85話
続けて、喋り足りないエディットは、自身の思う店長像を公開する。
「でも、店長は結構放任主義なのよ。部下に任せて、自分は責任だけとる、って感じ。忙しければ来ないかも。てことは——」
「ダメでしょう。他にエルザさんやハリエットさんもいますし。わざわざ自分が作らなくても、お二人がいればなんとかなります」
もちろんジェイドにとって魅力的な話ではあるが、老舗の有名ショコラトリー。バーなんかでは、見習いは三年以上カクテルを作らせてもらえないことも多いという。飲食を提供するというのは、上もそれだけ覚悟のいることなのだ。勝手にやってしまうわけにはいかない。
だが、耳がどこについたらそうなるのか、エディットが曲解する。
「つまり、エルザさんかハリエットさんがいなくなれば、自分にもチャンスがある、と」
なるほどなるほど、とまるでジェイドの思惑であるかのように。
当のジェイドは呆れ顔になる。
「怖いこと言わないでくださいよ。そしたらこっちも人手足りなくなるから、アメリさんは向こうに行ってる場合じゃないでしょ」
結局、どこでも働き手を奪い合う醜い争いに。自分に作らせてもらえるようのなったところで、店がなくなる。
納得いかない、と言いたげな顔つきでエディットはジェイドを見つめる。
「それもそうだけど。とりあえず、このあと店長が来るから、挨拶だけしとくべきかもね。あの人、優しいけど、甘くはないよ」
気を取り直して、先輩からのアドバイス。できれば波風立って、自分になにか不都合がないように祈る。このまま無事、就職まで続けたい。
店長に挨拶と聞き、少し緊張するジェイドだが、まだ会ったことのない人物。雇ってもらえた感謝もある。そこは率先して行かなければ。
「そうですね。はじめましてですし」
と、決意を固めた瞬間、背後の売り場とキッチンを繋ぐドアが観音開きし、女性に声をかけられる。
「ジェイドさんだね。店長のワンディ・ルコント。よろしくね」
たおやかな所作で挨拶をするワンディ。
店長といっても制服は同じなので、一瞬誰だかわからなかったが、ジェイドは気を取り直す。と、いつの間にかエディットは逃げるように売り場の整理へ。
焦るジェイド。まだ来ていないと思っていたので、心に準備ができていない。声が上ずる。
「は、はい、よろしくお願いします。すみません、挨拶が遅くなってしまって」
向き直り、笑顔を作る。アメリと同じか少し上か、と失礼ながら年齢を邪推した。
「いいよいいよ、接客中だからね。では早速だけど、中でボンボンの仕込みを」
と、ドアを開いてワンディは、ジェイドを中へ誘導する。




