58話
オード・シュヴァリエの家は、一九区でカルトナージュ専門店を営んでいる。ゆえに彼女はずっとそれに触れてきたことで、きっとこの職につくのだな、と小さいながらに悟っていた。フランスの伝統装飾芸能。しかし、お土産やディスプレイなどにはいいが、陽の当たる職業ではない、とも悟っていた。
サッカー選手や料理人、ファッションモデルのようなキラキラとした職業と比べて、お客さんは主婦や観光客などの、趣味や思い出づくりの人々。もちろん、そういった近い距離で講義するのも楽しい。憧れだけでは終わらない、手軽に誰でも始められる良さ。だが、オードには夢がある。
「もっと有名になりたい。色んなところから依頼が舞い込むような」
欲望に素直。だが、個人が特集されるわけでもない。カルトナージュそのものにスポットが当たっても、自分が知られる可能性は低い。その証拠に、七区の世界的に有名なショコラトリーのカルトナージュが、誰の作品なのか、同じ畑の自分も知らない。
誰かのなにかに乗っかって、自分のカルトナージュが世間に知られれば。そう思ってジェイド・カスターニュに賭けてみたが、なにやら変なところに漂着してしまった。ショコラトリーのディスプレイに目をつけたまではよかったが、やはり彼女のような下っ端ではダメだ。
「じゃあどうするかって言っても、そんな人生うまくいかないね」
売り込みに行くしかないが、今のところ引き受けてくれたところはゼロ。両親ですら、受け身でカルトナージュ教室や画材屋として全うしている。それでも生きていくには充分にお金はもらえる。出張でやることもあるし、カルトナージュだけじゃなく手芸だってできる。
結局、いつの時代も手芸用品や生地や材料は、コンスタントに売れていく。そして作ったものは蚤の市、ヴィッド・グルニエなどで出品。流れができている。そういったものに参加して売りに出すのも考えたが、転売が横行しているため、やる意味はない。
「あー……なんかないかな……」
そんなことを相談できる友人もいない。友人の定義ってなんだ? 一緒に帰ったら? 家にあげたら? ご飯を食べて家族に会ったら? 秘密を共有したら? そんな親しい間柄の人物なんて——
「いや、違う違う。あいつはそうじゃない」
全てに当てはまったヤツがひとり浮かんだが、絶対に違うと自分に言い聞かせる。親友とは、そう! 信頼を置ける相手なのだから。あいつには置いてない。じゃあ違う。よかった。というか、勝手に思考に入ってくるなと言いたい。今度会ったら言ってや——
「……いや、会わないから。会わないって」
パリの街並みを歩きながら、ひとりで喋って否定して。他人から見たら、きっと変なヤツだろう。現状、地道に仕事をこなす以外にできることはない。日曜は大人数のカルトナージュ教室が入っており、そのアシスタント。老後や主婦の趣味? いやいや、そんな程度なら、きっととっくにこの技術は廃れている。
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