62話
そんな気持ちを察したジェイドは、即座にフォローを入れる。
「見た目はね。クーベルチュールを砕いて粘土にしただけなので、味はよくない。やはり食べるなら手間暇かけたWXYのショコラを——」
「宣伝するな。てか、美味しく作れなかった言い訳じゃなくて?」
母をうまいこと操ろうとしていたジェイドを、オードが阻止する。気を抜くとこいつは、何をしでかすかわからない。うかうかしていられない。
抑止されたジェイドは鼻で笑う。
「まぁ、たしかにトッププロなら、どんな具材でも素晴らしいものが作れるだろう。だが私は半人前だ。任せられたが、なにもできない」
ジェイドは自分の立ち位置がどこなのか、しっかりと把握している。店では一番下だし、練習させてもらえるだけでもありがたい。もし今、ワールドチョコレートマスターズの予選に出たところで、審査員に「何しに来たの?」と追い返されるだろう。
「……やけに素直ね。調子狂うわ」
自信満々に自信がないことを宣言するジェイドを、オードは案外信用できる。実力が伴っていないのに、自信があるヤツよりかは幾分かマシ。
「だから力を貸してほしい。オードがいれば、もう少し上にいけるはず」
「それは嫌」
だからと言って、ジェイドの要請には応じるつもりはオードにはない。以前のは気まぐれ。
「やれやれ。娘さんは強情だ。まいったね」
言葉では降参しているようだが、ジェイドは全く諦めていない。むしろ、余計に火がついた。
母も少し投げやり気味に、
「誰に似たのかねぇ」
と首を傾げるが、きっと大丈夫、とジェイドにアイコンタクトする。もっと押したほうがいいわ、とアイコンタクトの予定が、身振り手振りで伝達。
その様子をオードは黙って見ていたが、そもそも断る理由がわかっていないんじゃないか、という不満を、母親とジェスチャーで会話するジェイドに投げかけた。
「あたしにメリットがないのよ。アンタは一応、仕事場でモデラージュ? とかいうのを任されたわけだけど、あたしは? なにも。あんたの店から依頼って話、どうなってんのよ。恩返しされてないんだけど?」
頬杖をついて、一気に不満を爆発させるオードを、ジェイドは軽く嗜める。
「甘い、甘いね。インドのグラブジャムンくらい考えが甘いよ、オード」
「はぁ?」
なにやら専門的な知識で返されてしまったこともあり、全くジェイドの言いたいことが伝わってこないオードは、ため息混じりの疑問を声にする。
そんなことは一切気にせず、ジェイドはまた彼女らしく、意外なところから考えを引っ張り出す。
「オードはミミ・レダー監督の『ペイ・フォワード』という映画を観たことがないのかい? 恩はね、誰かに返すのではなく、他の誰かに送るものなんだ」
うんうん、と、ひとり頷く。いいことを言った自分に酔いしれる。そうすれば世界は良くなる、って映画で言ってたし。
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