87話
それを見越して、ワンディは例を出して説得にかかる。
「もしかしたら、明日全世界のカカオが死滅する病気が、蔓延するかもしれない。ということは今日が最後の一日。ならやるでしょ」
「……なんの話です?」
ぶっ飛びすぎてて頭に入ってこないが、それならやるかもしれない、とジェイドは不思議と前向きになる。しかし、もし本当にそうなったら全世界のショコラトリーは廃業だろう。そうしたらやる気は完全に喪失する。
「とはいえ学生だからね。夜の仕込みとかもできる範囲で。ただ、これからは接客もだけど、製造のほうにシフトチェンジして。カカオの選別とかも」
よろしくねー、とさらりと重要な役割をワンディはジェイドに押し付けた。
やりたいとは思っていたが、いざやっていいとなると、ジェイドは足が止まる。
「……」
煮え切らない彼女の姿を目の当たりにして、ワンディはひとつ提案した。
「……なら、ひとつ賭けをしてみない? それに勝つことができたら、キッチンで働く。負けたら今のまま接客を続ける。これなら納得するんじゃない?」
自分に厳しいというのは、裏を返せば自信がないとも言える。さて、どちらの面が上を向くか。
「賭け、ですか?」
大事なことをそんな軽く決めてしまっていいのか、と訝しみつつもジェイドは気になる。一体、なにをどうするつもりなのか。
ただ、ワンディにとっては大真面目。本店や一区の支店などと比べて少し、売上の面で劣るという部分もあって、このまま平行線を辿るよりも、色々と挑戦してみたいのもある。博打は好き。ハナ差でいいので一区に勝ちたい。
「そ。まぁ、今日のシフトが終わったら、少し残れる? 色々と試してみたいショコラの試作も兼ねて」
「はぁ……」
完全に乗り気、というわけではないが、店長と話せる機会も今までなかったので、ジェイドはありがたく承諾する。彼女の本心が見えないことも一因だ。
†
その後、二〇時の閉店を迎え、掃除や仕込みなどをハリエットなどに任せ、カフェスペースにて二人で席につく。磨かれたガラスの向こうには、帰宅しているのであろうか、足早に人々が闊歩している。そんな様子を見ながら、営業時間中にワンディが作ってみたショコラをいただくことに。
「じゃあまずは『ショコラダコワーズ』」
そう名前を呼んでワンディが差し出したのは、ビターショコラでデコレーションされたクッキーのような生地。それがクリームをサンドした手のひらサイズの小さな焼き菓子。




