妄想癖が仇となる
説明会場には、メッセージを見て集まった年頃の男女がワシャワシャしていた。ざっと数えても100人近くのトーテキ星人がいる。まるでお見合いパーティーの様相だった。
目的は様々で、この時とばかりにお役所へ入り込もうとしているのか。それとも両親に出世した姿を褒めてもらおうと思って志願しているのか。もしくは粗品目当てか。
「粗品に目がくらむ連中が多いな」
自分を棚に上げ、室内に用意されていたイスに腰を掛けた。
各自の欲望が交差する会場でイスに座ってボーっとしていると、部屋の扉がガラッと開き、制服を着た屈強な2人の男が入ってきた。
「みなさん、席についてください。これから説明を始めます」
そう呼びかけた。ザワついていた会場内に緊張感が走った。
シーンと静まり返る場内でこれから何が始まるのか。期待と不安を抱いて前を見つめていると、再び扉がガラッと開かれて1人の女性が現れた。
彼女を見た瞬間、俺の中のもう1人の俺が祭り囃子を奏でた。
後ろにキュッと束ねたナチュラルブラウンのセミロング。知的センス漂うメガネ。体にフィットした白のブラウスに黒っぽいタイトスカート。それが良質なスタイルをさらに際立たせていた。
透き通った白い肌と端正な顔立ちが気品を感じさせ、その裏にある妖艶で危険な香り……。
モロ俺好みだった。
「ではサフラン博士、どーぞ」
屈強な男たちは1歩下がって彼女の両脇に立った。サフラン博士と呼ばれる女性は壇上に立ってコホンと小さく咳ばらいをすると、今回の内容を説明し始めた。
「本日はお忙しい中、お越し頂いて恐縮です」
その場にいる全員が静かに耳を傾けている最中、俺の脳が悪いクセを発揮した。昔から美人を見ると額から電波が発射され、宇宙と交信するクセがある。
頭の中に浮かぶのは美人博士とのラブロマンス……。
これが粗品か? 粗品どころか国王に献上するレベルだぞ。俺なんかが愛でていいのだろうか。
それにしても綺麗な人だ。こんな人と結婚出来たら人生楽しくなる予感がする。デートをして食事をして……その前にお互いの気持ちを確認するのが先だな。
「俺は君の事が好きだ」
「私なんかでいいの?」
「もちろんだとも。君以外には考えられないよ」
「う、嬉しい!」
二人はしっとり抱き合った。
ガハッ。夢が広がるじゃないか!
「……という訳です」
博士の話が一旦終わった所で半分以上の人が席を立った。話の途中で退席する者もいたが、俺は気にする事なく夢物語を進行した。
もし彼女と結婚したら……。
俺は博士と共に調査団に加わり、将来有望な若手としてバリバリ仕事をする。的確な指示を出して部下から「ケンタールさんに一生付いて行きます」などと尊敬の眼差しで見られるかもしれない。ジャンク職人などやっていられないな。
外では厳しくも優しい博士。家へ帰れば甘えん坊の彼女。
「今日は色々あって疲れちゃった」
「俺がマッサージしてあげようか」
「いやだぁ~。変な事するでしょ?」
「しないよ。君の疲れた心と体を癒してやるだけさ」
そうして2人は愛を育み……。
「……という過酷な現場です」
一通りの説明が終わると、さらに退席する者が続出した。
そこでようやく我に返った。
妄想から帰還した俺は周りを見渡した。100人は居た会場がいつの間にかガランとしており、俺と女の子だけが座っていた。
「残ったのは2人だけですか……どうしますか?」
「私はやります!」
女の子はキリっとした表情で返事をした。
「あなたはどうしますか?」
返答を求められた。
返事をしようにも説明をビタ一文聞いていなかった。美人博士に舞い上がり、妄想で時間を潰すというウルトラCを披露していたのだから答えようがない。
「な、何がでしょうか?」
「は?」
「あっ、いえ」
「あなたは私の話を聞いてなかったのですか?」
「……」
ズバリ、ご名答である。
「そういえば、あなたは最初からニヤニヤしていたわね」
「そ、そんな事はありません……です」
「……」
「す、すいません」
「まあいいわ」
惑星を代表する頭脳の持ち主が妄想バカに構っているヒマなどない。
「それでは、2人共こちらへ来てください」
半ば呆れた表情をしながら手招きした。
何が何だかサッパリ意味不明だったが、博士の指示に従い俺と女の子は2階にある別室へ移動した。
「今から準備しますので、ここでしばらく待っていてください」
そう言われ、別室で待機する事になった。
俺と女の子は、何もない無機質な空間でイスに座って準備が整うのを待った。
初顔合わせで会話が見つからず、部屋中に微妙な空気が流れる。お互いにチラッと見ては話しかけずらそうに下を向いた。
気まずい空気がしばらく続いた後、細面だが芯のしっかりしていそうな女の子が自己紹介を始めた。
「初めまして。私はメルリン・エムズです。みんなからはリンと呼ばれてます。現在1万9千歳です。今回は惑星の役に立ちたいと思い、ここへ来ました」
お手本みたいなしっかりとした挨拶だった。
自己紹介されたらこちらも挨拶するのが礼儀である。別にコミュ障という訳ではないが、職業柄、家に引き籠ってモノづくりに没頭しているため外部の人と接触する機会がほとんどない。彼女にフラれてからはますます出不精になった。
ここ1年で家族以外と話をした記憶がない。直近では母に「真面目に働きなさい」と言われ、「これでも立派にやってるぞ!」と口答えした程度だ。
彼女の様な立派な志もなく、粗品に目がくらんでノコノコやって来た不埒者である。
「お、俺はケンタール・カスタド です。現在は2万9千……」
「えっ? 2万9千歳……ですか?」
メルリンは驚いた様子で聞き返してきた。
「いや、そのう……」
「ご、ごめんなさい。ちょっと意外だったものですから」
見下されているのは非を見るより明らかである。見た目、精神性、そして頭脳に至るまで幼少から何一つ成長していない。バカな子供が肉体だけ大人になったという質の悪い輩だ。
彼女の顔をチラッと見ると、バツが悪そうにモジモジしていた。
2人の空気が一気に変な方向へ流れ、微妙な沈黙が続いた。何とも言えない心地悪さに気持ちは焦り、背中に嫌~な汗をかく。こういう場合、男として会話をリードせねばなるまい。
俺はドキドキしながら話しかけた。
「あのう、メルリンさん。1つお聞きしてもいいですか?」
「はい。何でしょうか」
「これから何が行われるので?」
「え? 説明を聞いて無かったのですか?」
「ち、ちょっと考え事をしてまして……」
「命に係わる重大な事ですよ?」
「い、命ぃ~!?」
ビックリし過ぎて次の質問に困っていると、扉が開いて博士が再び顔を出した。先ほどのキリっとした美人顔が一変し、厳しい表情に変わっていた。
「用意が出来ました。心の準備はいいですか」
博士の言葉に対してメルリンは、「はい!」と小気味よい返事をした。
何の事やら皆目見当もつかない。説明を聞かなかった俺の落ち度なのだが、命に係わる重大案件と聞かされ不安はますます増幅する。
「まずはメルリンさん。あなたからです」
「はい。分かりました」
「若いのによく志願してくれましたね」
「惑星の為ですから」
「素晴らしいわ」
「私の力が役に立つのなら喜んで参加します」
「無事に戻ってきたら私と一緒に働かない?」
「はい。喜んで!」
「頼りにしてるわよ」
「ありがとうございます」
メルリンは俺に向かってバイバイと手を振り部屋を出て行った。
もう一度言う。説明を聞かなかった俺が悪い。ただそれは、博士が美人過ぎるからで、美しさも場合によっては罪なのだよ。
だから博士、ちょっとトイレ行っていいかな? 恐怖でオシッコが漏れそうなんですけど……。