64話
「ねぇねぇ、なににするかとか決まってんの?」
相も変わらず、喋ることが仕事の一部だとでも言うかのように、WXYのアルバイト、エディット・コティヤールはジェイドに話しかける。まだまだ客足の途絶えない一八時。その空いた一瞬を見逃さない。
「なにがですか? 次の新作のショコラですか? いやー、春のフランスってことで花なんかいいと思うんですけどね」
ジェイドは話を合わせるが、心ここにあらず。適当に当たり障りのない言葉を選ぶ。忙しさからくる疲れもあるが、なにより悩みが多い。オードには断られ、モデラージュと言われても、今度講習会に誘われた以外になにをすればいいのか。
ショーケースの中のショコラの売れ行きは順調で、空いた一瞬と言っても、ただ買う列ができていないだけで、店内は盛況だ。ジュエリーショップのように美しくショコラは並べられ、試食も可能。M.O.Fのいるお店。流行らないわけがない。数あるパリのショコラトリーでも、一目置かれる存在だ。
「いや、そっちじゃなくて。モデラージュやるんでしょ? なにやんの?」
お客さんの試食用のボンボンショコラをショーケースから取りながら、すれ違いざまにエディットはジェイドに話しかけ、渡し終えるとその続きから喋り出す。お客はひとりも店員が会話をしていると感じていない。その道のプロだ。
「……なんで知ってるんですか。誰に聞きました?」
それに引き換え、ジェイドは隙を見て話しかけるだけ。いや、話しかけられなければ、会話をしようとは思わない。エディットが話しかけてくるので仕方なく。彼女が手でサインも出してくるが、ジェイドにはなにを意味するのかさっぱりわからない。
「秘密にしておいてくれって言われてるから秘密。で? で?」
売り場で装丁された商品の陳列を直したり、お客さんと挨拶を交わしながらも、エディットはグイグイとジェイドから内容を引き出そうとしている。WXY随一のゴシップ好き。
少しお客さんが途切れたところで、レジに並んで立ち、こっそり話す。
「なにも考えてませんよ。そもそも、私ひとりが作るには、手に余りすぎですよ。自由すぎてなにも出てきません。困ったもんです。なにかいい案ないですか?」
実際、ジェイドにはなにも浮かんでこない。せめてテーマさえ貰えたら、そこから派生してなにかにたどり着くかもしれないのに。ロシュディからは「なにかシリーズ化して、定期的にお客さんがお店に来る要因にしたいねぇ」と言われた。シリーズて。
視線は真っ直ぐ前。私達はしっかりと働いているので、なにかあれば言ってくださいね、というような姿勢を見せつつ、お互いに腹の中を探り合う。
「ふーん。そんなもんなのかね。頭良さそうだから、なにかもう浮かんでるかと思ったのに」
トリリンガルだし、とエディットがジェイドを褒め讃える。自身の大学生活はダラけきり、なにも胸張って言えることがないことに、今更ながら気づいた。それに比べたら、無茶振りかもしれないけど、新しい試みを任されているというのは、輝いて見える。
ありがたいが、背中がむず痒くなるのを感じたジェイドは、謙遜して例を挙げる。
「私より優秀な人間はいくらでもいますよ。花のモデラージュを練習してますけど、あんまり上手くできないし、できる人はいっぱいいるし」
「別に、モデラージュについてはテーマはないんでしょ? 花じゃなくてもいいじゃん?」
もっとさぁ、世界を驚かせない? ねぇ!? と、人ごとだと思って、エディットはハードルを上げていく。しかし、これは彼女なりのエール。遠回りに遠回りを重ねて「頑張れ」と伝える。
「まずは花からでしょ。基本中の基本。ほら、お客さん増えてきましたよ」
そのタイミングで混雑してくる。島中にある、様々な味のボンボンショコラ詰め放題に人だかり。減ってきたら追加しなきゃ。
(……天才ってのは、どういう風に世界が見えるのだろう。こんな時に、ふと降りてくるのだろうか)
そんなことを夢見ながら、あと二時間、勤労に精を出すことをジェイドは誓った。
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