86話
その意味がわからず、ジェイドはフリーズした。中はキッチン。つまり、製造のほうになる。
「……え?」
「お店の看板商品だから、しっかりと頼むよ」
と、怯むジェイドの背中をワンディは押す。ジェイドはキッチン担当へ。
しかし、もしかしてなにか勘違いをしているのでは、と悟り、ジェイドは抵抗してみる。本当は行きたいけど。
「いや、私はまだ試食用しか作らせてもらったことは——」
ないことはワンディももちろん知っていた。だが、それはそれ、ということで今日から変更。店長権限。
「じゃあ、今日から商品のものも。それ以外にもマカロンや、ガナッシュ、プラリネなども。もちろん無理にじゃない。本気でショコラティエになりたい人に、私は修行させてあげるだけ」
どっちでもいいよ、と判断をジェイドに委ねる。
「……いいんですか?」
喜んでいいのかなんなのか、複雑な心境を表現するように、ジェイドは無意識に舌で犬歯を舐めた。味はしないが、少し落ち着く。わけもなく、気後れする。
それを確認し、ワンディは優しくジェイドの肩を叩いた。
「その責任を負うのが私。ひと通りの作り方はわかる? わからなければ聞いてください」
エディットの言っていた『甘くはない』の意味が、なんとなくわかる気がした。アルバイトだから、というのは通じない。製菓学校を出ていない、未成年だから、も通用しない。その責任感がずっしりとジェイドにのしかかる。
「……はい」
やるしかないし、ずっとやりたいと思っていた。が、こんなにあっさりと急にくるとは思っていなかったので、正直拍子抜けしたところもある。いいの? というのが感想。
「私は接客をメインでやるので、よろしくね。あまりいないかもしれないけど、そのへんはハリオットさん達に聞いてもらって」
と、急遽ワンディはジェイドとポジションを入れ替える。
それを遠くから見ていたエディットは、喜んでいいのか、店長と一緒ということに絶望していいのかわからず、悩ましく体をくねらせた。
最後にもう一度だけ、ジェイドは確認する。
「……あの、本当にいいんでしょうか。自分はまだ、見様見真似で練習させてもらっているだけですし、味に自信はありますけど、もしかしたらなにか失敗して——」
「じゃあ、失敗しないように頑張って。これも修行。もし失敗しても、この店の評判が落ちるだけ。気にしない気にしない」
リラックスを促すが、評判と聞くと逆によりジェイドは緊張する。ないだろうが、自分が世界に誇る老舗ショコラトリーの命運を握るかもしれない。
「だけ、って……」
まだどうしても、強気にはいけない。自分がこんなに及び腰なことに初めて気付かされた。




