84話
水曜日の午後。この日は学校も短いため、半日で終えたジェイドはアルバイトに励むことになる。
あいにくの雨模様ということもあり、普段よりも若干の余裕を感じたエディットが、ここぞとばかりに話しかけてくる。
それに対してジェイドも、隙を見つけて返答をする。商品が並んだショーケース。そのレジのところに横に並び、少し声のトーンを下げる。
「アメリさん……ですか?」
「うん、一区にあるサン・トレノ通りの店で、社員が辞めちゃったんだって。で、少しの間、副店長がヘルプで行くらしくて。てことで、ジェイド。これはチャンスよ」
力強くエディットは拳を握りしめ、ジェイドに合図する。そして頷く。
話題は他店舗。高級ブティックや観光客の多くが集まる、一区にある支店。売り上げはここよりも上。その店舗で責任者がいなくなってしまったため、副店長であるアメリが駆り出されていること。横の繋がりで、こういったヘルプはたまにある。
「どういった意味で、ですか?」
チャンス。一応ジェイドは推測してみたが、よくわからない。副店長がいないということは、むしろピンチでは? ベテランも何人かいるとはいえ、問題があったらどうするのだろう。
なぜか先に情報を収集しているエディットが、その理由を耳打ちする。
「店長が出勤してくる。いつもは各地の若手ショコラティエ達のために、製菓学校やら講演会なんかで指導する立場。なもんで店に来ることはほとんどないんだけど。ジェイドも会ったことないんじゃない?」
その内容にジェイドは過去を回想するが、たしかに言われてみれば、と納得。あまりにも見たことがなかったので、本当にいるかも疑わしかった。
「まぁ……そうですね。面接もアメリさんだったし、一応、自分の履歴書なんかは目を通したらしいですけど」
「だからチャンスなのよ」
総合的に判断したエディットは、自分なりの理論をまかり通す。これは僥倖、と。
しかし、当のジェイドは顔が曇る。
「話が噛み合ってませんけど。どうチャンスなんですか?」
段階を省いて説明するエディットに、理解が追いつかない。まぁ、いつものことの気もするが。
さらにジェイドを深く引き寄せ、誰にも聞かれないようにエディットは、ジェイドの内面を代弁する。
「ここだと試食用しか作らせてもらってないでしょ? でも早く商品用のショコラを作りたい。作りたくてしょうがない」
「……まぁ、それはありますけど」
間違ってはいない。なのでとりあえずジェイドは同意する。少し嫌な予感はする。




