60話
ショコラには『モデラージュ』という技法がある。ショコラをフードプロセッサーで砕くと、温度が上がって粘土状になり、形を作りやすくなる。そしてこの技法は、ショコラティエの世界大会ではほぼ必須となる技術だ。
というのも、世界大会の国の予選などでは、ショコラについての技法をいくつか盛り込まねばならない。そしてその予選や本戦では『ピエスモンテ』、つまり大型の装飾ショコラ部門があり、これを作り上げるためには必要不可欠になってくる。
有名なところでいうと、薔薇や葉などをモデラージュし、売っている店は多い。見栄えが良く、その割には難易度が低い。参考にするものも多い。そのため、初心者でも練習次第では簡単にできる。贈り物などにもちょうどいいのだ。だが、プロになるとその上を軽々と超える。リアルな生物や木目、葉脈まで再現してくる。
「ジェイドさんには、モデラージュを頑張ってもらいたいね」
「……はい?」
閉店間際の二〇時。モップを片手に店内掃除に勤しむジェイドに、店のオーナー、ロシュディ・チェカルディは明るく、この店の方針を明かす。
「いやね、お客さんに食べさせられる腕がない、とかそういうのじゃなくてね。練習はもちろん全然いいことだよ。で、ショコラって知ってると思うけど、可能性は無限なんだよね」
ロシュディの言いたいことが抽象的すぎてよくわからないが、ジェイドは、体よく除け者にされているか、それとも可能性を見出されたかの二択だと思った。ショコラトリーでは基本的に、型に嵌めて作ったものや、焼いたものを売っている。カフェのケーキなども当然食用だ。
もちろん、モデラージュのショコラは、ショコラなのだから食べることは可能。しかし、飾って見本として何日も置いておくため、溶けたりしてくると、最終的には壊してしまうことが多い。味よりも見た目重視なため、例えば円形を作るためにホームセンターで買ったパイプを使ったり、衛生的にもよくないこともある。
「面白そうですね。技術の幅が広がりますね」
と、返すのがジェイドには精一杯だった。なにせ相手は、フランスが誇る人間国宝『M.O.F』。だがまず、食べて美味しい、自分の味を届けたい、という想いからショコラティエを目指し始めたのを覚えている。
もちろん、いつかは世界大会を目指したいという気持ちはあるにはあるため、絶対に無駄にはならない。と思う。それもショコラ人生。だが、普通はそれはワールドチョコレートマスターズなど、大会を目指す人がショコラの基礎的なものが、完璧に体に染み付いてからやること。今じゃない。
とはいえ、それはそれで面白いかもしれない、と思うことに無理やりする。いや、美味しいショコラを作ることは第一だが、カルトナージュを依頼したり、見本を作ったり、そういうのも案外好きだ。そういうところをロシュディは見越したのかもしれない。きっとそうだ。うん。
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