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窓際のモブAは保健室の天使様とお昼を食べる


「すみません、昨日あんまり寝れてなくて。今ってベッド空いてないですかか? ……ちなみに今日の貢ぎ物はふるさと納税で届いた国産和牛ハンバーグです」


「は、ハンバーグっ!?」


 四月から何度も保健室にご厄介になっているからか姉大路先生はあからさまに僕を警戒していたけど、ハンバーグと聞いた途端に目の色を変えてカーテンをシャッと引いた。

 全部で四台あるベッドはどれも空いてる。いつもなら少なくとも一、二台は埋まってるのに今日は閑古鳥が鳴いてるみたいだ。まあ保健室に人が少ないのはいいことかも知れないけど。


「そ、それなら仕方ないですね。だけどベッドが足りなくなったら代わってもらいますよ?」


「もちろんです」


 先生の了承を貰ったところで、寝る前にまずは昼飯だ。

 保健室の中央に置かれている丸テーブルにランチクロスを広げて、その上に置いた弁当箱の蓋を開けると、先生は分かりやすいくらい中身に釘付けになっていた。


「じゅるり……」


「姉大路先生、よだれ垂れてますよ」


「っっ!?」


 そう教えてあげると先生は慌ててティッシュで口元を拭った。

 そしてくしゃくしゃに丸めたソレを証拠隠滅とばかりにえいやとゴミ箱に投げ捨てる。

 まあその一部始終を僕は目の前で見てるわけだが。


「さ、さぁ私もお昼を取ってこようかしら。ええっと、鞄はどこに~」


 あ、誤魔化した。


 今のやり取りは毎度のことで、僕は保健室のベッドを使わせてもらう時はこうして姉大路先生に賄賂を渡していた。

 賄賂って言ってもお金じゃなくて今みたいにお弁当のおかずとか、ファンから贈られてきた食べきれないお菓子とか食べ物がメインなんだけど。

 なんで食べ物ばっかりかというと――


「うわっ、先生またそんなご飯食べてるんですか!?」


 対面に座っている先生の弁当が酷すぎて僕が思わずツッコむと、先生は恥ずかしそうに腕で弁当箱を隠した。


「だ、だって。今月も厳しいんですもん」


「だからって素パスタと具なしコンソメスープはないでしょ。先生って保険医ですよね? そんなのばっかり食べてたらいつか倒れますよ」


「うっ……生徒の正論が辛い」


 栄養も味も考えず、ただただ安さだけを追求しましたという具合のご飯に目を覆いたくなる。

 だから元々交渉材料にしていたハンバーグの他にもおかずを数品素パスタの上に転がしてやると、姉大路先生は目をキラキラと輝かせた。


「わあっ、おかずこんなにっ!?」


「これもあげるんで食べてください。先生の食生活心配しかないんで――」


「おいひぃ、おいひぃよぉ」


「いやもう食ってるし」 


 言うが早いか姉大路先生は一心不乱にご飯にかぶりついていた。

 これ下手したら一週間くらいはまともに食べてなさそうだな……結果的にだけど今日保健室に来たのは正解だったかも知れない。


 姉大路先生がなぜこんな極貧生活を送っているかというと、それは大学時代の学費と仕送りを両親に返済するためらしい。

 詳しい経緯までは教えてくれなかったけど、どうも実家と上手く行っていないみたいだ。

 だけど私立校勤めとはいえ大学を出てさほど経っていない養護教諭の稼ぎじゃ返済するのは大変で、こうして涙ぐましい努力で生活費を切り詰めてるってわけ。


 僕が時おりベッドを使わせてもらうついでに『賄賂』という名目でご飯を押し付けているのも、無茶をしがちな姉大路先生のことが気がかりだからだ。




「それにしても先生って本当美味しそうにご飯食べますよね」


「んっ、んくっ……そうですか?」


 ハンバーグにポテトサラダ、素パスタを間に挟んでグラタンに卵焼きと、次々に口に運んでは幸せそうに顔を綻ばせている姉大路先生にそう言うと、先生は自覚がないのかこてんと可愛らしく首を横に倒した。


「ええ、雫も喜ぶと思いますよ。今朝自信作だって自慢してたんで」


「いつもご相伴ありがとうございます雫ちゃん!」


 妹の名前を出すと先生は神様にでも拝むみたいに手を合わせた。

 わりと冗談抜きに雫の弁当が生命線になりつつあるもんな、この人。


「湊斗くんはいい妹さんを持ちましたね。毎朝早起きしてお弁当を作ってくれる娘なんてそうそういませんよ?」


「まあ正直助かってますけど、大変だろうし無理はしなくていいっていつも言ってるんですよ。でも僕が俳優の仕事してるんだから、自分もなにかしたいって言って聞かなくて」


「ふふっ、きっと湊斗くんがお仕事ばかりで大変だから心配してるんですよ。お兄ちゃん想いのいい娘じゃないですか」


「そうなんですかね? 普段から口開けば生意気なことしか言ってこないですけど。誰々のサイン貰ってきてーとか、アイス買って来いとか」


「照れ隠しですよ、きっと。雫ちゃんはたしかまだ中学生でしょう? 思春期の女の子ってそういうものですから」


「姉大路先生……」


 たおやかな笑顔を浮かべてそう語った先生は、まさしく『保健室の天使様』のあだ名に相応しいどこまでも肯定してくれそうな包容感に溢れていた。


「んぐっ、だから湊斗くんも心配することは、むぐっ、ないと思いますよ……もぐもぐ……雫ちゃんもきっと、もぐっ、湊斗くんの心配は分かって……むがむが……るはずです」


 ――ただ、ご飯食べながらじゃなければだけどな!

 これじゃ天使は天使でも『腹ペコ天使』がいいとこだ。先生のファンにこの姿を見せてやりたい。


 ちなみにだけど、姉大路先生は僕が『月城ミナト』だと知っている。

 というのも僕が俳優として活動していることを隠して学校生活を送るには、どうしても僕の事情を知っている教員サポートする必要がある。そうなった時に信頼出来る人間として白羽の矢が立ったのが彼女だったのだ。

 姉大路先生は理事長先生の親戚的な立場らしくて、理事長先生のいち押しだったし悪い人にも見えなかったからあらかたの事情は教えていた。

 代わりにってわけでもないけど、僕が姉大路先生の秘密を教えてもらったのもそういう経緯があるからだ。


 閑話休題。


 そんなわけで姉大路先生の前では気を張る必要がないんで、僕も安心して鉄板の芸能界あるあるトークを披露しつつ箸を進めていたのだけと、ふと先生の口の端に食べ滓が付いてるのに気付いた。


「先生ついてますよ」


「ふえ?」


 たぶんパスタかなにかだと思うけど、ちょいちょいと指を差して場所を教えても先生は中々取れない。


「もう少し下です、そのまま……いやそれだと行き過ぎですって」


「えぇ? どこですか~」


「ああもう、じっとしててください僕が取りますから」


 いい加減焦れったくなった僕は、面倒くさがり屋の妹にいつもしてやってるみたいに指でひょいっと食べ滓を摘まんで、


「わひゃっ」


「んむ。はい、取れましたよ――って、あ」


 それをつい癖で口に放り込んでから、自分がやらかしたことを悟った。

 間接キス、いや間接咀嚼か?

 どっちでもいいけど恋人でも家族でもなんでもない間柄の女の人相手にコレは、気持ち悪がられてもなんの言い訳のしようもない。


「み、湊斗くん? 今の、なんで……?」


 一縷の望みにかけて姉大路先生がとくに気にしてない可能性に賭けたけど、先生は顔をいちごみたいに真っ赤に染めていたのだった。



作者の宮前さくらです。


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