90話
「……これが賭け、ってことですか?」
先ほどの言葉をジェイドは思い出す。さらに、特典までついてしまった。お得でしかない。気持ちは逸ってくる。しかし『なぜ?』という気持ちが消えないでいる。
この経緯などをワンディが説き伏せる。
「『なぜ?』って顔をしてるね。面白い、というのは大事だ。美味しいものも、まずは面白い、楽しいという感情から。私はオーナーから、そう教わってきた。私もそろそろそういうのを、下の子達に伝える時なんだ」
別に、ジェイドを贔屓しているわけではない。だが、上を目指そうとしているのなら、年齢や実績、技術などは関係なく育てていきたい。それがワンディの思想。
まだ点と点が繋がらない。だが、少しずつジェイドには面として浮かび上がってくる。
「……この謎が解けたら、私のショコラ、本当に掛け合ってくれるんですね?」
最大の利益。なによりも手っ取り早い階段の駆け上がり方。自身の作ったものが、売り出されること。もしかしたら、雑誌やSNSなんかにも取り上げられるかもしれない。そしたら儲け物だ。そうすれば、『彼女』にも顔向けができる。
力強く頷いたワンディは、再度内容を確認する。
「約束する。『なぜショコラを染み込ませた角砂糖が、マリーを意味するのか』。期限はそうだね、一週間。わかる人はすぐにわかると思うし、誰かと相談するもよし。インターネットで調べるもよし。手段は問わない」
どんな方法でも。ジェイドはまだ考えてもいないが、宣言する。
「先に言っておきます。『ありがとうございます』」
答えることができれば、可能性が広がる。ここから始まる。かもしれない。
そのハキハキした態度を、余裕を含んでワンディは観察する。
「自信、ありそうだね。だが、これも覚えておいて。美味しいものは、面白いという感情から、と言ったけど、悲しい顔が必要な時もあると。私にとってショコラはこうあってほしい、という想いが、今回のクイズの答えと繋がる」
以上、と言葉を締め括った。
「……? わかりました」
最後になにか難易度を追加されたような気もするジェイドだが、それは仕方ない。目の前にニンジンがぶら下がった馬は、走り続けるしかない。
「じゃ、遅くなってしまったし、このままあがってしまって大丈夫。気をつけて帰ってね」
そのワンディの言葉に甘え、スタッフ全員に挨拶をし、ジェイドは先にあがらせてもらう。まだ作業は残っているので、後ろ髪を引かれる思いだが、助かった部分もある。少しでも、先ほどのクイズを考えたい。
「角砂糖……ショコラ……」
頭の中を駆け巡るのは、四角い立方体。そこにクーベルチュールのショコラが一滴ずつ落ちていく。もしくは、ショコラの海にダイブする。しかし、それがどうしてマリー・アントワネットにつながるのか、アドレナリンが抑えられてきた今、全く予想できずにいる。




