74話
ピアノの側板をコンコン、と軽く叩きながらサロメはため息をつく。
「基本的な部分が違うからに決まってんでしょ。まず、現代のピアノより弦が細くて弱い。それで同じ張り方したらどうなる?」
視線を向けられたジェイドは、イメージした通りの感想を伝える。
「まぁ……耐えられない、かな」
鋼鉄の弦二三〇本の張力は合計二〇トンにも及ぶ。真鍮などのチェンバロ弦を使うフォルテピアノでは、当たり前だがすぐ切れる。
「そう。本来であれば、毎日でも調律したほうがいいくらい。やり方は軽くは教えてくれたんでしょ? その調律師」
ディディエは思い出しつつ、コクっと頷く。
「はい、弦の張力は現代ピアノの半分以下。それであればチューニングハンマーさえあれば、自分でもできると」
「間違ってないんじゃないのかな。どこがダメなんだ?」
今までの話を頭の中でまとめたジェイドは、なにもおかしいところが見つからない。弦が耐えられないから、頻繁に調律する必要がある。特性上、張力が低いから自分で調律できる。これで合ってるはず。だがなぜ弦が切れる? 張り方に原因が?
「とんでもなくアホな調律師ね。両腕粉砕骨折して廃業してくれないかしら」
なかなか怖い提案をしつつ、サロメは戸惑う二人にヒント。
「何度も断線してるってところでわかるはず。はい、これを見て」
そう言って取り出したのは、チューナー。基音となる『ラ』の音の周波数を計測する機械。手のひらサイズだが、しっかりと働いてくれる相棒だ。
「ピッチ?」
音の高さを測ってどうするんだろう、とジェイドは疑問をうかべた。
『ラ』の音を叩き、そこに書かれた数字を、呆れ顔のサロメが読む。
「いい? 四四〇ヘルツ。わかる? 四四〇ヘルツだってこと」
はぁ、と頭を抱えてこの国の調律師の腕を嘆く。
だが、ジェイドはなにがなんだかわからない。自分の常識を疑ってしまう。
「普通じゃない? ピッチは四四〇か四四二が世界基準でしょ。問題はないんじゃ?」
一般的にはアップライトピアノは四四〇、グランドピアノは四四二、など言われたりするが、これらは好みの部分はある。この二つは世界基準であり、どちらでもよかったりするのだ。ただ、季節や場所によって一から三くらい上下したりはするが、それでも四四〇はまさに基準通りの正しい数字だ。




