65話
「サロメちゃん、サロメちゃん」
パリ三区にあるピアノ工房『アトリエ・ルピアノ』。店内には様々なグランドやアップライトピアノが整列され、自由に試弾できるようになっている。店長のロジェ・アルトーは、店の奥にある、パーテーションで仕切られた、応対用のソファーで横になる少女に声をかけた。
目を瞑りダラダラとしていた、学校の制服を着たままの、そのサロメと呼ばれた少女は、ゆっくりと瞼を開けると、呼びかけてきたロジェを睨む。
「は? なに? なんです? あたしじゃなきゃダメ? あいつは? ランちゃんは? 暇でしょ? どうせ? なにやってんの?」
およそ店長に対するアルバイトの態度ではないが、言葉の銃弾を何発も浴びせる。一発一発は軽いが、いくらでも乱射できる。
身を削られながらも、その先をロジェは続ける。声をかけるだけで、なんでこんなに消耗するのか。
「うぅ……まだなにも言ってないのに……実はね、お客さんが——」
「パス。あたしは今の時間は休憩。いないってことにしといて……いや、待って」
ロジェが喋っているところを遮って拒否したサロメだが、なにかに気づき、ストップをかける。良いか悪いかで言えば良いもの。目を瞑り、耳に集中する。
「はい、はい……はい……七区、『WXY』、ミルク&ダークショコラ。違う?」
「?」
いきなりショコラと言われても、ロジェは困る。買ってこい、ということ? え、そこまでやる?
しかし、パーテーションの向こうからヒョイっと、顔を覗かせる人物。女性。サロメと目が合い、ニヤリと笑う。
「正解。やぁ、はじめましてサロメさん」
そして、先ほどサロメが答えた、職場で販売しているショコラを右手で持って見せる。青藍の紙でラッピングされた、二〇粒入りの商品。いつも売っているものだ。
棘のついたサロメの視線、その次の獲物は、この女性に変更される。
「誰? それだけ置いてさっさと帰って。今、休憩中なの」
なにやら面倒なことに巻き込まれそうになる気配を感じ、サロメは女性に帰宅を促す。ただ、手に持ったものは置いていってほしい。糖分はいつだって正義だ。
顔だけでなく、全身を曝け出し、女性は一歩前に出る。
「話には聞いていたけど、たしかにこれは一筋縄ではいかなそうだ」
やれやれ、とわざと聞こえるように呆れつつ、視線を合わせる。
「用があるなら、そこの人に伝えておいて。気が向いたら聞いてあげる。今はあんたに興味はない」
サロメは先に視線を外し、再度ソファーで寝に入る。もう少ししたら調律で出かける。それまでは好きに過ごしたい。
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