59話
ひとり、ベルギーのブリュッセルにある、聖ルカルトワイネ学園から留学で来ているジェイド・カスターニュにとって、パリは色々と堅苦しさを感じる。堅苦しい、というより、問題なく使えるとはいえ、フランス語よりオランダ語のほうが話しやすいし、気持ちが伝えやすい。
ショコラ好きが高じて、パリでも老舗のショコラトリー『WXY』で働かせてもらえたことは、奇跡に近い。間近で学び、吸収する。それを繰り返していけば、きっといいショコラティエールになれる。頑張り次第では、もしかしたら店長なんかも任せてもらえるようになるかもしれない。
だがそれでは『いい』ショコラティエール止まりなのだ。トップのショコラティエ・パティシエ集団『ルレ・デセール』に入るには、それだけでは足りない。権威あるショコラの格付けである『CCC』で五タブレットと星を獲得し、圧倒的な実績を引っ提げて海外出店。そんな夢を見る。
サッカーのエムバペは、一九歳でフランス代表の背番号一〇でエース、そしてワールドカップ優勝。ショコラティエで言えば、ワールドチョコレートマスターズで総合優勝、部門別で三つくらい一位取っちゃうみたいなもの。それくらい圧倒的な実力があれば、今頃ルレ・デセールに入会しているだろう。
「ま、私はそんな器じゃないね」
自分の実力が足りていないことはわかっている。フランスでショコラティエの地位は高く、目指す人も多い。リセを卒業してから製菓学校で学ぶ者が大半ななかで、自分はすでにスタートしている。その有利が働いたとしても、自分は最上位のショコラティエになれるだろうか。
「だからこそ、誰かに力を貸してもらいたいんだけどね」
そこで目をつけたのは、装飾という点。中身よりも入っている箱で目立つ。人に知られないと、上を目指すこともできない。味は頑張るとして、見た人が衝撃を受けるような。足を止めてもらえるような。
「どうするべきかね」
そんなことを話せる友人はいない。卓球仲間かつ、ショコラの味見をしてくれる友人はいるけど。友人の定義はなんだろう? 家に行って、ご飯食べて、一緒にお昼も食べて、お弁当の中身を交換したら? そんな間柄の人間ならいる。交換かというと微妙だが、自分の食べ物ならあげた。よし、やはり彼女しかない。
「それと、噂の子にも会ってみたいね」
ピアノ調律師、レダ・ゲンスブールから聞いた、この学園にいるという、世界最高クラスの調律の腕を持つ少女サロメ・トトゥ。どうやったらそこまでなれるのか。心構えや、毎日のルーティン。きっかけだけでも掴むことができれば。
パリ七区の石畳を歩きながら、ふと、ショコラの神様に祈る。どんなズルい方法でもいいから、私が世界一のショコラティエールになれますように。それと、オードと仲良くなれますように。それから——
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