94話
「……一理あるね。しかも、琥珀の粉や、化石なんかも混ぜたりして、より甘くなるものを探していたとか。となると、やはりショコラではなく、『角砂糖に』というのがひっかかる」
事前に少しだけ、オードは情報収集していた。そんな質素な食べ方とは縁がなさそうだ、と結論づける。
うーん、と唸るニコルだが、意を決して携帯を取り出した。
「こうなったら数撃って当たりが出るまで待つわ。あたしも知り合いとか友人に掛け合ってみるけど、オードも——」
「いや、いない。そういう繋がりはないかな」
あっさりとオードは却下する。特に恥ずかしがったりなどもなく。サラッと。
少し考え込んでから、ニコルは再度伺ってみる。
「……いや、友人とかなにか繋がりがある人とか」
「親くらいかな。誰かと遊んだりとかしないし。しいて言えば、ニコルがそれか」
初めて友人といえるかもしれない。なんたって、一緒にカフェに来てるし。オードの基準はそれだ。
ここでニコルは引っかかることがひとつ。
「その、ショコラティエールの彼女は——」
「あれは違う。断じて」
食い気味にオードは否定した。勝手に家についてくるヤツは違う。
「……まぁ、あんたのことだから、とやかく言わないけど……」
言葉を濁しつつ、ニコルはオードという人間を一度吟味する。少しズレているような。
だが、無理してまで友人を作るつもりもないオード。自然にできるのが一番なのでは?
「そもそも、友人の定義ってなに? 家に招いたら? 一緒に旅行に行ったら?」
羅列してニコルに浴びせる。くらったほうも、少したじろぐ。
「……いや、そこまではいかなくてもいいんじゃない? ホント、ちょっとしたことよ。手始めに、お互いに名前で呼び合ったら、でいいんじゃない?」
フランスという国では、例えば仕事の上司と部下という関係であっても、お互いにファーストネームで呼び合うのが普通である。むしろ、ファミリーネームで呼び合うというのは、よっぽどの事情がない限り、ほぼない。
「名前……ねぇ」
一考の余地はあるが、言われてみればたしかに、名前で呼び合うような仲の子なんて、オードには幼少くらいまで遡らなければ、浮かんでこないかもしれない。そして、その子とももう何年も連絡を取っていない。誰かとカフェで話をすることも、ニコルとが久しぶりかもしれない。
考えが煮詰まったことを察知したニコルは、次なる一手を打つ。
「とりあえず、じいさんにも聞いてみるか。ヒントくらいなら見つかるかも」
色々と厄介な人物ではあるが、この際、なりふり構わない。そもそも、あっちの都合で色々と働かされている。これくらいがなんだ、という算段。
意外な人選に、オードは戸惑う。
「おじいさん? ショコラとか砂糖に詳しいの?」
そういえば、ニコルの家族についてなどは聞いたことがないことに気づいた。まぁ、知り合ったばかりだし。一番に頼るということは、ニコルはおじいちゃん子なんだろうか。
しかし、手を振り払って否定するニコルは、そこまで当てにしていない。
「いや、甘い香りとかは得意、かな。なにかヒントがもらえるかも」
なんてったって世界に誇る調香師。秘密だから誰にも言えないけど。答えは無理でも、手掛かりが掴めれば充分。
イスに寄りかかり、オードは脱力する。
「気長に待つか。全く、なんであたしがこんなことを……」
いや、別に絶対やらないといけないわけじゃないんだけど、と自分に言い訳する。ならなぜ? なぜこんな面倒なことをやっている? ジェイドには今のところ、メリットを感じていないのに。
「友達……ねぇ……」
ひと言、今後も使うことはないだろう単語を口にする。
それより角砂糖。ここになにか意味があるはず。




