73話
いいところに気がついた、とでも言わんばかりにサロメは口笛を吹く。
「そうね。じゃあなんでこんなものが付けられたかわかる?」
現在では、むしろ一八四八年以降のピアノは、取り外されているものも多く、見かけることがない。その理由。ショパンの頃と、現在のピアノの役割の違い。
その当時の絵画を見たことがあるジェイドは、今との差はなにか思案するが、一〇秒ほどで答えを出す。
「……音を大きくする必要がなかった?」
思い返せば、コンサートホールのようなところで演奏している絵は、見たことない、かもしれない。どちらかというと、小さめの部屋で少人数というイメージが湧いてきた。
大きく頷いたサロメは、より詳しく説明する。
「正解。コンクールとかそういうもののために作られたのではなく、サロンなどで弾くためだから、大きい音はいらなかった。さらにメリットもあって、鹿の皮を使うことで、弱音がより聴こえやすくなるから、そこを表現しやすくなる」
「なるほど。たしかにタッチも軽い。若干浅い気もするね」
ジェイドがほんの少し、だが確実に感じたこととして、キーの浅さ。現代では鍵盤の沈む深さは一〇ミリ、というのがほぼ世界的な基準となっているが、このピアノは一ミリ浅く、九ミリ。たったそれだけの違いだが、繊細なタッチを求めるピアノでは、大きな違いとなる。
「調律もそうだけど、ピアノは〇・〇一ミリ単位で違いが出てしまうほどに、奥が深い。一ミリ違うと別物よ」
ひとつ鍵盤を押しながら、サロメは無言で眉を寄せる。若干怒っている。
それと反対に、フォルテピアノというものを、見るのも聴くのも初めてというジェイドにとって、このピアノのどこがダメなのか、どうすれば正解なのかが当然わからない。
「それで、調律についてなのですが、どういう——」
「いい。だいたいわかった。前に調律した人は、フォルテピアノは初めてだった。違う?」
しかし、そのジェイドの質問を、やる気と同時に怒りが湧いてきたサロメが遮る。このままでは、この家にあるもの全て食べそうなほどにストレスが溜まる。
そこまで聞くことに専念していたディディエが、戸惑いながら口を開く。
「え、えぇ。そう言っていましたが、基本的な部分は同じだからと、ひと通り整音や整調、調律し終えたのですが……」
「じゃあなぜ?」
そもそもなにが違うのかわからない。ジェイドはそろそろついていけなくなる。




