67話
ジェイドは表情を変えず、淡々と感想を述べる。背筋がゾクゾクする。
「……キミといい、調律師ってのは恐ろしいね」
特にわかりやすい言い回しや、イントネーションの語はなかったはず。先のショコラも、なにでわかった? 音に関して勝てる気がしない。
「は? 他に誰かいたっけ?」
足を組んで暇つぶしにサロメは会話する。調律師なんて先の見えない仕事。誰のことだろう。
ジェイドは数日前のことを思い出す。学園の音楽科のホール。そこで一緒に奏でた。
「レダ・ゲンスブールさん。ここの調律師って聞いたけど」
「え、レダくんに会ったの? どこで?」
尋ねたサロメより先に、ロジェが割り込む。意外な名前につい、声が出てしまった。自分ですら中々会えないのに、どうやって。
しかし、当のサロメは興味なく、視線は終始ショコラにある。
「どうでもいいわよ。店長、エスプレッソ。そこのショコラも入れてね」
この子のぶんも、とジェイドを指す。仕方なく。どうせ淹れるのは自分じゃないし。
「……ちゃんと調律には行ってね」
「はいはい」
ロジェが釘を刺すように、このあと、もう少ししたら向かうことになっている。それまで寝ようと思っていたが、どうもそうはいかないようだ。サロメは急ぎで要件を済ませようとする。
「で? ご覧の通り、このあと調律が入ってんの。まぁ、そんな大がかりじゃないと思うけど」
コンサートホールの調律や、前に調律した人が相当悪い腕前だったり、もう何年も調律してない、などの場合を除き、だいたいは手早く済ませることができる。自信もある。
「天才だって聞いたけど」
前にレダが言っていた。『サロメは世界最高クラスの才能を持っている』と。それをこの少女が、とジェイドは正直に疑っている。なんか態度もデカいし。ワガママだし。
鼻で笑ったサロメは、自分なりの調律論を持つ。天才て。
「別に。調律は才能でやるもんじゃないから。ま、できない調律は(ほとんど)ないけど」
「なんか今、小声で言った?」
話の途中、なにかジェイドには聞こえた気がした。ほとんど? あれ?
「なにも? ほら、早く。言わないならこれで終わり。帰った帰った」
いちいち小さいことに頭を突っ込むこのジェイドという女、さっさと打ち切ってお帰り願おう。サロメは右手を払って出入り口のほうへ向かわせる。
しかし、理由があってここまで来たジェイドは、簡単には引き下がらない。ここで帰ったら、ただのお土産を持ってきただけの人になってしまう。
「キミの意見が聞きたくてね。ショコラは好きでしょ?」
反応を見ればわかる。というか、嫌いな女子はそうそういない。占い師と同じ手口。だいたい当てはまることを言う。
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