61話
「ということで、作り終わったら、これに合う箱に入れてほしいんだけれど」
「もちろんよ。こんなのとか、あぁもう、よければウチの店に見本で置いときたい」
「……だからなんであんたがここにいんのよ」
まるで同僚かのような距離感で会話をするジェイドと母のリュドミラに、我慢ならずオードは声を上げた。最近の頭痛の原因は間違いなくこれ。
はっはっは、と高笑いしたジェイドは、自身が作ったショコラの花を持って、オードに見せる。
「いやいや、真の友人と呼べる人間が、オードしか思いつかなくてね。ちょうどカルトナージュもあるし。一石二鳥じゃないか」
まるで馬の耳に念仏。さらりと追求をかわす。
オードが一九区にある、仕事場兼お店兼自宅に帰宅すると、なぜかジェイドがキッチンでショコラを作っている。自分が学校を出るまで熱心に勧誘してきて、それを振り払って先に駅に向かったはずなのに、なぜ?
アイランド型のオープンキッチン。かなりシンプルにまとまっていて、壁側の上下の戸棚にしまえるだけはしまってあるので、とてもスッキリしている。色とりどりの花瓶に入った花も飾ってある、そのセンスのいいキッチンで、ジェイドはフードプロセッサーからショコラを取り出し、こねて形作っている。
狭い場所で女三人入り乱れる。
「だから断ったでしょ。はい、帰った帰った」
自身にとっての安息の場所が荒らされようとしている。それをオードは黙って見過ごすはずもなく、ジェイドの背中を押してドアに向かう。帰宅してくれたら、あとは母親に説教だ。
だが、それもジェイドには折り込み済み。回避の手段はいくらでもある。
「今日はオードじゃなくて、キミのお母さんへの依頼だからね。問題ないだろう」
「直射日光に当てなければしばらく保つ?」
娘の心境は置いておいて、母は自分の興味を優先させる。完成したら、カルトナージュ教室の生徒達に自慢しよう。
「そうだね、でもまぁ、冷やしておけば当然さらに長持ちするよ。あくまで観賞用なので、食べないように。食べてもいいけど自己責任だよ、オード」
そう言って、ジェイドは視線を、やさぐれた顔つきのオードに向けた。
「食べないっての」
話を振られたオードは、適当な返事を返し、四人がけのダイニングテーブルのイスに、制服のままドカッと座る。無視すればよかったか、と答えてから気づく。ちゃんとした会話になってしまっていることすら、歯痒くてしょうがない。
出来上がったショコラの花を左の掌に乗せ、右手人差し指でツンツンしながら、リュドミラは不思議そうに眺める。
「それにしても美味しそうなのに、見るだけなんてねぇ」
食べるのはもったいない気もするが、食べないで保管して、いつか捨ててしまうというのも、それはそれでもったいない。まぁ、ショコラに限った話ではないが、芸術というものは時に残酷だ。
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