89話
数日前の作品のことを問われ、ジェイドは反応する。
「はい。売ることはできませんが、フランスというテーマで思いついたのは、あの形でした。私にとってのマリーは、ワガママ、だけど可憐で自身の意志を貫く。そんな想いから、全てをフランス産で。そして、売ることのない、できない唯一のものとして」
あの時、色々な人の助けを借りた。そして出来上がった。彼女なりには虚を突いたと思ったのだが、突きすぎたせいでお蔵入りになった作品。結局、その後はバックヤードに飾ってあるだけ。失敗、ではないが、成功でもなかった。
しかし、普通じゃないものが好きなワンディは、逆に作者のジェイドが気に入った。
「発想は面白い。私も箱にこだわったことはあるが、まさかボンボニエールを使うのは予想外だった。もし、お店に展示できたら、私も一度は見に行きたいと思ったね」
だが、続く言葉に含みがありそうで、完全にジェイドは舞い上がれずにいる。
「……ありがとうございます」
ひとつ息を吐くと、ワンディはダコワーズの皿にひっそりと乗っていた、一個の角砂糖をつまむ。それはきび砂糖よりもさらに褐色に染まり、まるでなにかに漬けこんだような色合いをしている。
「だけど、こう表現することもできると思わない?」
「?」
なんの話ですか? と、ジェイドが問うより早く、ワンディは答えを示した。
「この角砂糖に、ショコラを染み込ませる。シンプルでしょう?」
褐色の正体はショコラ。そのショコラの染み込んだ角砂糖。を、ジェイドの口に運ぶ。
咄嗟に開いた口で受け止めたジェイドだが、甘さとほろ苦さが同時にくる。というか、どういうこと?
「え? これは……なん……ですか?」
パニックになりつつも、案外美味しい。少しずつ溶けていく角砂糖。こういうのもアリだな、と勝手に考える。
状況が飲み込めないジェイドを置いていきつつ、ワンディはひとつの可能性を示す。
「これが私にとってのマリー。あなたとは違った形で表現した」
染み込んだ角砂糖。ショコラの可能性。それを味わってもらった。
舌先でコロコロと転がしながら、その可能性をジェイドは味わう。そしてなにもなかったかのように、ほのかな味わいだけ残して溶けて消える。
「これ……が?」
美味しい……けど、非常に簡単。手が込みすぎていた自分とは真逆。どういうことかと聞こうとしたが、それより先にワンディが割って入る。
「なぜこれがマリーなのか。もしわかったら、あなたが今作っているショコラ、お店で出せるように私がオーナーに掛け合ってあげるよ。簡単なクイズ。面白いでしょう?」
そして、自分もショコラの染み込んだ角砂糖を頬張る。シンプルゆえに、何個でもいけそう。とはいえ、糖分の摂りすぎには注意しなければならない年齢。




