68話
「まぁね。でも食べる専門だから、作るのとかは無理。意見てなんの?」
サロメは肯定するが、嫌な予感もするため、あまり深入りしないように、注意を払って内容を探る。そもそも調律師にショコラって。
なかなか踏み込んでこないサロメに対して、ジェイドは簡潔に目的を伝えることにした。
「モデラージュという、ショコラを使った細工の技術があるわけだが。キミなら自由なテーマでなにを作る?」
「だから食べるの専門て言ったじゃん。作るのは無理って」
話聞いてた? と、サロメはあからさまに嫌な顔をするが、ジェイドは気にしない。
「作らなくていい。アイディアだけ欲しい。まぁ、私は凡人だからね。色んな人から助言を貰わなければ、自分の作りたいものも見つからないような弱い人間だよ」
自分の心情を白状する。ジェイドは全てのものから、なにかヒントがないかを探る。体は休めても、脳だけは休まないように。いつ、聞き逃してしまうかわからないから。彼女の場合はどうだろう、そう気になった。
だが、余計にサロメは気が乗らない。なぜ自分に? という疑問だけ。
「どうやったらピアノ調律師が、ショコラティエールにアドバイスできんのよ。基音の合わせ方でも知りたい?」
ピアノの調律において、基音となる『ラ』の音を、音叉やチューナーを使って四四二ヘルツに合わせる、という作業がある。国によって四四〇だったり、アップライトとグランドで違ったり、高度が高いとまた変わったりするが、世界基準がその数値になる。
冗談のつもりでサロメは言ったつもりだったが、ジェイドの目は真剣そのものだ。
「ぜひ知りたいね。どこにヒントが隠れてるかわからないんだから」
もしかしたら、それがきっかけで、音に関するテーマが見つかるかもしれない。そしてそれを表現することで話題になり、自分の未来に繋がることも。全ては枝分かれした先の未来。やれることはやらなければ。
「ふーん……」
その余裕のない感じが、ほんの少し前の自分に重なる。そんな予感をサロメは感じた。そういう場合は、大抵面白くないものが出来上がる。まぁ知ったことじゃない。けど。
「あんた、今日ヒマ?」
少し、気が変わった。相変わらず、こいつがショコラティエールとして、今後活躍するかなどどうでもいいが、ショコラぶんくらいは教えてやってもいい。
相手からなにかを探ってくることがなかったので、ジェイドは少しハッとする。なにか、歯車のような動いた気がした。
「特にこれといって用はないね。帰って寝るだけだ」
少し、WXYに寄っていこうか悩んでいたが、もしなにかここで見つけることができるなら。それならば。




