
「想像力が無ければ何も生まれないと思うけど?」
「……はぁ」
「この任務に必要なのは勇気だけじゃないのよ。発想力、行動力も不可欠なの」
「……」
「あなたは2つの能力を兼ね備えているエリートよ」
「エ、エリートですか? この俺が?」
「そうよ」
体のいい言葉で騙されている気がする。
やる、やらないを決めるのは自分。他人の行動を阻害しないのがトーテキのルールである。
「どうですか。やりますか?」
「……まあ、そのう」
「しばらく考えますか?」
「……」
しばらく考えた所で結論は変わらない。いくら考えても「どうしようかな?」そう悩むだけだ。結果が同じなら悩まないのが俺流である。しかも頼まれればイヤと言えない性格だ。
「まあ、やるだけやってみます」
「ありがとう。感謝するわ」
ここで初めて博士の表情が和らいだ。気品あるメガネから覗くつぶらな瞳。クールな表情から垣間見える独特の優しい雰囲気。美人の笑顔ほど勇気づけられるモノはない。特に博士のような知的美女なら尚更である。
任務が終わったらデートでもして、その後は……いかんいかん。再び宇宙と交信する所だった。
「じゃあ、覚悟はいいですか?」
「あのう」
「何ですか?」
「そ、粗品っていうのは……」
「ああ、忘れてたわ。はい、これ!」
そう言って小袋を手渡された。中身が何なのかを調べようと袋を開けた時、ピキーンピキーンと警報らしき音が部屋に響き渡った。
「それじゃあ、頑張ってね」
「あっ、はい」
「無理はしないでね」
「はい」
「そうそう。1つだけ言い忘れていたわ」
「何でしょうか?」
「地球へ行ったら、トーテキ人としての記憶は無くなるから」
「なっ……」
笑顔で手を振る博士が歪んだ。そして視界がグルグル回り始めた。
ちょっと待て。記憶が無くなるとか、そんな重大な事柄を今になって言うな。
それと、小袋の中身が「消しゴム1個」ってどういう事だ。もしかして「記憶を消す」にかかったシャレなのか?
いやぁぁぁーーー。だ、騙されたぁぁぁ!